小林秀雄 (講談社文芸文庫 えB 3)
Eto Jun's critical study of Kobayashi Hideo. By tracing Kobayashi's language, method, and place in modern Japanese literature, it reconsiders the function of criticism itself.
Work Information
By reading Kobayashi Hideo, the book asks what the language of criticism can do.
A work of criticism by Eto Jun. After earlier Kodansha editions, a 2002 Kodansha Bungei Bunko edition with ISBN is confirmed. It can be read not only as a study of Kobayashi Hideo but also as a self-examination of postwar criticism.
Book Information
- Publisher
- 講談社
- Published
- 2002-08-01
- Pages
- 505 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784061983038
- ISBN-10
- 4061983032
- Price
- 924 JPY
- Category
- 本/文学・評論
人は詩人や小説家になることができる。だが、いったい、批評家になるということはなにを意味するであろうか。(本文) 中原中也、富永太郎らとの交友関係、未発表の書簡や広汎にわたる資料を駆使して、小林秀雄の批評の成立、構成、その精神に迫る。『夏目漱石』『作家は行動する』などで出発した批評家江藤淳の自身への問いは、確固たる地位を築く記念碑的評伝となった。新潮社文学賞受賞。
Reviews
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評伝とは単なる伝記ではない
本書には江藤淳の年譜や小林秀雄を書くにあったて用いた参考文献はあるが小林秀雄の年譜がついていないは残念である。また、本文中にも小林秀雄の生い立ちを記した独立した章がないのも残念である。本書は江藤淳のはじめての評伝であるが、本書を読んで評伝とは単なる伝記ではないということ学びました。
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批評の神さまが江藤淳氏によって血の通った生身の人間像が浮かび上がってきました。
著者は、夏目漱石論を世に問うて、これ以上の夏目漱石論は出ないのではと思わせてくれました。その著者が小林秀雄氏が如何にして切れ味の鋭い批評を者にするに至ったか、アルチュール・ランボーによって衝撃を受け、詩人として生きる道を捨て、愛人長谷川泰子との泥沼状態の愛憎関係、そして死への渇望を醜怪にして悲惨な現実と向き合って生きようとする青年期を克明に描いて、人間小林秀雄を浮き上がらせています。後半は大作「ドストエフスキーの生活」を核にして、詳細にわたる周辺資料の検討ならびに考察を展開してくれます。著者の手際の良さが作品と小林秀雄氏とを明瞭に位置づけてくれます。批評家として如何に小林秀雄氏が独自の立ち位置を築いていったか、著者は相当深く踏み込んで解いてくれます。夏目漱石論での詳細綿密な考証を経た考察はここでも同様に仔細を極め、読んでいて関心するばかりです。小林秀雄氏とは最高のライバルでもあったという著者による遠慮会釈内ない執筆姿勢には感動すら覚えます。
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小林秀雄ファンはご一読を
ずーと昔に文庫版を持っていた。また読もうとしたら見つからない。で 買い求めた。 たけぇなあ。 迫力があるなぁ。 以前は感じなかったことです。筆の勢い に蹴落とされて内容をよく覚えていない。 小林秀雄と長谷川泰子と中原中也の織り成すドラマだけは別で どうにも、そのあたりのことをつい興味本位で読んでしまう。けどそのような恋愛劇は珍しいことではない。結果として、あの中也への哀悼詩が生まれたと解している。 あれはあんまり心を打つので 便箋に書き写した。それを4つ折にして財布にしまい込み常に手元にあるようにした。 いったい小林秀雄という人は ひとたびものでも人でも ほれこむととことんそいつと付き合う。命と命のやりとりみたいなもんで、そりゃあ泰子さん、常に緊張を強いられたのではあるまいか。対象が絵画、陶器、音楽、であっても ついにはそれらと心中直前までいってしまうようなすさまじさを感じる。たぶんそれがわかるということで、そこまでいかなければわからないということで、では解ったかというと、結局僕にいったいなにが理解できただろうかという自問にいきつくのだ。それはあの中也への哀悼詩でみせた心情にも似てなくもないなぁ。 つまり江藤淳の小林秀雄論を、私は、小林秀雄のまわりをぶらつくために読んだのであり、 その目的は、その時点においては十分果せました。
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小林秀雄という人間の存在の深淵に横たわる孤独を描き切った名著
名著の誉れ高い小林秀雄の評伝だが、随分前に読んだ時にはどうも腹に落ちなかった。おそらく小林をちゃんと読めてなかったからだと思う。あの難解な文章を何とか読み解きたい、知的に理解したいという思いだけで小林の文章を読み、その手引きになればと小林論を読んでいた。小林の文章とともに改めてこの本を読み返し、全く読み方が間違っていたことを思い知った。 江藤は『作家は行動する』で小林をこき下ろした。小林の批評を犀利に読み解き、その独断的な文学観を痛烈に批判していた。その江藤がここではとことん小林に寄り添っている。しかも前作での突き放した小林理解を寸毫も変えずにそうしている。小林の言葉そのもの以上に、言葉を発する小林秀雄という一人の人間の存在の深淵に横たわる孤独と魂の叫びを聞こうとしている。思えばそれは小林の方法であった。そして本書からは小林を読む江藤自身の孤独と魂の叫びが聞こえてくる。つまるところ「批評とは竟に己の夢を懐疑的に語ること」と思わずにいられない。手つきは決して似てはいないが、小林がドストエフスキーやモーツァルトや西行を批評するように、江藤は小林を批評する。 以上は井口時男氏による解説に何事も付け加えるものではない。自分には小林や江藤の孤独と魂の叫びを共有できるとは思えない。だからこの本をどれだけ深く読めたか定かではない。それでも震えるような感動を覚えた。全ての小林論をまとめてゴミ箱に放り込んでもいい。本物の批評というものがここにあると思うから。本書は「モーツァルト」までの小林の前半生を描いている。それ以降も小林は渋味のある作品を多く残しているが、時代が沸騰していたせいか、小林の若さゆえか、その尖った個性が際立つのはやはりこの時期くらいまでかも知れない。
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頭がよすぎて気分がわるくなる
いつかこれを読んでいて悪酔いしたことがある 江藤さんの分析はもちろんスッパスパ切れる、切れまくるわけだけれども、そのぶった切ってるときに飛び散る血液が読者に大量に浴びせられるので、しばらくするとオエッとなってくる 最後には、何が目的なんだ?という疑問がわいてくる 切ることが自己目的化して、止まらなくなっている 知性のキョクホクと悲惨の典型例である そらまあ自殺してまうわなあという結論になる ただ、その知性のグルーヴはものすごいけどね 吉本隆明さんが、小林秀雄を引用していたが、 ほんとうの名刀っていうのは、ちょっと切れ味が鈍い ってことなんやな たしか内容は、いかに小林秀雄が間違いだらけであるかを暴いていく、お墓荒らしのようなものであった まあ、その主題は良いんやけど、手法がなあ、どうもなあ、好きやねん 好きなんかい、どないやねん ま、どうしてもヒマなら一度読んでみてもいいけど、たぶん気分がわるくなるよ それでも良ければ
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批評家とは
批評家とは一体どういった職業なのだろうか。 普段、小説家などの文章を目にする機会は多いが 批評家の文章を目にすることは少ない。 新潮社文学賞を受賞した作品でもあり、 小林秀雄氏について、多大な労力を計り調査した結果に基づき 書かれた本作は名作と言える。
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小林秀雄の考えの奥底を探る
橋本治の「小林秀雄の恵み」を読んで消化不良に陥ったことから 手に取った。 橋下に比べるのも申し訳ないほどこの江藤「小林秀雄」はすばらしい。 橋下「小林秀雄の恵み」が要領を得ないのは、小林への愛情がないから ではないかと思う。逆に江藤には小林への愛情と共感がある。特に 最後の数頁、小林が「モーツァルト」によって「一個の透明な精神」 となったくだりは文章自体の疾走感といい、最高の一節である。 私は近代に生きる頭でっかちな人間の一人でもあり、この本で 描かれる小林秀雄は実によく分かる。 長い本であり、途中はかなり冗長にも感じるところがある。しかし 耐えて読めば見返りがある。 なおこの本では調べもかなり労力を掛けて行っていると思う。 その点も「小林秀雄の恵み」とは差があると思う。
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小林秀雄に憑依して己を語った「江藤淳論」、なのかも
「夏目漱石論」の時もそうなのだが、問題のありかを殆ど心理へと 還元してしまうような論じかたである。 そのためであるのか、対象の枠組みを追体験するかのように潜行してゆく なかで、どこからが著者自身の心性なのか、対象のそれなのか錯覚してし まいそうになる。 西欧人なら神をみる地平に「自然」を見出さざるをえない日本。その近代 とはなにか?そうした主題も勿論興味深い。 だが、音楽の愉しみ=滲み出る作曲者/演奏者の声の抑揚に身をゆだねる 楽しみを本書にも見出してもいいのだと思えた。 要はブレンデルのベートーベンに近いのかも。