人間万事塞翁が丙午 (新潮文庫 草 267-4)
Hana marries young into Benkiku, a catering shop in Nihonbashi Horidomecho, Tokyo, and lives through the upheavals from wartime to the postwar years. Drawing on his own family background, Yukio Aoshima portrays the joys, sorrows, humor, and resilience of ordinary people in a downtown neighborhood.
Work Information
Set in a lively downtown catering shop, the novel follows Hana as she meets turbulent times with wit, nerve, and warmth.
Ningen Banji Saioga Hinoeuma is a downtown Tokyo novel centered on Hana, who marries into a catering shop in Nihonbashi. Through the family business, relatives, local society, war, and postwar disorder, it captures ordinary lives tossed by history while preserving a lively humor and a stubborn will to keep living.
Review Summaries
-
Many readers respond warmly to the spirit of people living in Showa-era downtown Tokyo and to the protagonist's vitality. Some also value the lightness of the narration and the vivid sense of everyday life beyond the author's public image as an entertainer.
-
Readers tend to find it accessible as a life story full of upheaval, with the atmosphere of the times conveyed through merchant-house life and family conflict. It is often read as a humane comedy that also carries the weight of war and postwar disorder.
Book Information
- Publisher
- 新潮社
- Published
- 1984-08-01
- Pages
- 301 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784101267043
- ISBN-10
- 4101267049
- Price
- 192 JPY
- Category
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
第85回(昭和56年度上半期) 直木賞受賞
Reviews
-
面白い!
一気に読みました! 知事の仕事はちょっと残念だったように思いますが、 この人は才能豊かな方だったのだと改めて感銘しました。
-
早く届きました
-
他にないテーマ
「弁菊」は同業の私の祖父が行き来していたそうです。 文中にも、ちょこっと登場していると思われる部分があります。 おしゃれなやんちゃであった一方、華道、書をもたしなんでいたそうです。 母たちから聞いていた、当時の日本橋時代の様子と重なる部分があり、 興味深く読みました。 祖母は無口でしたが、ハナみたいな感じだったのかなとか。 働き者で、めちゃくちゃな言い分の家族、仕方ないご縁を疎ましく思いながら みんなが自分の居場所を見つけ、戦中、戦後の時代に寄り合って生きていく人々が描かれています。 物語というより、当時の日常をそのままスケッチしたのだろうなと思うほど、 登場人物が生き生きしています。 じーんときたり、笑えたり。 主人公ハナが見てきた人生の悲哀、心の機微を綴った作品です。
-
才人の名作です
戦後の才人の一人、青島幸男が母親を主人公に、日本橋の弁当屋だった生家をモデルにした人情小説。十分直木賞に値する。
-
元東京都知事
東京都知事は、有名人が多い。 猪俣現知事も、作家であり、石原元知事も、作家。青島知事も、直木賞受賞作家であり、その受賞作品を、古本で購入して読んだ。 放送作家でもあり、細かい描写があり、これは、文化財的な作品であろう。 今度は、又、10年後に読んでみたい。
-
下町はジャズ・フィーリング。
青島さんは、これが初の小説であるとか。それで直木賞ですから本当に才能の有り余る人というのはいるもんなんですね。 語調になれるのに少し時間がかかりましたが、慣れてくるとはて、このリズムは・・・ジャズですね。 生家の弁当屋をモデルにして、太平洋戦争の前後の庶民生活が描かれています。その頃は自分の家も人の家も近所同士垣根がないような感じです。素性もよく知らないまま弁当屋で働いている人が、事あるたびに集まってきては宴会となり常に賑わっています。この人たちの掛け合いというのがジャズのようだ、と思いました。 青島さんと言えば、クレージーキャッツですけれども、やはりイメージが重なります。 青島さんのお母さんがモデルと言われています主人公のハナ。その夫が次郎で若旦那なんですが、この方のイメージがハナ肇さんを思わせるのですが、先入観が入りすぎているかもしれません。 終戦直後日本でジャズが受け入れられたのは案外下町の人たちの生活とリズムがあったのかもしれない、などと想像してしまいました。
-
青島幸男さんのこと
辻村深月さんの『ツナグ』を読んでいて、巻頭の『アイドルの心得』のモデルは、きっと飯島愛さんだなと思う。 もっと、面白くてよいはずなのに、すこし食い足りないのが残念だった。 90年代からのこの20数年間は、ハナ肇とクレージーキャッツやザ・ピーナッツなど、『シャボン玉』のメンバーが1人、また1人と消えていく時期だった。 犬塚弘さんやザ・ピーナッツの妹さんがお元気なのは、希望がある。『シャボン玉ホリデー』は、ボクの青春のかなりの部分を占めている。 青島幸男さんの初期と中期は意識して、追いかけていた。 『おとなの漫画』は、作、青島幸男のフリップを何度、見ただろう。 チミ、北海道に席が空いているけれど。。。と左遷を、におわすセリフは、今でも憶えている。 今なら、差別とかになるのでしょう。 『シャボン玉』では、谷啓さんが斜に構えて、『谷だ!』というと、青島さんがのけぞって『青島だぁ!』と繋いだ。 まあ、意味不明なのだが、ひたすら態度のでかさを競い合うギャグだ。 二人でムキになって、お互いのネクタイを切りあって、どんどん短くなっていくギャグも、何回か見た。 高校のころに、生徒会の幹事長の下部組織の広報にいたときに、当時、鷺宮にお住いの青島さんに取材する機会があったけれど、1年生で行けなかった。 川崎徹さんに似た3年生が、インタビューに行ったのではなかったかしらん。 川崎徹さん似と書いたけれど、とても洒脱な文章を書く先輩で、ひょっとしたら、ご本人かもしれない。 青島幸男作、脚本、演出、主演の『鐘』は、試写会で観た。 スポーツカーで海岸に行って、海に沈んでいる鐘を、丘の上の鐘楼にすえつけるシネマ・ベリテ風の前衛映画だった。 全編にモダンジャズが流れ、カミュの『シーシュポスの神話』の岩が鐘のようでもあり、『獄門島』の逆パターンのようでもあった。 まばゆいばかりの才能が溢れていた。 自分で主題歌を歌った『泣いてたまるか』はそこそこ面白かったが、『意地悪ばあさん』は最初だけで、飽きてしまった。 東宝映画の自作自演の『二人でひとり』は、中山千夏さんと食卓でチャンバラをするシーンだけがちょっと面白かったけれど、凡作だった。 また、直木賞を受賞した『人間万事塞翁が丙午』も、正直、面白くなかった。 だったら、映画『若い季節』のいかがわしい喫茶店のマスターや、赤塚不二夫さんのバカボンパパが『国会で青島幸男が決めたのだ』と、理不尽さを正当化するギャクが好きだった。 リアルタイムで見た佐藤総理に対して、『あなたは財界の男メカケだ』と噛みついたのは、短い質問時間なので、ちょっとだけだけど、よ~く言ったと思った。 ボクにとっては、彼は都知事でもなく、政治家でもなく、放送作家であり、作詞家であり、テレビタレントだった。 ただ、政治家になると、みなどこか、人相が悪くなるのに、彼の場合は、どこか飄々としていて、ぎらつかないのが好きだった。 『誠に遺憾に存じます』という歌を、新聞の夕刊で、大宅壮一氏が絶賛している記事を読んで、ああ、もう違うんだって思った。 『スーダラ節』の「わかっちゃいるけどやめられない」のすばらしさは、なかなか、理解できないでいた。 今の経済学では、現在割引価値とか、限定合理性とかいうのかもしれない。 わかっちゃいるけどやめられないの普遍性を理解したのは、還暦を過ぎてからだった。 数ある青島幸男さんの作詞のなかで一番好きなのは、『明日があるさ』かもしれない。 この詞には、青春の輝きがすべて凝縮されているみたいだ。ドキドキ感や、すこし懐かしく、適度に甘くて、せつない。 政治活動よりも、TBSラジオのDJ『青島・フーコの天下のジョッキー』のおバカな会話が楽しかった。お兄さんのフィアンセを略奪したのが、今の奥さんなのもこの番組で知った。なるほど、たしかに、奥様は美しい人だった。 ラジオでは、先日亡くなった野坂昭如さんの才気煥発、当意即妙、悪く言えばああいえばこういう頭の回転について、口ではとてもかなわないと言っていた。 都会的で大人の感じだった前田武彦さんは、永六輔さんには詞には、とてもかなわないと彼が泣いた話を、以前、していた。 そうかもしれない。 けれど、ボクにとって、青島幸男さんは永遠のアイドルだったんだなって、今なら言える。
-
清く、正しく、美しく、そしてたくましく
直木賞をとると公言してから執筆したという、青島幸男さんの小説デビュー作である。 戦時中の東京日本橋 仕出し弁当屋「弁菊」を舞台とした人情ものということになるだろうか。「弁菊」に21歳で嫁に入ったハナの清く、正しく、美しく、そしてたくましい人生がつづられていく。青島幸男さんの母上がモデルだそうで、そこはかとなくハナへの愛情や尊敬の念が溢れている。 丙午生まれの女性は、気性の激しさゆえに夫の命を縮めると言われているそうだが、どうしてどうして、ハナは、おとうちゃん(旦那さん)愛に満ち満ちた微笑ましい女性である。 物語は、最愛のおとうちゃんへ召集令状が届く場面から始まる。近所の人々が出征を祝うムードの中、不安で不安で押しつぶされそうになるハナ。おとうちゃんが、神戸で一旦足止めされているのを聞き、会いたくて、いてもたってもいられず家を飛び出してしまう。 二人の息子、舅、姑の面倒を見、商売をそつなくこなすしっかりもののハナが、おとうちゃんに対しては、子供のような真っ直ぐな気持ちを向けている。おとうちゃんと喧嘩をし、涙ぐみながら後ろをとぼとぼ歩くシーンは、ハナのいじらしくも切ない気持ちが表現されていてとても素敵である。 本作品は、連作短編の体裁で、ハナを中心に人々の交流を描いているわけだが、物のない時代であっても心はとても豊かだったのだなと思わせてくれる。辛い現実を受け入れつつ、おおらかに、前向きに生きていく。色々な問題も、持ち前の活力で乗り切っていくハナ。所詮、何が不幸で、何が幸福かわからない。人生ってそういうもの、つまり人間万事塞翁が馬ということだ。 本作品を読んでいると、ちょっぴり元気がもらえる。