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小林秀雄のこと

Art Encouragement Prize for Minister of Education, Culture, Sports, Science and Technology

小林秀雄のこと

Masayuki Ninomiya

On Kobayashi Hideo reconsiders the critic not only as a figure in intellectual history but as a problem of language and life. Through memory and close reading, it asks what a critical stance itself can be.

Kobayashi Hideocriticismmemorylanguage and life

Work Information

To speak of Kobayashi Hideo is also to touch the roots of criticism and language.

This critical essay concerns Kobayashi Hideo’s person and work. Drawing on the author’s own connection to him, it reflects on how the language of criticism is lived and passed on.

Review Summaries

  • Readers value the combination of personal proximity and a calm rereading of the critic. Those interested in Kobayashi Hideo can especially appreciate how testimony and interpretation intersect.

Book Information

Publisher
岩波書店
Published
2000-02-23
Pages
370 pages
Language
日本語
ISBN-13
9784000228084
ISBN-10
4000228080
Price
4250 JPY
Category
本/文学・評論

日本近代における「信」と「知」との間に身を横たえ,その文人としての歩みを続けた小林秀雄.その軌跡を現代文明の抱えている世界共通の問題にかかわらせてその思考の相-「よみ」「やくす」「かく」「からだ」「たましい」など-を「ことば」の深い地平で読み解き,平明に語る.在仏30余年の思索を小林秀雄に集大成した待望の1冊!

Reviews

  • TOC

    序に代えて 小林秀雄のにがさ 小林秀雄をよむ よむ:叡智または知慧 やくす かく:随筆的方法について しんじる 審美体験・神秘体験 からだ 時間考 たましい ことば:無言の境地。 小林秀雄と西欧作家 ジッドの訳者としての小林秀雄 嫌いになった理由 窮餘の一策:小林秀雄とマルセル・プルースト。 日本の歴史の曲がり角に立つ小林秀雄 近代の超克と文學界 小林秀雄とその時代 小林秀雄と歴史の概念 あたまとからだ。

  • フランスとジュネーヴで仕事をしたフランス文学者の卓越した小林秀雄論

    本書は2000年刊行の本で、芸術選奨文部大臣賞に輝いたものらしい。数々の小林秀雄論があり、そのいくつかを読んできているが、この本は難解であるが、分析の緻密さと文章表現の高度さに舌を巻きながらこのほど時間をかけて通読した。簡単に読めるものではなく時間がかかったというのが事実である。 三部構成である。I 小林秀雄を読む、II 小林秀雄と西欧作家、III 日本の歴史の曲がり角に立つ小林秀雄。大雑把に見て、Iが3分の2を占めII, IIIがそれぞれ50頁ほど。Iはユニークな分析で、よむ、やくす、かく、みる、しんじる、審美体験・神秘体験、からだ、時間考、たましい、ことば、以上の10項目が立てられ、小林の創作と評論が縦横に分析され、思想家小林の独創性に迫っている。IIは小林のジッド、プルーストとの関りを追求し、IIIでは有名な「近代の超克」に加わった小林の数少ない発言を掘り下げ、西欧にも日本にも時代にも迎合せず、屹立する自由な思想家としての小林秀雄の不動の思想を析出している。 作家や評論家にとって美と母国語こそ終にコミットすべきものだとする小林の思想を掴みだした300頁以降の分析はきわめて貴重だ。フランス語を得意とし、大岡昇平のフランス語の家庭教師をしたこともある小林のフランス語が母国語の域には達しておらず、数々の限界、誤訳がジッドやプルーストの訳者として知られる著者によって指摘されているが、いたずらに誤訳をあげつらうのではなく、なぜ小林が最後に母国語にこだわったかの考察に活かされている。この問題は日本語で社会科学を構築せねばならないと訴え続けた内田義彦の主張と通底する。 小林秀雄を尊敬する著者は毀誉褒貶の甚だしい森有正の理解者でもある。私はたくさんの批判を読んでいるので、フランスに魅入られて、終にライフワークとすべきデカルト研究などの仕事をしなくなった森に幻滅した記憶があるが、なぜ著者が森を評価するのか、関連文献を読んで蒙を拓いてもらいたいと思っている。気楽に読もうと思って買っておいた本書は、まことに重量級だった。

  • 下らない感想

    筆者が尊敬しているらしい小林の引用ばかり。それと自分の専門らしいジイド正当化。よくある外国文学輸入業者の自己正当化弁解。

  • 日本語として完成された文章

    田舎だけどまじめに本を選定していた書店の新刊本で並んでいたのが2000年の原著で、立ち読みをしてこんな風に小林秀雄を語るものに初めて出会い直ぐに購入した。…それから18年を経て岩波現代文庫に再刊されたのを知り多くの人に読んでもらいたいと思う。二宮正之氏の日本語は、とてもわかりやすくしかし複雑なことを語っている。この端正な日本語に触れることは多くの人にとって益はあるものと思う。そんな些細な個人的な経験から一読をオススメする。

  • 画期的な小林秀雄論

    読者が転移を起こしやすい批評家というものがあるらしい。小林秀雄はその最たるもの。ひたすらほれ込むか、ムキになって否定するかのどちらかだ。小林秀雄について書くくらいだから、二宮氏にも当然転移はあるが、それを十分自自覚しているから、神経症の症例みたいな感情的批評にはならない。小林秀雄論としては画期的。十年ほど前に初版を読んでそう思ったが、あまり評判にならなかったようなのはどういうわけか。従来の小林秀雄論のパターンを逸脱していたからだろうね。

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