ひねくれ一茶
This biographical novel portrays Kobayashi Issa's crooked life and poetic world in Seiko Tanabe's distinctive voice. Shinano, love, loneliness, and devotion to haiku carry humor and sorrow.
Work Information
The stubborn Issa walks toward his own haiku world with loneliness and love in his arms.
The Kodansha hardcover is used as the representative record. The award-winning novel portrays Issa with warmth and narrative ease rather than stiff biography.
Review Summaries
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Readers appreciate the humane portrayal of Issa, including his weakness and stubbornness. Even without deep knowledge of haiku, the book is approachable as a character-driven novel.
Book Information
- Publisher
- 講談社
- Published
- 1992-09-01
- Pages
- 548 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062058957
- ISBN-10
- 4062058952
- Price
- 146 JPY
- Category
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
吉川英治文学賞に輝く傑作 信濃の椋鳥・小林一茶の独自の俳境を求めた壮烈な人生。 〈わが星は上総の空をうろつくか〉仰ぎ見る星、それは花嬌だ。上総・富津の織本家の若い未亡人花嬌だ。花嬌がこの世にいるだけで、存在の芯軸があるような気がするのだ。〈美しき団扇持ちけり未亡人〉──本文より
Reviews
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大変面白い
田辺聖子の感性が一茶の心の動きを良くとらえていて面白い作品だった。一茶の句はより川柳ぽいのが好きです。
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田辺聖子さん創作の一茶のイメージが何とも好ましい
庶民的で心優しい一茶像を通して、江戸時代の豊かな文化に関わる個性的で粋な人たちの生活振りに触れることができ、楽しく読めます。
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一茶の生き様に感動した。
一茶の生き様を、表現した作者にお礼申し上げます。
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丁寧な対応に感謝です。
思ったより良品で満足しています。これからの秋の夜長を「ひねくれ一茶」と過ごすつもりです。
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面白いです
千葉県の東葛地方の寺(流山や利根町)をウオーキングで回っていると時々一茶の句碑に出合います。よくある芭蕉の句碑とは違い、一茶が実際にその場所を訪れ句会を開いているのです。これまでは、それ以上の興味を抱くことはありませんでしたが、田辺聖子が一茶について書いているというので、この作品も読むことと相成りました。 田辺聖子のこの種の作品はどれも非常に面白いのですが、これもその期待を裏切りません。一茶の句は少ししか知りませんでしたが、この作品はそのような読者にも当時の俳諧のシステム、俳人の生活基盤、連句の仕組みも含めて、わかりやすく説明してくれます。この世界もなかなか複雑で、きれいごとだけで割り切れる世界ではないようです。その中で明らかにされるのが、一茶という特異なパーソナリティです。当時の時代の制約の中から生まれながらも、生み出された作品のトーンとメッセージは時代の拘束から離れた作品なのです。その一茶の作品が田辺聖子がつむぐストーリーの中に大量にちりばめられているのです。 この作品の中では、もっぱら中年以降の一茶がその死まで含めて描かれていきます。特に信濃への帰還の後の一茶の生活は様々な幸せと不幸の工作に見舞われます。特にこのストーリーに彩りを与えているのが一茶を取り囲む様々な魅力的な人々たちです。見事な人物から平凡な人々そして怪しげな人物まで多種多彩です。その人々たちとの不思議な出会いと清濁両面の交流そして別れが美しも悲しくたどられていきます。(もっとも出会いの部分は作品が中年以降の一茶が中心となりますので限られてきますが。)一茶に関するいわゆる事実を知らない私にはどこまでが作者の想像力の産物かを判断する立場にはありませんが、一茶のよって立つところと生き様が田辺聖子の好意的な目線で語られていきます。 ただ一茶のもう一つの側面である故郷での遺産への執着の部分は、どうもこの全体の中でも納まりが悪いようです。継母との折り合いの悪さという部分にその原因は求められ、この作品の中では、最終的には故郷への帰還という大きな枠組みの変化の中で止揚されていくのですが、二つの側面が併存した人物、一茶はやはり一筋縄ではいかない存在だったのでしょう。ぜいたくを言えば、一茶の若き時代の諸国放浪の部分もかいてほしかったような。
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「タメ口」の正式な言い換えはなんだろう?
タイトルを調べてみたら同じようなこと考えてる人、いっぱいいるようだね。 この小説には一茶の周りにたくさんの人間が現れては消えて(死んで)ゆく。 その中で、一茶がタメ口で気兼ねなく話すのは草杖のみ。 草杖は一茶の才能を認めて羨んでいる。一茶は草杖の行いを苦々しく思っている。 ---p.177 「おい、草杖、そりゃァいいが、雨十に妙なもの売りつけるなよ」 ---p.479 「成美が残らねえのに、なんで蕉雨が残るんだ、それぐらい一茶さんも知ってるだろう」 オレはこの草杖という男が好きだな。最後、再登場してよかった。 感想書こうとすると長くなってしまうので、自分が特に惹かれたとこだけを。 もし、一茶が---p.363 「(ひどい経験も)笑い話にしてこそ、俳諧師だ」/「自分にしか詠めない句を作るぞ」と思っていたとしたなら ---p.411 【三角の餅をいただくまま子かな】 これこそが一茶の代表作かなと思う。(三角の餅ってのが解説がないとちょっとなんのことだか分かりにくいが・・・) ※おこまがしくも、一茶の句を添削したりして・・・・ オレなら【三角の餅を頬張るまま子かな】にする。遠慮がちにお貰いする姿より「うまいうまい」と喜んで食べてるほうが余計に哀れでいいと思う。 「やせ蛙」の句なんかを読むと、一茶は枯れた爺様かと勝手に思っていたんだが、田辺聖子さんの解釈はまったく違う。 長い小説なので、前半はかったるいかもしれないけど、一茶が江戸を捨てる決心をしたp.376から急激におもしろくなるぞ。お薦め。
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一茶をよく描いている。
田辺聖子さんの本です。 名作ですね。小林一茶について知りたい人は、これを読むべきです。また、俳句について勉強したい人は、これを読むべきでしょう。 江戸で俳諧をする一茶。しかし、どこかぱっとしない。しかし、一部では認められている。そんな燻っている一茶が、実家での遺言騒動でなんとか起死回生したい。しかし、なかなか話はすすまない。 でも、一茶って、かなり晩婚なんですが、子どもをたくさん作るんですね。とはいえ、その子どもがことごとく死んでしまう。 最初の奥さんまで死んでしまう。 二番目の奥さんとはうまくいかず、三番目の奥さんとはうまくいく。 とりあえず、エロ爺ぶりが笑えるというか。 それはともかく、句を使いつつ、うまく一茶の状況を活写したこの本は、とてもすばらしい。おもしろい本でした。
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ひねくれている一茶が好き
「ひねくれ一茶」 このタイトルに胸ぐらをつかまれてしまいました。ひねくれ者の私のドツボにはまる一茶のひねくれぶり…出自や才能へのコンプレックス、自己憐憫に自虐に自尊心の塊。これが愛おしくてたまらない。何度読み直したか分からない、私にとって宝物の1冊です。ずっと昔に買った紙の本は手垢や涙でボロボロになってしまったので、今回Kindle本で購入し正真正銘の愛蔵本となりました。 一茶のひねくれた心、頑なさ、反骨精神などが咆哮する一方で、この作品には温かな人情や恩義が溢れ、世の常である出会いと別れが哀切に描かれています。ひねくれた心を溶きほぐすのは人の優しさであり、出会いと別れを繰り返す中で、人はようやく心の機微を知り自分の心にも素直になれるのかもしれない。ひねくれながらも優しさを求め、ひねくれゆえに?執着し覚醒し邁進していく一茶。ひねくれ者でなければ到達できなかったかもしれない世界、でも、ひねくれたままでも到達できなかったかもしれない世界。表現するのがとても難しいのですが、一茶にとって俳句はその心の軌跡だったような気がしました。年齢を重ねるほどに、胸に響く1冊だと思います。 藤沢周平の「一茶」も優れた作品だと思いますが、冷徹なほどにクールな描き方という印象。私はドラマチックで人情味溢れる田辺さんの作品の方がダントツに好きです。田辺さんの文体は、カラッとしていながら情感豊かであり、エピソードの1つ1つの情景や登場人物達の表情、佇まいまでもが目に浮かぶようでした。 たくさんの一茶の句とともに、江戸の町の華やぎや地方都市の風情が生き生きと描写され、一茶と一緒に街道を旅したり、句会のためにお邪魔したお屋敷でグルメに舌鼓を打つような楽しさも魅力です。同時に、江戸の町の不穏さや俳諧師の厳しい生存競争の実態も盛り込まれ、一茶が生きた時代の明暗と庶民の喜怒哀楽を身近に感じることができたのも収穫でした。 興味深かったのは、北斎と草杖による一茶の句の評価。才能への評価というべきでしょうか。良くも悪くも本質をついているな~と、田辺さんの解釈の多様さや深さに感心しました。そして、結局は「なるようにしかならへんて」という大阪人独特の田辺さんの感性で、一茶の才能も努力も俳句も人生も、ひねくれて精一杯人を憎んで愛して句を詠んで、「なるようになったのだ」と、大らかに肯定し尊重する姿勢が、「ひねくれ一茶」のタイトルに込められた一番のメッセージではないかと思います。