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鳥居龍蔵伝: アジアを走破した人類学者

Osaragi Jiro Award

鳥居龍蔵伝: アジアを走破した人類学者

Eisuke Nakazono

This biography traces the life of anthropologist Ryuzo Torii. It follows his journeys across East Asia with his family after leaving Tokyo Imperial University, portraying a fieldworker who sought the origins of Japanese culture and its deeper historical layers.

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Work Information

A biography of the anthropologist who kept travelling across East Asia in search of the origins of Japanese culture.

Ryuzo Torii pursued the origins of Japanese culture through work spanning archaeology and anthropology. This book portrays his life after he left Tokyo Imperial University, when he continued fieldwork across East Asia with his family, considering both his research and its historical setting. With documentation, cited sources, and a chronology, it offers a view of modern Japanese scholarship and Asia through the path of a single researcher.

Review Summaries

  • Readers have focused on Torii's energetic research in Siberia, Taiwan, southern China, and elsewhere, as well as on the way his fieldwork intersected with Japan's expansion into Asia at the time. The tension between his self-image as independent of academia and his later posts at universities in Japan and abroad is also treated as an important point.

Book Information

Publisher
岩波書店
Published
1995-03-29
Pages
442 pages
Language
日本語
ISBN-13
9784000015196
ISBN-10
4000015192
Price
4580 JPY
Category
本/人文・思想/文化人類学・民俗学/文化人類学一般

日本文化の源流と歴史の古層を求めて,世界に知られた在野の民際派人類学者は,戦時下の東アジアを走破し,旺盛に調査し,学際的アジア研究を提唱した.彼は日本軍の干渉にいかに対処し,支配下の異民族にどう接したか.

Reviews

  • 「終わりなき旅」をする民族学者

    引用文献50以上、参照・参考文献70以上。 「学術雑誌」は明治・大正期のものが多い。試しに「日本の古本屋」でチェック したところ、かなり需要があるようで想像以上に出品があった。鳥居竜蔵の評価 の高さであろう。外国語文献まで著者が読み込んだ資料・史料は200を超える (この数字は、「~全集」も1点とした)。 著者は中薗英助(敬称略 以下同じ)は新聞記者を経験した後に、作家活動に 入っている。鳥居龍蔵とは個人的に接触したことがあるようだ。中国での体験 から、中国に題材をとった著作が多い。かなりの作品がある。 本書はルポルタージュ・伝記。 実は民族学者・人類学者として、鳥居龍蔵については、ほとんど知識がなかっ た。フィールドワークとしては、民俗学者の柳田国男・喜田貞吉・宮本常一等は よく読んでいる方だが、人類学・民族学・考古学者としての鳥居はその著作を読 んだことはなかった。Amazonでなんとなく眺めて、本書を取り寄せてみた。 何とも経歴がすごい人である。いわゆる学歴とは縁のない人であり、学問の世 界ではかなりの苦労人かと思う。ただ実家が「旦那衆」と呼ばれる煙草問屋であ ったことから、おそらく経済的には恵まれていたのだろう。 年譜によるなら、16歳で「東京人類学会」に入会し、学者らとの交わりがで き、故郷の徳島で「徳島人類学会」を組織している。パイオニア中のパイオニア であったろう。22歳で一家をあげて上京し、25歳で初めて海外フィールドワ ーク(中国、遼東半島)をしている。 その遼東半島のフィールドワークから物語は始まる。当時の鳥居のことを東大 教授が「サルみたいな男だ」と評したことが伝わっている。当時の学者のように 机上で、外国語(主に欧米)文献を読みとく研究ではなく、身体をはっての実地 調査をしていることへの嘲りとともに、「褒め言葉」でもあったのだろうか。 鳥居が多くの東アジア諸語を学ぼうとしたことも強調されている。この言語学 的な才能もその業績に大きく関係していただろう。 「彼は、この最初の探検旅行以来、新聞社や雑誌社の支援をうけ、また報告を書 いてタイアップする」。これもパイオニアとして非凡なことであった。 鳥居には学歴に関するコンプレックスも学者への阿りも、ほとんどなかった。学 問の対象を政治動向に合わせて変える学者を、はっきりと批判している。 巨大なドルメン(先史時代の石造墳墓)を発見した時もただ一人で調査してい る。このシーンの描写は実にすばらしい。 「鳥居のフィールドワークは、あくまで移動型である…定点観測型ではない…狩 猟型といえる」。このドルメンと再会したのは、30年以上経ってからだった。 この遼東半島のフィールドワークからわずか半年で今度は台湾に、東大から派 遣された。この台湾調査は三度に及ぶ。アミ族、ピナン族、タイヤル族、などの 名も見える。鳥居の記録には嬉々としてこの調査に当たったことが記されている。 鳥居は日本で初めて「フィールドワークにカメラを使用して」いる。 本書にも鳥居の姿が撮されている写真があり、実に興味深い。 「台湾出兵」をはさみ調査を悠然と行っていたらしい。マラリアの罹患、助手 の事故死、政治(日本、中国、台湾)情勢の激動、様々な困難の中で様さを敢行 している。(新髙山が台湾の山であり、富士山より高く、「ニイタカヤマノボレ」 のニイタカとは初見だった。浅学を恥じる)。 この台湾フィールドワークからたった4ヶ月で北千島へ、主にアイヌ民族の調 査に赴いている。ちょうど「北海道旧土人(ママ)保護法」が制定された頃にあ たる(しかしなんという差別的な法律だろう。1997年廃止 「アイヌ文化振 興法」が制定されている)。千島アイヌの言語、風俗、伝統、身体的特徴、等あ らゆることにわたる調査をしている。 神話や伝統を大切にするアイヌ民族であり、調査対象となったアイヌの方は神 話をよく語っている。コロボックル伝説について鳥居は学問上の師をも実証的に 批判している。鳥居の言を引く。 「千島アイヌ! 千島アイヌ!…剽悍勇猛なる。されど適者生存、優勝劣敗の原 則は、汝の手より幸福を奪い去り…」。 ここには、レヴィ・ストロースの、「悲しき熱帯」にも通ずる、「未開」民族とさ れる人々への温かい眼差しがある。 今度はそのわずか3年後に中国南西部に苗族(ミャオ族)の調査に赴く。直前 に結婚しているが、鳥居は全くためらわずに調査を実行している。 この頃、師の坪井との間に少しずつ溝ができかけている由がある。学究肌といえ ども、机上ではなく常に「歩き回ってデータを収集する」鳥居を理解するのは難 しかったということだろう。 この子弟間の「ゆらぎ」からか、2度目の中国探訪計画は鳥居が「独力での調 査」を行わなければならなかった。どうにも「アカデデミック」な世界は鳥居に は合わないのか。政治情勢の悪化から、日本人は敵意で迎えられたとある。鳥居 はこれに対して、わざと中国服を着用し中国人に溶け込もうとする。太平天国の 乱の土地でもそうだった。 また、フィールドワーク発表の形態は、「調査研究上の論文レポートとは別に 『学術家の紀行文』を考えていた」。これまたレヴィ・ストロースばりだ。 六章は、沖縄のフィールドワーク。このころ鳥居はフランス語の習得に励んで いる。学問上の必要があれば何にも臆することなく取り組む。 フランス語での論文発表。考古学分野・人類学的分野で、フランスが先んじてい たためだ。 沖縄では「蓄音機」を(おそらく日本で初めて)用いた。2ヶ月ほどの調査。 鳥居の説。「日本内地人と琉球人の同一人種(ママ)であること」を証するた めである。「二千年の昔、手を別った同胞」という。 七章は第2回目の満州調査。遼東半島という地政学的不安定さがある。ロシア の触民都市=大連。「遼東半島に始まり、何点して台湾へ。北転して千島へ。ま た南転して西南中国へ。引き返して沖縄と…満州へと回帰してきた」。いははや なんとも目まぐるしい。 鳥居は前後十回も満州調査をおこなった。そして興味は次第に蒙古へと。 満蒙は実に豊かな歴史が存している。 八章は、鳥居の帰属について。学会や研究室での問題もあり、辞表を出すが撤 回している。撤回には当時の総長さえ動いている。 1906年には家族とともに再度蒙古へと。 「私達が蒙古に来た目的は、軍港主義の使命を果たすためではなくて、蒙古人に 親しみ…研究せんがためなり」。見事といえる覚悟だ。 九章でもその旅が語られる。蒙古調査のすぐあと、もう42歳にもなるが、そ のエネルギーは尽きない。これには毎年連続6回行われている。 そして恩師=坪井の急死。この時の弔辞でも鳥居は師との違いを強調し、傲慢 とも思える言辞を残している。しかしこれは生来の一本気のためだろう。 朝鮮半島の遺跡について学会の重鎮へも批判の矛先を向ける。これはいわば学 界から疎外される要因となった。遺跡の実地調査の後に、激烈な批判をする。 「私を黙殺し、度外し…学界にいかに学閥…学派のあるのに驚かなけえばならぬ …実に恥ずべき賤しむべき悲しむべき所為と考うる」。しかり。 シベリア調査=十一章では、イルクーツクまで踏破している。「シベリア出兵」 の後であり、その労苦はいかばかりか。地図から判断するに一万キロを超える旅 路ではなかったか。 この時期の鳥居の言説には、「シベリア出兵」や帝国主義的侵略への批判は見 られないが、さりとて侵略を正当化するものでもない。純粋に学問上の調査の必 要性から言及している。 鳥居は「歩きながら、調査しながら考えた」。 このシベリア調査(2回)の後、鳥居は「生涯で世俗的には最も安定した」時 期となる。それも僅かな時間であったが。 1921年パリの「万国連盟人類学院」が発足した。前年にフランス・パリ学 士院は鳥居に勲章を贈り、同年(講師であった)文学博士号を取得している。勲 章の行方不明事件など、このあたりは「アカデミズム」という名の、「ハラスメ ント」「嫉妬」「生臭さ」を感じてしまう。 1922年には東大理学部の助教授、人類学教室の主任となる。しかし順風は ここまで。ある学者の論文審査についての疑義(どう考えても鳥居に分がある) から辞表を提出する。「人体の計測」についての杜撰なサンプリングの問題と、 審査する学者が似つかわしくないとのことであった。 当時のことについての松本清張の著作もあると知ってありがたい。 1924年54歳での辞職。アカデミズムの暗部がうかがえる。 「浪人学者」としての鳥居はなおも研究を続ける。その意気やよし。 何と63歳で家族を同行した満州調査に赴く。1932年のこと。 ここは本書の白眉だろう。 「主任として…残り、多くの人類学・民族学・考古学を目ざす生年学徒の俊秀を 育て…実践教育を体験させることがあったならば…どれほど優れた研究者・学者 を生んだことだろうか」、という著者の慨嘆は正当なものだろう。 ただ太平洋戦争当時の鳥居にはあまり触れていないのが残念。 全体を通して。 まさしく、強靱な知性と体力・行動力を持った希有の「学者」であったと知る ことができる。名利を求めることなく、「学問上の真理」を追究した鳥居のよう な人物はそうはいない。民族学の泰斗であったことすらほとんど知らなかった私 には、本書は非常に興味深かった。 経年体で記述され、各種の資料を駆使し、自らの「鳥居竜蔵」像を描くことに 成功している。自らの解釈妥当性を常に資料から見つけ出す、その執念は恐るべ きものがある。凡百の評伝とは大違い。 時としてこのような評伝は著者の思い入れが強すぎて、読み辛かったり、「こ んなに調べた」で煩い表現があったりするが、本書にはそのような「嫌らしさ」 は全くない。 鳥居龍蔵の生涯について、このように時間をかけ苦労して上梓した著者に、素 直に頭を垂れる。 ここ数年間で読んだルポ・評伝の一二を争う素晴らしさ。 もちろん おすすめです。

  • 新品同様な品質に感謝を申し上げます。

    新品同様な品質に感謝を申し上げます。

  • 非常に良い

    カバーに細かなかすれ傷やすれもなく新品同様で非常に状態が良かったです。否新品でもあれほど状態の良いものはないでしょう。有り難うございます。

  • 野外の学者

    明治という時代に、幼児を含む家族で、中国大陸を「走破」する気になることがすごい。しかも、ミャオ族の住む危険地帯にまで足を踏み入れることまでやってしまう。満州の地を探検し、国内城や好太王碑の実地調査にも乗り出す。自分の目で見た経験が生み出す歴史観ゆえに、読者はいとも簡単に説得される。

  • 言わずと知れた巨人の生涯

    徳島県出身の人類学者、鳥居龍蔵博士の評伝。 筆者は、戦中の北京在の経験を生かし、鳥居博士の海外調査(特に、 現在の内蒙古、満洲)の描写が圧巻。 ただ、惜しむらくは、鳥居博士の調査が膨大多岐にわたることからであ ろうが、数次に及ぶ調査のそれぞれの学問的位置づけの分析に弱い。ま た、考古学者の人名等些細な記述漏れも目に付く。 しかし、筆者の鳥居博士とその家族へのまなざしは、鳥居博士の戦中戦 後の行動の清廉さとあいまって、とても暖かく感じられ、読後感は心地 よく、空前にして絶後の学者を知る好著。

  • この行動力を見よ!

    以前、中薗英助の『鳥居龍蔵伝―アジアを走破した人類学者』 (岩波現代文庫) を読んでいたので面白く読めた。 本書を読むと、鳥居は実に精力的に各地に出掛けている。それも夫人だけでなく幼児すら伴っての旅行である。現在と違い相当な困難が予想された中での調査行である。田中克彦氏による解説もいい。「生活の手段ではない学問」、いま我々が失っているものだ。

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