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An animal researcher known only as "I" finds himself standing in a strange line whose front and end cannot be seen. Through people who mistrust, envy, and try to overtake one another, the novel turns the suffocating pressure of competition and comparison in contemporary society into an unsettling allegory.
Work Information
In a line that seems to stretch without end, the novel asks why people keep standing there and what they cannot escape.
The Line is a 2023 Kodansha hardcover by Fuminori Nakamura and the winner of the 77th Noma Literary Prize. First published in the July 2023 issue of Gunzo, it follows people standing in a line whose front and end cannot be seen, exposing the desire to move ahead, avoid losing out, and believe another line must be better. Although the story is shaped like an allegory, it connects sharply to everyday life, where work, status, and even peace of mind become objects of comparison, quietly asking readers what line they themselves are standing in.
Review Summaries
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High regard. The absurd situation of standing in line is valued for exposing egoism and group psychology. The novel's unease, force, and the faint possibility suggested near the end are also praised.
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Mixed response. Many readers receive the absurd premise as an allegory of contemporary society, though responses differ over its abstraction and heavy sense of confinement.
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Mixed response. Some readers value how much the short novel leaves them thinking, while others find its dark, conceptual narration heavy.
Book Information
- Publisher
- 講談社
- Published
- 2023-10-05
- Pages
- 160 pages
- Language
- 日本語
- Size
- 13.5 x 1.7 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784065333396
- ISBN-10
- 4065333393
- Price
- 1370 JPY
- Category
- 本/文学・評論
男はいつの間にか、奇妙な列に並んでいた。 先が見えず、最後尾も見えない。そして誰もが、自分がなぜ並んでいるのかわからない。 男は、ある動物の研究者のはずだった。 現代に生きる人間の姿を、深く、深く見通す――。 競い合い、比べ合う社会の中で、私達はどう生きればいいのか。 この奇妙な列から、出ることはできるのだろうか。 ページをめくる手が徐々に止まらなくなる、最高傑作の呼び声も高い、著者渾身の一作。
1977年愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸<スリ>』で大江健三郎賞を受賞。『掏摸<スリ>』の英訳が米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」で2012年の年間ベスト10小説に選ばれる。14年、米国のDavid L. Goodis賞を受賞。16年『私の消滅』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など。他の著書に『何もかも憂鬱な夜に』『去年の冬、きみと別れ』『教団X』『あなたが消えた夜に』『R帝国』『カード師』など多数。エッセイ集に『自由思考』、対談集に『自由対談』がある。
Reviews
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「仕掛け」に仕掛けた傑作
仕掛けに凝った傑作作品と読んだ。丁寧に読むと全体が主人公の白昼夢だと判る。第一部は列に並んでいる草間が、猿を見たような幻覚から意識が混乱するなかで「思い出したくない昔」を思い出す場面で終わり、第二部はその幻想シーン。第三部で再び列にいる自分を発見するが、夢はまだ第二部の続きであり、最終頁で再び眩暈を覚えて意識が途絶えかかる。従ってこの本全体が、想像力が豊か過ぎる主人公;草間の見た「悪夢」とも言える想像劇なのである。このような構成になる必然は、作者はこの世界のあり様を、リアリズムに依らず、かと言ってデストピアにも依らないで形で切り拓く「表彰様式」にしたかったからだ。 構成は奇抜でも、中村文則氏の癖である「過剰過ぎる説明」のお陰で意味は明解である。「列」は人間社会を構成している「序列」を示していることは直ぐ判る。人々はそれぞれの活動分野で意識的、無意識的に、自分の立位置を見極めながら生活しているのを、著者は「列」という具体的な並びに変えて例示してみせる。列を詰めるときの進捗感、隣の列が前進するのを見るときの焦燥感、列を離れるときの開放感や不安感など、一つ一つの具体例は身につまされる。 第二部ではそういった人間の「序列」意識を猿との比較で例示して見せる。「序列意識」の究極の顕われを「同族殺し」にあるとする著者の見解は斬新で鋭い。私自身は長年、人間の殺し合いは、フロイトの言う、人間の「退行」過程での「死の欲動」と称される現象によって起きると考えてきたが、動物学者である草間はチンパンジーの研究から、人間と類人猿が獲得した「知識」にあると喝破する。「チンパンジーが持つ知性が、殺した方が得であるケースに気づいたのではないか」「もし本当に、人間の本質に最も近いのが他の猿でなくチンパンジーだったら、人類の未来には今後も絶望しかないのかも知れない」とも。全くその通りで、人間は「効率的な大量殺人兵器」の開発にしのぎを削っているではないか。 だがそのような縛りは、「餌付けされた」猿世界に緊密で「野生では、彼らの生活は緩い」。野生世界は母性世界でもある。ニホンザルはもともと母性集団であり、類人猿でもボノボは同様に母性世界で争わない、と言う知見も披露される。同族殺しは100%の「宿命」ではなく、微かだが選択肢は残されているのだとも。草間が自分の地位を奪う助手の石井を殺そうとして殺せないシーンは、そんな選択肢(ギリギリの良心)が働いたのだと読める。 第三部は再び「列」。ここではいくつかのオルタナティブが否定される。先ず後ろに並ぶ手相見の男が言う「物理学で言うホログラフィー原理;同じデータのようなものがあって、それが一方では通常の生活のように見えて、でも違う見方をすれば、このような列に見えるのでは」という言説が「そんなに甘いものではない」と切り捨てられ、次に「彼岸思想;私の善行を、きっと誰かが見てくれている。そして遣わされた“彼”が、いつか……私の手を優しく握って、並ぶ人達の直ぐ脇を通って連れて行ってくれるんです」「ここではない……きっと何かいいことがある」別世界へ、という願望も、「列」に並ぶ神父を引き合いに出してありえないとされる。世界は「この世」しか存在せず、人はこの「列」に並ぶほかにないのだと読める。その証拠に第二章で競争世界からドロップアウトして山に閉じこもる蟹男も列に加わっており、同じく自死によって世界を離脱したはずの人たちも列の横にぶら下がっている。 終末は「その列は長く、いつまでも動かなかった。何かに対し律儀さでも見せるように。奇妙なほど真っ直ぐだった。近くの地面には「楽しくあれ」と書かれていた」で終わる。こんな不条理な世界でも生きている限り「楽しくあれ」とするのが、この小説が示す結論だ。 草間の思考以外に筋らしきものはない。カタストロフも存在しない。本来小説は個人を描くものであるが、個人個人の運命は捨象される。こういった意味明白で-その点においてカフカ的ですらないが、ストーリーのディテールの難渋さにおいてまさにカフカ的という、こういう小説もあるのだと、しばらく感銘に浸った。
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「中村文則」を心の底から堪能できる、鬼気迫る一冊
猿研究に携わる主人公の非常勤講師は、学内での安定した地位を獲得することに失敗し、 最終的には失職する。 男は現実の辛さから逃避するかのように執拗に夢想を繰り返す。 現実の描写と夢と夢想が、幻影の様に繰り返し現れる。 個人的にはデヴィッド・リンチ監督が2001年に発表した 「マルホランド・ドライブ」を連想した。 この映画では、スターになることを夢見てハリウッドにやってきた女性が、 過酷な現実に引き裂かれて死んでいく。 現実と夢想の狭間で、主人公が狂っていく描写、鬼気迫る雰囲気に、 類似の傾向を覚えた。 嫉妬や歪んだ性欲、人間存在が孕む根源的な暴力性、さらには「狂気」が、 「大学の非常勤講師」というリアルな社会生活を送る生身の男を通して、 じっくりと炙りだされていく。 後半、主人公が、自身の失職と間接的に関係する男を殺害しそうになる場面。 中村文則らしい、読んでいて呼吸が苦しくなってくるような、 圧倒的な心理描写が数頁にわたって現れる。 本書は、 「久々に中村文則を堪能した。読んでよかった」 と心から思える一冊となった。
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感慨深い内容
自分の人生と向き合ってみようと思うようになりました
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出来の悪いカフカみたい
最初カフカみたいだなと思って読んでいたら、途中から妙に説明的になってダサくなった。全然響かず、短いけど最後まで読むのが苦痛だった。
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大好きです。
・ 毎度読了後のお楽しみ「あとがき」で二年以上これを書いていたことを知り直ぐに再読。 やはり一度目で理解できなかった箇所を自分なりに少し解釈できた。 正直まだ読み落としがある。 自分が稚拙故に理解に至らない箇所もある。 でも。 この人の作品を完全に咀嚼し理解して気を衒った、いかにも正解風で完璧な感想を披露するために努力することは私にとって必要でも重要でもない。 ただこれからもずっと 「共に生きたい」とまた思わせてもらえるだけで…。 この人の描くものが愛おしい。
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う~ん、この作品の真の価値や魅力について、どんな表現でレビューをすれば伝えることができるだろう?いい意味で、気楽にレビューを書くことを躊躇わせる作品であることは間違いありません。
この作品は小説でありながら、小説という形態を採った著者の哲学であり、著者の社会批評といえるでしょう。 小説作品として面白いか、傑作かと言われると正直に言って難解であり、多少退屈であり、ストーリーも複層化してややこしくすんなりと読み進められる気楽な作品ではありません。 作品を読みながら感じたのは、この作品の構成はメビウスの輪だということ。 読んでいるうちに何度もまた元の地点に戻る作品でした。 この作品が面白いと思えるのは、すでに何作か著者の作品を読み、著者の作風や作家として姿勢などに共鳴できるファンだけだと言えるかもしれません。 私自身は、「教団Ⅹ」や「R帝国」がとても好きな作品で(ほかにも読んではいますが)、その流れで新作が出たとのことで直ぐに手にしました。 ストーリーそのものを楽しむのではなく、その表現や初っ端から物語の設定として出てくる「主人公が列に並んでいる」という状況が、今の日本社会、または資本主義経済下の世界を象徴的に表して、著者が何を訴え何を伝えようとしているのかを考えながら読むという少々難易度の高い楽しみを味わわせてもらえました。 こういう書き方をすると、著者の意図を理解できる者にしか楽しめない作品なのかと思われるでしょうが、はっきりいってそういう面があるのは否めません。 「R帝国」のときにも感じましたが、こういった作品の小説としての価値はどうなのかと問われると、微妙だとしか答えられないところもあります。 何と書けば、著者の「この世界、社会で生きることの辛さを訴え続けたい」という気持ちを平易にわかりやすく伝えられるのか、このレビューがその役に立っているのか自信はありません。 ただ言えることは、こういった作品がもっと世間に知られて、単純に評価されるのではなく、読者を含めた多くの人たちの考え方に一石を投じ、討論や論議されるこの国であってほしいと願います。 著者のことが好きな読者、また、文壇でだけ評価されるのではなく、この国の現状を哲学的に考える風潮が消えて無くならないためにも、この作品がもっと読まれ、少しでも多くの方に知られることを願います。
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とんがりすぎでは
風刺的なメッセージや社会的な定義がうっすらと感じられはするが、これが作品として面白いかと言われると微妙である。 分かる読者への挑戦的な話なのであれば、なおさら書籍としてはもう一つ。 著者の作品は好きなのだが、本作はストーリーとして響かず。 新しいことを目指したという点では評価はある。
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好きな作家
新刊だったので買いました。 状態も良く、完読できました。