季節の記憶
季節の記憶 by Kazushi Hosaka is a work associated with the Tanizaki Junichiro Award. It builds its world around the impression suggested by the title, following human choices and the atmosphere of its time with a lingering aftertaste.
Work Information
季節の記憶 quietly conveys the core appeal that has kept it read as an award-recognized work.
季節の記憶 by Kazushi Hosaka was recognized in the context of the Tanizaki Junichiro Award. Whether fiction, criticism, poetry, or nonfiction, the introduction focuses on the work itself and its author.
Book Information
- Publisher
- 講談社
- Published
- 1996-08-01
- Pages
- 316 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062083218
- ISBN-10
- 4062083213
- Price
- 2991 JPY
- Category
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
芥川賞受賞後第一作。 たとえばあと百年してここに映っているみんながいなくなったあとに、ここに映っている人間の誰一人とも関係のない誰かがこのビデオを見ることがあったとしたら、初期の写真に写っている人たちがそれを見る僕たちにある独特の感慨を喚び起こすように、ここに映っている一人一人が独特の存在感を持ってこれを見る人の記憶にとどまることになるのではないかというようなことを僕は思った。──(本文より)
1956年山梨県生まれ。鎌倉で育つ。早稲田大学政経学部卒業。81年から93年まで西武百貨店コミュニティ・カレッジに勤務。90年、『プレーンソング』(講談社刊)でデビュー。『草の上の朝食』(93年、講談社刊。第15回野間文芸新人賞)、『猫に時間の流れる』(94年、新潮社刊)、『この人の閾』(95年、新潮社刊。第113回芥川賞)
Reviews
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心地よく「考えさせてくれる」作品
豊かな自然と豊かな登場人物が、淡々と日常を紡いでいく。心地のいい作品です。 その中で、色々と「考える」ということをしました。 読む前の私から読んだ後の私は、ほんのちょっぴり成長したと思います^ ^ 保坂和志氏の作品は初めて読みましたが、他の作品も読もうと取り寄せました。
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事件というオブジェを持たない稀な小説
日常のありふれたおしゃべりに他者の知性を感じつつも、気に留めた理由までは把握できず、もどかしい思いをした経験はないだろうか。この物語においてそういった解読されざる叙情は、登場人物たちによっていちいち哲学され、主人公である「僕」の、しかし、自分が「神の声」の立場にないと自覚されたナレーションで丁寧に解説される。その繰り返しが醸し出すリズムこそ、オブジェを持たないこの作品の柱であり、読者に向けられた「世界を客観的にイメージする」ためのレッスンだ。正確な世界認識を持つ柄杓は、井戸の蛙を引きずり出すだろう。 でも、ここから小さな声を打ち付けておく… 「ある種の傲慢かつまらないメルヘン趣味」なんて言われちゃってる唯脳論、君は読者に対してやさしかった。解釈の理由は君に保証されていた。忘れないよ。
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続編「もうひとつの季節」を読みたいです
初めの方は、面白く読めるのだろうかと思いつつ読んでましたがだんだん引き込まれていきました。鎌倉には高校の修学旅行ですから50年前になります全然覚えてないですが、鎌倉の風景、情緒ある町並み、海岸の景色、想像して読んでました。行きたい気持ちが募った程です。読み終わり余韻が残り続編を探しましたが廃番になっていて残念です。
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ほのぼのとした日常
鎌倉の或る地域が舞台。 離婚して、ライターの仕事をしながら息子を育てる主人公。(中野)(男性、40代前半) その主人公を取り巻く兄妹、夫と別居して娘を育てるナッちゃんという女性。 ときどき訪れる風変わりな友人たち。 ストーリーがとくになく、日常が描かれている。 息子が訊く、大人でも答えを持っていない疑問。 子供を相手に、疑問に真摯に答える主人公。決して有耶無耶な答え方をせず、きちんと説明する。例えば宇宙の構造など。(例えばです。本文中にあったかどうか憶えてませんが) 息子と主人公の会話。大人と大人の議論的な会話。 小学校にあがる前から文字を教えるべきか、で議論する大人たち。敢えて、幼児に文字を教えないのには教えない意味がある、という主人公の考え。 主人公のなかには常に、物事に対する深い議論と考えがある。脳のなかで、いつもじっくりと考えている。主人公は、一般的な結論づけられている物事にも、常に疑問を持ち、自らの見解を持っている。 保坂氏は、哲学、いや特に心理学を意識して議論的な会話部分を書かれたのかな、と途中から思いました。 子育てを経験していない僕にはリアリティーが出せないので、僕には書けない作品かな、と思います。 自分が子供の頃をも思い出させる、ほのぼのとした小説でした。
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日常的哲学書。
見事に何も起こらない小説です。そこに繰り広げられるのは、稲村ヶ崎周辺の景色と、5歳の息子の疑問に端を発する大人たちの議論。これがどうでもいいようでもあり、妙に哲学的でもあるのが面白い。理屈っぽいのが苦手な人には辛いかもしれませんが、私には楽しめました。
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読み終わると寂しくなります
今さら私が言う程のことではないですが。 最近、本屋の販促ポップなどで「一気に読める」「驚愕のラスト」などという言葉をよく見かけますが、この小説はその正反対です。 特になにも起こらない、ただ稲村ケ崎の美しい風景の中で登場人物たちが、考え、しゃべり、生活しています。 先が気になって徹夜で読んでしまうとかいうわけでは全くなく、毎日、電車の中やお風呂で、寝る前などに数ページ、という感じで読み進めていきましたが、1文1文がなんとなく楽しく、「読書というのはストーリーが知りたくてするわけではなくて、時間を楽しみたいからする行為だったんだな」と改めて感じました。 ラストシーンで涙ぐんでしまったのは自分でも意外でした。何気ない毎日の積み重ねの物語がキュンと切ないのは、いつかそれが終わってしまうという大前提があるからでしょうか。 こんな環境で子供時代を過ごすクイちゃんが羨ましいな。読み終わって、日常の一部がぷつっと消えてしまったように寂しくてたまらなったので、後編があるときいてとても嬉しいです。でもそれも読み終わっちゃったら本当に悲しくなっちゃいそうなので、いつ読み始めるか悩んでしまいます。
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長編大河散歩小説
この小説を長編大河散歩小説と呼んだのは保坂氏本人です。 独特の長いセンテンス、稲村ケ崎に流れる穏やかで雄大な時間、なんとも愛らしい登場人物、等々。 すっかり保坂ワールドに引き込まれてしまいます。 登場するロケーションは全て実在の場所で、私の家が割と近い事もあるのだけれど、読み進めていくと実際の風景がイメージされて、とても優しい気分にしてくれます。 たしかに読むのには根気がいる。 もしかしたら途中で嫌になってしまう人もいるのかもしれないけれど、大好きな人にはこれを読んでもらって感想を聞きたくなる。感性の接点があるかどうか知りたいのです。 長いセンテンスに関しては、文章の最後が「た」で終わるのがどうしても気になってしまい、そこを回避するために「〜なのだけれど」や「ところで」の様な妙な繋ぎになっているらしいです。
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育児書として一家に一冊
さらっと読めるのに心に残る物語で、以前に読んだのですが、息子が生まれてからもう一度読みたくなって買いました。 登場人物がとても魅力的ですし、特に主人公の、息子に対する真面目でのんびりした接し方が素敵です。こどもに「どうして?」と、問い掛けられてどう答えるか、そんなことを考えながら読むのも楽しかったです。子どもの成長とともに、手元に置いておきたいと思わせる本でした。