背高泡立草
背高泡立草 is an award-winning work that examines memory, social pressure, and the ways people try to understand themselves and others through its central situation.
Work Information
背高泡立草 considers the relationship between individual lives and the society around them through the shape of an award-winning work.
背高泡立草 by 古川真人 is recorded as an award-recognized work. Bibliographic identifiers are included only where a standalone book publication could be verified; magazine or periodical identifiers are not substituted for works whose standalone publication could not be confirmed.
Review Summaries
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Readers value the character work and clear thematic focus, while also treating it as a work that asks for patient attention to its quiet movement and weighty subject matter.
Book Information
- Publisher
- 集英社
- Published
- 2020-01-24
- Pages
- 152 pages
- Language
- 日本語
- Size
- 13.4 x 1.7 x 19.4 cm
- ISBN-13
- 9784087717105
- ISBN-10
- 4087717100
- Price
- 1540 JPY
- Category
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
【第162回 芥川賞受賞作】 草は刈らねばならない。そこに埋もれているのは、納屋だけではないから。 記憶と歴史が結びついた、著者新境地。 大村奈美は、母の実家・吉川家の納屋の草刈りをするために、母、伯母、従姉妹とともに福岡から長崎の島に向かう。吉川家には<古か家>と<新しい方の家>があるが、祖母が亡くなり、いずれも空き家になっていた。奈美は二つの家に関して、伯父や祖母の姉に話を聞く。吉川家は<新しい方の家>が建っている場所で戦前は酒屋をしていたが、戦中に統制が厳しくなって廃業し、満州に行く同じ集落の者から家を買って移り住んだという。それが<古か家>だった。島にはいつの時代も、海の向こうに出ていく者や、海からやってくる者があった。江戸時代には捕鯨が盛んで蝦夷でも漁をした者がおり、戦後には故郷の朝鮮に帰ろうとして船が難破し島の漁師に救助された人々がいた。時代が下って、カヌーに乗って鹿児島からやってきたという少年が現れたこともあった。草に埋もれた納屋を見ながら奈美は、吉川の者たちと二つの家に流れた時間、これから流れるだろう時間を思うのだった。 【著者略歴】 古川真人(ふるかわ・まこと) 1988年福岡県福岡市生まれ。國學院大學文学部中退。2016年「縫わんばならん」で第48回新潮新人賞を受賞しデビュー、同作で第156回芥川賞候補に。2017年、第2作「四時過ぎの船」で第157回芥川賞候補、第31回三島由紀夫賞候補、2019年、第4作「ラッコの家」で第161回芥川賞候補。2020年、第5作「背高泡立草」で第162回芥川賞受賞。
Reviews
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噛み砕くほどに味が出そう
出だしから句読点の位置が気になり、芥川賞なのに大丈夫かな?と不安と共に読み進めました。 方言が、たまに違っているところはあっても、親族との会話など丁寧に描写できていてじんわり沁みわたってきます。 長崎弁が心地良く、忘れていた表現に「おおーっ!」と新鮮な驚きもあり感心しきりでした。 もっとも、方言が難解な読者もいるかなとは思いましたが。 時の流れがいきなり飛び、「え?読み飛ばした?」と後戻りしてもなにも説明がなく。 それでも、離島の草刈りから広がる戦後の混乱・捕鯨・難破船の救助などに盛り込まれた豊かな表現に釣り込まれてしまいます。 作者が何を言いたかったのか・・・読み解くうちに、妙なる調べが聴こえてくるかもしれません。
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読みごたえあり
意外に読みごたえあり。しかし結局何なんだという気もする。まぁ、人生はそんなもんだ。
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土地を保全するために、草たちは生えている。草刈りは、人間の都合。
農業って、雑草との戦いのようにも見える。そして、雑草も変化していく。この題名の『背高泡立草』は、実に強烈な雑草だ。アメリカからやってきた帰化植物である。耕作放棄地にいつの間にか王様のようにどっしりと生えている。栄養成分のあるところに生えやすい。アレロパシーという機能があり、嫌地を作る。私は、背高泡立草が、花粉症の犯人だと思っていたら、真犯人はブタクサだと知った。背高泡立草は、サポニンが含まれ、ポリフェノールも含まれて薬効がある。あれ、雑草ではなく有用植物かもしれないと最近思っている。福島県の双葉郡には、背高泡立草がいっぱい生えている。 本書は、家族で草を刈る話だ。長崎県平戸市的山大島にある実家の20年以上も前に打ち棄てられた納屋に雑草が生えるので、毎年雑草刈りが家族の行事だ。大村奈美は、母親の美穂から草刈りせんと、みっともないからと言われて駆り出される。奈美は「別に良いやん。草が生えたって。だって、綺麗にしたって、どうせ何もせんっちゃけん」というと、母親はみっともないを繰り返すだけ。 著者は、「家族や親族の小説は草を刈ることもそうなんですけど、目的や意味がよくわからない集まりが多いじゃないですか。でも、一見無意味に思えるその行為を続けることが、結果的に家族や親族を結びつけているんです」という。家族って、そういうものなのだ。 その雑草を刈り取る1日の中で、長崎の島の記憶に遡った話が挿入されている。遠く蝦夷まで行って帰ってきた鯨とりの話。釜山に向かう途中で難破し島の漁師に助けられた朝鮮人の話、カヌーで家出して島にたどり着いた中学生の話。その中学生は、ヘノコからきたというから、すごい話だ。時間が広がり、重層的な物語になるが、言葉がぎっしり詰まって急に読むことのペースが遅くなる。それを時間の厚みと言い、豊穣な世界と評されるが、どうも入り込めなくなる。時系列を変えた家族が目にした物語が、語り部の如く溢れ出す。 そして、刈り取った雑草が出てくる。蔓になっているカズラ、ドクダミ、イタドリ、ギシギシ、カネブ、スイバ、エビツル、ノバラ、アジサイ、アキグミ、スイセン、カタバミ、オオバコ、ナキリスゲ、ヒキヨモギ、セリ、ハマスゲ、カニツルソウ、ススキ、ハエドクソウ、トキワハゼ、カキドオシ、ヤブジラミ、メドクサ、ハギ、イラクサ、カヤツリクサ、ヤエムグラ、エノコログサが生えていた。 ふーむ、自然は多様で豊かだ。名前がわかれば、雑草という言葉も消えていく。まして、そういう草が生えていることは、土地を保全してくれていいことではないだろうか。まぁ。それを耕作放棄地という。人間の価値観で、雑草は刈り取られるのだね。
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モヤモヤしたまま終わりを迎えた
現代文学はあまり好きではないけれど、ちょっとは読んで置こうと思って、賞を取った作品を狙って買ってみました。 中心のストーリーは現代。そして恐らく合間合間に書かれる過去の話はこの家にまつわる人の話だと思うのですが・・・それが完結せずに、途中で終わって現代へ。また戻ったと思ったら別の人の過去の話に・・・ 過去の話は結実せず。そして現代の話は何のストーリーもない話。 結局何が伝わるのか、過去の話はどのような結果を迎えたのか。 モヤモヤしたまま終わりました。
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良く分からない
今回は作品の評価はできません
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人の動きをよく書けていて、ドップリ浸かれる良作。
「背高泡立草」読了した。 「芥川賞は必ず読む」ようになって数年、今回の受賞作も大変面白かった。けどちょっと難しかったので、整理してみようと思う。 以下、ネタバレ ●舞台:長崎県平戸の島 ●超絶ざっくりなあらすじ:主人公、大村奈美は、長崎の島にある母・美穂の実家の納屋に茫々に茂った草の草刈りへ、親戚らと出かける。 ●登場人物 家系図を書いてまとめるとよい。 ●主人公:大村奈美 この小説は視点が幾度も変わり、誰が主人公ということは決めなくても良い感じがするけど、未知のものを見ていくという構えで、奈美に視点を合わせると感情移入しやすいと思われる。「主人公」というと奈美で良いとして、「主役」というと、奈美の母である美穂ということになるかも。草刈りに行くという出来事の中心は、美穂であるから)。 ●構成 現在進行されているストーリーと、過去の挿話が交互に書かれている。 ★各章のタイトル ①「船着き場」 ②「雄飛熱」 ③「昼」 ④「芋粥」 ⑤「納屋」 ⑥「無口な帰郷者」 ⑦「夕方」 ⑧「カゴシマヘノコ」 ⑨「帰路」 奇数の章が現在進行される、草刈りに行く家族らのストーリーで、偶数の章は、吉川家にまつわるサブストーリー的な挿話になっている。 ★各章のなんとなくの内容 ①「船着き場」……草刈りに行く親戚メンバーが港にそろい、島に向けて船に乗る。奈美は、これから草刈りに行く美穂の実家の「吉川家」が、いつから「古か家」に住んでいたのかという疑問を親戚に尋ねる。 ②「雄飛熱」 「古か家」に戦前、吉川家の前に住んでいた家族の挿話となっている。農業をしていた男が、満州で成り上がることを夢見て、家族とともに島を出て行く。この男が住んでいた家が「古か家」で、そこに吉川家が引っ越してきた。奈美の祖父である智郎が10歳の子供として最後に登場する。満州が開国されて三年ということだから、この章は1935年ごろの話ということになる。 ③「昼」 島に到着した親戚家族ら一行は、敬子婆の家を訪ねる。そこで敬子婆から、吉川家の「古か家」のことについて話を聞く。「古か家」はもともと農家の家だったから土間が広かった。戦後、朝鮮に帰る人たちの船が難破した時、助けた人たちに土間で粥をふるまったことがある、という。 ④「芋粥」 この章は、戦後、日本から朝鮮半島へ帰ろうとした朝鮮人のストーリーになっている。彼の乗った釜山へ行くはずの船は転覆してしまう。漁師たちに助けられ、連れて行かれた家が、「古か家」であり、吉川十三郎(ヨシジュウ)や、おそらく当時十二、三歳という敬子婆が登場する。 朝鮮人の男は、釜山行きの船で彼を迎えた「あお白い首の男」に捨てられた幼い子供の親を演じることになってしまった。 ⑤「納屋」 哲雄、加代子、美穂らが先に納屋へ行き草刈りを始めた。奈美と知香は二人であとから納屋へ向かった。 (奈美が、「マッツー」の結婚式で韓国へ行った時の写真を知香に見せる。ここで登場する「テンション高くて変顔の人」は、何かの伏線かと思ったが、不明) 哲雄は納屋にあった網を見て、昔この辺りでは鯨の漁が行われていたことを話題にした。 ⑥「無口な帰郷者」 この章は、おそらく江戸時代、「刃刺し」という、鯨の漁の際に鯨にトドメを刺す仕事をしていた青年のストーリーとなっている。彼は北海の島の調査隊として選ばれ、半年間の仕事を終え、島に戻ってきた。 この章でいう「西国」は、近畿地方のことか?主人公の住む村の場所が平戸として、「北の海」に向かったはずなのに、進路は「西」だから、ここでいう「西」は、江戸時代、幕府があった江戸から見ての「西」つまり近畿地方、と考えると一応合点がいく。 ⑦「夕方」 納屋の草刈りが終わり、奈美は母の美穂と「新しい方の家」の掃除へ行った。掃除を終え、敬子婆の家へ戻った。敬子婆の家の隣の建物の土間に、カヌーがあった。 ⑧「カゴシマヘノコ」 家出を試みた中学二年生ストーリーになっている。彼は意味もわからず父から授けられたカヌーをつかって海へ出て、島へたどり着き、内山商店を訪れた。少年がMDウォークマンを持参していることから、2000年前後の物語、つまり現代から15年〜くらいは過去の物語であと思われる。 ⑨「帰路」 哲雄と加代子は、敬子婆と家に泊まり、美穂、奈美、知香は福岡へ帰っていく。帰りの車の中で、知香は、これから草刈りに行く、という夢を見る。奈美と知香の意識がダブるラストが秀逸。 他、感想 方言で、内容がわかりづらいところは、助詞の「の」を「が」に替えるだけでとても簡単になる。 どっぷり感情移入して楽しめる素晴らしい小説だった。
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しっかりとした構成と文章」
最近のストーリーブックのような文章は読む気もしないが、久しぶりにじっくり推敲された文章に触れた。 構成はやや難解だが、その分ジックリ読むことができた。
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比較的に安いがちょっと惜しい
あらすじにある草刈りと古い納屋から、草刈りという作業を通じて古い納屋や古い家などの過去が想起されたり、あるいは老人が知っていて教えてくれたり、それかまどろみの中で夢で見たり、というそういうのを期待していたのだが、かなり違っていた。パート別に区切られて、特に捕鯨の頭領が北海道に渡る話は面白いと感じられたものの、カヌーの件は哲夫の若い時ぐらいかなと思われたのだが、ルフィが出てきて、私は混沌として哲夫はひょっとすると未来人なのかと錯覚してしまった、緑の家の老人アキリーノと子供アキリーノみたいな感じで。 奈美の脳裏に草刈りの情景が最後に現れるが、こいつはサボっていたし、何か惜しい作品でした。