アレゴリーの織物
Allegory no Orimono is a collection of criticism in which Jiro Kawamura moves across literature and thought to examine how symbol and allegory work. Its critical range, including the reception of Walter Benjamin, reconsiders the act of reading itself.
Work Information
A book that follows the woven texture connecting literature and thought.
This collection uses thinkers such as Walter Benjamin as points of departure to discuss how meanings are layered inside literary works. Although it treats abstract concepts, it keeps close to the texture of reading and broadens the reach of modern literary criticism.
Book Information
- Publisher
- 講談社
- Published
- 1991-10-01
- Pages
- 349 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062055376
- ISBN-10
- 4062055376
- Price
- 1181 JPY
- Category
- 本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/ドイツ文学
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Reviews
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保管状態良好
「良い」表示で「非常に良い」水準でした。感謝。
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TOC
ベンヤミンとゲオルゲ ◆バロックの探究 ベンヤミンとバロック 影のゲーテ ヘルダーリンの冷静 アレゴリーとシンボル カフカの沼 せむしの侏儒。
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ドイツ文学者としての川村二郎
本書は、もともとは文芸雑誌『群像』に連載されたものが本となって出版されたものながら、川村二郎の著作とすれば、文藝批評家というよりドイツ文学者としての本という感じが少しします。 著者自身はしかし、あくまで批評家として、あるいは批評の名においてこの文章を書いたのだというかもしれません。あるいは文藝批評家かドイツ文学者かなんてことはどうでもいいというかもしれません。 が、評者にはどちらかといえば本書はやはり批評というよりやや文学研究寄りにあるように思えます。 そんなふうに思ったのは以下の理由からです(まあでもこのことにあまりこだわる必要はないのですが): 本書で批評の対象になっているのは、おもにゲオルゲ、バロック劇、ゲーテ、ヘルダリン、カフカ、リルケといったドイツ文学のなかで著者が関心をもちつつも必ずしも鍾愛するわけではない作家や作品です。 しかもアプローチとして直接それらの作家や作品に著者は向かうのではなく、ベンヤミンとアドルノ、その他ポール・ド・マンなどが書いた晦渋きわまりない批評を読みなおし、かつ手がかりにしながら、というよりそれらの批評をさらに批評しつつ、そこに、上で挙げた作家や作品についての著者みずからの批評を重ねあわせて論を展開しています。 すでにベンヤミンやアドルノの批評じたいが難解で読みづらいこともあり、著者はまずかれらの批評を著者なりに咀嚼し理解することにページを費やしています。そういう論の展開上の制約もあるためか、けっして本書で著者は、思うがまま、自在なペンの運びで対象を論じるにはいたっていないという印象をうけます。 そういう批評的な自由さ、そののびやかな闊達さが減じられているところに、最初に本書がやや文学研究寄りだと言った理由があります。 ともあれ評者など、本書を読みながら、ところどころで健在ともいうべき変わらぬ川村節にうなりつつも、ベンヤミンやアドルノをとおして対象となる文学作品に迫るというところに少し無理を感じなくもありませんでした。 ようは、ベンヤミンやアドルノの批評のレンズをとおして対象がより鮮明にとらえられるというより、焦点がふたつあって、本書で著者のめざす批評が何を、また、どこを志向しているのか見さだめにくいということ、なんともどっちつかずなところがあるということです。 というか、著者は、ゲオルゲ、バロック劇、ゲーテ、ヘルダリンを語るベンヤミンやアドルノの批評にこそむしろ魅せられ、それを玩味あるいは吟味することのほうによりつよく著者の興味があらわれていはしないか、ということです。 もちろん、川村二郎の書いたものなのでいつもどおり読みごたえはあり、読みどころもそれなりにたくさんあるにはあるのですが、批評として、あるいは著作としてすごく成功したものには必ずしもなっていないのではないかという気がします。