恋ごころ 里見トン短篇集 (講談社文芸文庫 さL 2)
"Koigokoro" is an autobiographical short story that freshly revisits, from the perspective of later life, a faint affection felt at age fourteen for a young female relative met during a summer in Morioka. Blending autobiography and fiction, it draws out the subtle tremors of affection through dialogue and remembered detail.
Work Information
The work illuminates a boyhood's tender first love in the gentle prose of the last major writer associated with the Shirakaba school.
Kodansha Bungei Bunko's "Koigokoro: Selected Short Stories by Ton Satomi" includes the title story, winner of the Yomiuri Prize for Literature, along with "An Experience of Buying a Wife," "Entanglement," "Broken Drum," and "The Great Fire." Satomi wrote across the Meiji, Taisho, and Showa eras, excelling in lyrical and gentle autobiographical fiction. "Koigokoro" does not simply romanticize boyhood memory; through detached humor and the rhythm of conversation, it brings the fine emotions of lived experience into view.
Review Summaries
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The work is valued for using fluent prose and finely tuned dialogue to depict subtle feeling rather than passionate romance. As a gently melancholy autobiographical fiction, it stands at the center of a collection that leaves a warm aftertaste.
Book Information
- Publisher
- 講談社
- Published
- 2009-08-10
- Pages
- 284 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062900577
- ISBN-10
- 4062900572
- Price
- 1100 JPY
- Category
- 本/文学・評論
人の生の営みの機微を描いた心温まる短篇集 “最後の文士”里見は、94歳の最期まで現役作家として活躍した。抒情的で穏やかな、哀愁を帯びた感動を与える私小説の世界。読売文学賞受賞の表題作他六篇。
Reviews
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クラシック文学
あまりにおもしろくて自分のまちがいに気づいた。 いままで「どうしてこの作家は今でも読まれるのに、こっちの作家は忘れられてしまうのだろう。どういう限界があったのだろう」という疑問を抱いていた。これはまちがいだったのだ。忘れられてしまうのがスタンダードであって、読まれ続ける方が例外だったのだと。 小説はジャーナリスティックな卑俗なものであって、なんとなく古いとおもわれるそれだけで、簡単に忘れ去られるものだと。でなけければ、里見 弴が現在ここまで冷遇されている理由がまったくわからない。それぐらい単純におもしろい。気持ちが温かくなる。人生に対して賢くなる。これらが世に生きる普通の大人が小説に求めるものでしょ? 答えは里見 弴です。 里見は、自分の経験に材を得て小説をものすのだが、そこにはじつにいろいろな仕掛けがほどこされている。「妻を買う経験」も男が大阪にむかう車中から話がはじまる。里見が家族ともめにもめた結婚の話とは読み進めて初めてわかる。語っても語っても語り尽くせないだろう経験を、あかの他人の目線、つまり、苦労を重ねた一つの人格をもつ男を介して語る(親側の従順な大使でもない)。だから、話は単純な二項対立におさまらない。自分の気持ちを中心に据えた、ありがちな単線の物語ではなく、登場人物ひとりひとりひとりに人格の陰影を与え、のみならず自己本位な断罪、評価をくださない。倫理的な態度の小説なのだ。最後の里見の赤面のくだりは、そういう態度のひとつだと読んだ。 冒頭の「恋ごころ」もすばらしい。十四歳のときの初恋の人は、最後の最後まで、いかな人格の人であったか回想すら成立しない。おもいだせないからだ。また、これが最後に思い出すというふうに展開するわけでもない。そうではなく、ただ、この十四のときから、まちがいなく自分はいきてきたし、縁あるひともやはりおのおの生きていた、そういう時間が浮かび上がってくる、そういう小説なのだ。 巻末の解説を、自分がけして好む作家ではない丸谷才一が書いていて、里見 弴を大変評価しているのを知った。いくつかの里見 弴に対する小論も残したことも後に知った。その小論に賛意はほとんどもてない。けれど、彼が解説で絶賛している「縁談窶」のある一節は、自分も全く同様にたいへんな技巧を認めたところだった。丸谷が自分の長編でやりたかったことが、初めてわかりかけた気もしたのだった(そして、しくじったのだとも)。 多くのひとたちを楽しませ、勇気づけ、知恵もあたえたであろうかつての小説。こういった小説はクラシック音楽のように、時代の最先端の小説と関係ないところで読み継がれていくものだろう。
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小津映画好きは必読!
小津安二郎が里見'クを崇拝し、映画を作る上でかなりの影響を受けたということを知り、読んでみました。 結果、中・上流階級を描いた作品は、本当に小津映画のように思えてきました。『縁談窶』はまさにそうで、「縁談」というモチーフや鎌倉という舞台、会話のやりとりなど、まるで小津映画を観ているようでした。これは里見'ク作品の読み方としては正しいのかどうかわかりませんが、正しい正しくないはどうでもいいかな、と思います。とにかく面白かったです。 また、プチブルとは打って変わって花柳界を描いた作品もとても面白く、ここに収められているものでは『大火』が特に良かったです。短い作品ですが、吉原の大火で混乱した花魁や客たちが、活き活きと、少しコミカルに描かれています。 どの作品にも共通しているのは、会話の面白さと、読み終えたあとに、心地良いような、じーんとくるような、決して激しいものではないのですが、何か静かな感動を余韻として残してくれることです。
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日本のヘンリー・ジェイムズか
有島武郎の弟で白樺派の一人と文学史的には知っていたし、面白いと噂には聞いていたけど初めて読みました。いや、おもしろい。短編というには一つ一つがやや長めの本作では「縁談窶」と「妻を買う経験」がよかった。 前者は大正14年に書かれたもので、初老の男が幼いころから知っている知り合いの娘が、適齢期を迎えて見合いを繰り返すのだが、男からみると娘は「縁談窶(やつれ)」ともいうべき精神的に不安定な状態にある。そんな娘を男は鎌倉の家に招待するのだが、、、という話。後者は昭和22年に書かれたもので、これも初老の男の知り合いの息子が芸者と結婚したいと言い出して、お金のことやら家族のことやらを引き受けた男が、うまく話をまとめようとして仲介しようとするが、、、という話。 ともに、「観察者」である主人公の細部にわたる詳細な報告もすばらしいし、それが自分に跳ね返ってきて記憶をまぜかえすのもすばらしい。ヘンリー・ジェイムズの名作「大使たち」に負けないといっては言い過ぎかもしれないが、内的独白と仲介者の悲哀の感覚は珠玉の出来栄えです。