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猟銃・闘牛 (新潮文庫)

Akutagawa Prize

猟銃・闘牛 (新潮文庫)

Inoue Yasushi

Bullfighting is a novel by Yasushi Inoue. Set amid the upheaval after World War II, it follows a newspaper reporter pursuing a bullfighting event, and received the 22nd Akutagawa Prize.

postwar societyjournalismambition and solitude

Work Information

A novel about a newspaper reporter working to stage a bullfighting event.

Bullfighting places professional ambition beside private isolation through its central reporter. The current Shincho Bunko edition, Ryōjū: Tōgyū, also includes The Hunting Gun and Hira no Shakunage.

Book Information

Publisher
新潮社
Published
1950-12-04
Pages
240 pages
Language
日本語
Size
14.8 x 10.5 x 2 cm
ISBN-13
9784101063010
ISBN-10
410106301X
Price
693 JPY
Category
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

「小説の面白さを忘れようとしている我国で、それを久しぶりに思い出させるに足る」 ――大家・佐藤春夫に認められた処女作、および芥川賞受賞作を収録。井上文学の出発点。 ひとりの男の十三年間にわたる不倫の恋を、妻・愛人・愛人の娘の三通の手紙によって浮彫りにした恋愛心理小説『猟銃』。 社運を賭した闘牛大会の実現に奔走する中年の新聞記者の情熱と、その行動の裏側にひそむ孤独な心情を、敗戦直後の混乱した世相のなかに描く芥川賞受賞作の『闘牛』。 無名だった著者の名を一躍高からしめた初期の代表作2編の他『比良のシャクナゲ』を収録。 目次 猟銃 闘牛 比良のシャクナゲ 解説 河盛好蔵 本書「解説」より 彼の小説構成には美学的考案と新聞社的時代感覚とが大に役立っている。そこに彼の比較的高級な大衆文学性が醸成された。あっさり言えば井上の文学はよく考えられた職人の細工である。 ――佐藤春夫(小説家) 『猟銃』『闘牛』『比良のシャクナゲ』、そのいずれをとってみても、主人公の後姿はひどく寂しい。彼らはみな愛の砂漠のなかにいて、愛したい、愛されたいという強い祈願をもちながら、彼らの心のなかに棲む白い蛇が、愛情の十分な発露を妨げている。というよりも自己の情熱の性質を十分に見きわめることをしないで、常に現在の情熱の対象に自己の夢のみたされないことを嘆いている。 ――河盛好蔵(文芸評論家) 井上靖 (1907-1991) 旭川市生れ。京都大学文学部哲学科卒業後、毎日新聞社に入社。戦後になって多くの小説を手掛け、1949(昭和24)年「闘牛」で芥川賞を受賞。1951年に退社して以降は、次々と名作を産み出す。「天平の甍」での芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」での日本文学大賞(1969年)、「孔子」での野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章した。

Reviews

  • 芸術的にも通俗的にも書ける、井上靖の懐の深さに感服する

    中谷美紀の「オフ・ブロードウェイ奮闘記」で知って原作の「猟銃」を読んでみた。かなり芸術的で文学的な、そして実験的な小説であった。よくこれを芝居にしたなあと感じた。しかも芝居の企画は外国人である。このすこぶる日本的ともいえる小説が外国人にわかるのかと驚きだ。一方「闘牛」は打って変わって通俗的な題材で、面白さで言えば断然こちらである。ここまで猥雑で込み入った下世話な事柄に著者は詳しいのかと感心した。特に海千山千の駆け引きの描写がすごい。新聞記者だったのだから当然なのか。最後の「比良のシャクナゲ」は学問と生活の対比というか葛藤というか、老学者の独白である。色々な事があった人生にも関わらず学問に対する情熱だけは消えなかった。幸せとは何かなどとは考えずに生きてきた凄みが伝わる。いずれの作品も文体は端正である。芸術的にも通俗的にも書ける、井上靖の懐の深さと、物語の語り口の冷徹さに感服する。

  • 『和田誠 切抜帖』で取り上げられていたので読んでみた

    【私はふと、ああ、あの猟人(ひと)のように歩きたいと思うことがある。—ゆっくりと、静かに、冷たく】 昭和24年の「猟銃」は、 旧友が編集する"狩猟雑誌"慣れぬテーマで 寄稿したのをきっかけに 知己を得た相手からもたらされた 三通の手紙を巡る《恋愛心理劇》。 入れ子構造のストーリー展開が 執筆された年代を感じさせない鮮烈な印象を受けた。 もうひとつの表題作「闘牛」は1950年の芥川賞受賞作。 本書購入のきっかけも、同作が『和田誠 切抜帖』収録 "親父を語る"の中で取り上げられていたから。 戦後間もない大阪の街で"闘牛"を興行しよと奔走する人々の姿を 実話を基に描き出す。 クリヤする毎にいもずる式に現れる"問題点"に悪戦苦闘を繰り返す主人公。 フォーサイス『ジャッカルの日』の結末が 史実に照らせば一目瞭然なのと同じで、 主人公たちの思惑通りに進んでいたら 春夏の甲子園では"野球"でなく"闘牛"が競われていたであろう? と考えれば・・・。 それでもなおかつラストまで読むものを引っ張ってゆく 作品のイキオイが素晴らしい!

  • 井上の初期作品群

    3つの作品を収録。評価は以下の通りで平均すると星3つと凡庸な結果にはなるが、井上靖は割と好きな作家である。 『猟銃』 ★★★★☆ 三者が関わる愛のひとつの形式を冷めた目線で描いており、それゆえに読者に孤独を感じさせる構図になっている。タイトル通り、その孤独はどこか男性的である。 『闘牛』 ★★★☆☆ テンポの良い進行がルポルタージュ的である。ここでいう闘牛はスペインの動的な闘牛とは違い、牛同士が一対一でじっくりと戦う静的なものである。この静けさがどこか不気味だ。 『比良のシャクナゲ』 ★☆☆☆☆ 偏屈な老学級のひとり語りで、面白みもなければ共感も出来ない。これだけ偏屈だと、そりゃ孤独にもなるでしょうね・・・。

  • 舞台の原作とのことで読んでみたくなった

    海外で上演される舞台の原作ということらしいので購入してみました。好きな女優さんが出られるので現地に行って観劇もしたいところですが無理そうなので原作を読みます。上演のことを知り、原作を読みたいなと思ってからすぐに本を手にすることが出来て感謝です!

  • 今でも名作

    昔読んだ記憶はあったが、再読。 文章で個性を書き分けること、雰囲気を違えて読ませることにやはりいつ読んでも感動する。

  • (2024-89冊目)第22回(1949年下半期)芥川賞受賞作「闘牛」

    . 先日、女優の中谷美紀氏のエッセイ『 オフ・ブロードウェイ奮闘記 』(幻冬舎文庫)を手にしました。2023年にニューヨークでひとり3役の舞台劇を上演した際の回想録ですが、この時上演したのが井上靖原作の『猟銃』でした。中谷氏の書を機縁として、この新潮文庫にたどりついたというわけです。 ◇『猟銃』 :三杉穣介という男に宛てた、3人の女性の書簡からなる短編小説です。三杉の妻であり、夫の不倫に早くから気づいていたみどり。三杉の不倫相手で、みどりの従姉妹にあたる彩子。そして彩子の娘で、母の不倫につい先ごろ気づいたばかりの薔子。 井上靖がこの短編を発表したのは1949(昭和24)年です。時代は明確には示されませんが、大阪空襲を回想するくだりがありますし、3人の女が書を認(したた)めたのは、おそらく終戦からさほど時間が経っていないころ、まさしく昭和24年あたりと見て間違いないでしょう。 典型的な不倫譚であり、その意味ではいつの時代、どの土地でも起こり得る、ありふれた不義の恋の物語といえるでしょう。だからこそ、関係当事者たちが不帰の客となった末には、誰にも顧みられることのないストーリーと言えるかもしれません。事実、薔子はいみじくも次のように穣介に言葉を綴っています。 「私も知らない、親戚の誰も知らない。お隣の人も、お向かいの人も、どんな親しいお友達も絶対に知らない、又知ってはならないものでした。母さんが亡くなると、おじさまだけが知っていらっしゃる。そしてそのおじさまも亡くなって仕舞うと、もうこの地球上では、そうした愛情と言うものが存在していた事さえ、想像する人は誰一人いないのです。【中略】どうして陽の光も射さず、何処から何処へ流れて行くかも知られない、地中深くひそかに横たわっている、一筋の暗渠のような愛と言うものを想像できたでしょう」(20頁) しかし、この言葉のつぶてを読んでもなお、薔子が母と穣介の不倫劇を唾棄すべきこととまでは思っていない心が透けて見える気が私にはするのです。「一筋の暗渠のような愛」が世界の片隅に、祝福されることはないけれども、確かに存在したことを、どこかで認めている気がするのでした。 ◇『闘牛』 :昭和20年暮れ、大阪新夕刊の編輯局長・津上は、愛媛県W市の闘牛興行師・田代の提案に乗って、阪神球場で来春1月の闘牛大会開催を進めることになる。戦後復興期の市民に娯楽を提供しようという思いがあるのだが、巨額の金が動く興行の世界で、津上は右往左往を強いられることになる……。 W市というのは宇和島市でしょう。私は昭和の終焉から平成の黎明まで愛媛で暮らしたことがあり、その際、宇和島市の闘牛試合を目にしたことがあります。 そのW市からやってきた海千山千の興行師・田代、大阪で手広く複数の企業を経営する岡部、新興起業家の三浦といった一癖も二癖もある遣り手のプレイヤーが登場します。こうした人々に、一ジャーナリストに過ぎない津上は翻弄されていきます。ただ、癖のある企業人たちも、そして記者である津上も等しく、国破れて山河ありの故国で、ひとつの事業を成立させたいという強い欲求に突き動かされていることが見えてきます。それまで信じてきた価値観が崩れ去り、何もないところで新たに何かを立ち上げることの喜びが、登場人物たちを通してたくましく描かれます。 闘牛は金銭の賭けの対象というだけではなく、人々が人生を賭ける対象でもあるという小説です。 .

  • 孤独をよく描いている。

    井上靖の本です。新潮文庫です。 「猟銃」「闘牛」「比良のシャクナゲ」の三編の短編がおさめられています。 「猟銃」は、不倫の恋愛を描いた書簡の小説。「闘牛」は、闘牛大会に奔走する新聞社幹部の姿を描いた小説。「比良のシャクナゲ」は、老学者の毒づき独白体小説。 どれもが、シンプルで巧いのですが、ただ、いささかパンチはないですね。 おもしろいといえば面白いのでしょうし、文章もこなれています。 個人的には「闘牛」と「比良のシャクナゲ」がいいですね。 「比良のシャクナゲ」は、老学者の学問一筋の生き方と、家族の対立で、偏屈そうな学者の生態がよく描かれていると思います。でも、なんか、どこかしら、かわいそうなんですね。 「闘牛」も、かっけえ中年のエグゼクティブですが、どこかしら孤独があるんですよね。 「闘牛」は、最後、失敗するのですが、「もし、ここで、こちらに行っていたら…」という、「失敗しない分岐点」があって、主人公たちが、ことごとくそれを外していく、というところが、面白いですね。 井上靖さんって、どうしても好きになれないんだけど、京都大学出身なのね。 うーん、京大の作家かぁ……京大の作家って、あんまり好きになれないんだよね。なんでだろ。

  • 人間は変わらない?

    中学の教科書で「しろばんば」に、父の書棚から「蒼き狼」に触れた日から45年。著者のデビュー作を新鮮な気持ちで読みました。大人には大人の感情の複雑なもつれが、年少者には大人に対するやるせない思いが、いつの時代も変わらなくあるのだなぁと、人の心の様を見事な描いた作品に出会えて感動しています。

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