水神(上)
Suijin is a historical novel set around the Chikugo River, portraying people who live with water and their longing for flood control. Across two volumes, it unfolds the threat of nature, village solidarity, and the struggle to protect life.
Work Information
The prayers of people who fear water and live by it move the current of history.
Suijin depicts people living between the blessings and disasters of a river, turning the long contest between nature and human beings into story. Ingenuity, sacrifice, and faith in protecting a village connect the history of water with human dignity.
Review Summaries
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The novel has the breadth of a saga, with rooted depictions of local life and the determination of people devoted to flood control giving it weight.
Book Information
- Publisher
- 新潮社
- Published
- 2009-08-28
- Pages
- 285 pages
- Language
- 日本語
- Size
- 19.7 x 13.9 x 2.3 cm
- ISBN-13
- 9784103314172
- ISBN-10
- 4103314176
- Price
- 2530 JPY
- Category
- 本/文学・評論
Amazon.co.jp: 水神(上) : 帚木 蓬生: 本
Reviews
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迅速に届き、きれいな状態な本でした。
迅速に届き、きれいな状態な本でした。
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いい状態でした
中身も綺麗で、とてもいい状態でした。 これからも中古で揃えてよんでいきます。
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Good
史実に忠実
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何か物足りないが読後感はさわやか。
史実を核にした物語だそうだが、 農民達が陳情して大工事 難工事にかかるにしてはかなりすんなり着工してしまうし(農民達のやぬにやまれぬ思いは伝わってくる) 、 貧農の村の庄屋達が何百両もの資金を用意できてしまう等ちょっと信じられない展開がある。 加えて下級奉行が 庄屋達を救うため切腹してしまうなど ほぼあり得ない話だが、 基本的に「いい人」ばかり出てくるので、 大人の童話を読んでいる感じ。切腹前の奉行の嘆願書は重要と思われるが いかんせん長すぎて だれてしまった。 しかし総じて読後感はすっきりさわやか。
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心血を注いだ灌漑事業に思わず引き込まれて
筑後川源流に住んでいる関係もあり、歴史・風土・地域性など興味を持って一気に読みました。 来年2014年(おそらく4月6日頃)は堤創建350年にあたり、うきは市長野水神社で盛大な記念祭が開催されます。 是非行ってみたいと思います。五庄屋さんの御子孫が毎年参列されます。 長年にわたり筑紫次郎(あばれ川)の治水事業がいかに大変であるか…。読後、大きな感動と余韻がありました。
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大きな感動が!!
目の前を流れる筑後川。その豊かな水の恩恵を受けられない村があった。畑には、一滴の水も 流れては来ない。ついに5人の庄屋が、全財産と己の命を懸けて立ち上がった! 川よりも高い場所にある村。そこでは、朝早くから暗くなるまで川から桶で水をくみ上げる 人間がいた。だが、どんなにがんばっても畑は潤わず、作物の育ちも悪かった。村の人びとの 生活は貧しいままだ。それでも、当時の人びとはその土地から離れることができないのだ。 運命を受け入れ、耐えるしかなかった。そんなあきらめの境地にいた人びとを救ったのは、 5人の庄屋だった。彼らは、全財産そして命までも懸けて、大工事を決行する。反対派の人たちを 説得できるのか?藩を動かすことができるのか?庄屋たちの運命は?緊迫した状況を感じながら 読み進めた。工事には、さまざまな困難が襲いかかった。そのひとつひとつを乗り越え、人びとは 悲願を形に変えていく。「信念」が何ものにも勝った瞬間、大きな感動に襲われた。読み応えが あり、心に強く残る作品だった。
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いいです。
今見ても広い広い筑後川に筑後平野。 水の苦労なんて、その立場にならないとわからないものですね。 書いてくださった先生に、感謝です。 大石堰も見にいきました。
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中村医師のアフガニスタンの灌漑事業とのつながり。江戸時代に筑後川の大石堰をつくったお話し。
江戸時代に筑後川の大石堰をつくったお話し。 帚木 蓬生著「水神」。 https://amzn.to/360hofu 郷土(若松)の誇り、九大の先輩である尊敬する故中村哲医師(火野葦平の親戚)の講演会が九大医学部主催で毎年開催されていて、2019年の聴講を楽しみにしていました。中村医師はアフガニスタンの灌漑事業で、この「水神」の物語の大石堰の近くの山田堰を実際に見学してその建造する手法を取り入れたということです。中村哲医師の著作の数々もおすすめですが、今回はその筑後川の大石堰を江戸時代に計画して、見事に完成させるまでの苦労の物語です。 僕は高校時代の後半の一年半、久留米市の旭町で過ごしていました。筑後川の土手を自転車で西鉄宮の陣駅まで行って、急行電車で筑紫丘高校のある大橋駅まで毎日通学していたのです。その宮の陣のちょっと上流に今回の物語の舞台である大石堰があるとのことで、高校生当時はそんなすごい堰があるとは知りませんでした。大石堰は、江戸時代に五人の庄屋によって作られたものですが、資金も自前(久留米藩は失敗を恐れて資金提供しなかった)、失敗したら全員死刑というとても考えられないものだったそうです。網に入れた石を沈めていく工法は、前記の中村医師のアフガニスタンでの灌漑事業に応用されています。これによって、肥沃な大地が生まれ、久留米有馬藩領の水田石高は増大したそうです。 久留米は昔から福岡では裕福な地域で、芸能文化や工業も発達して(チェッカーズや松田聖子の出身地としても知られていますし、月星やブリジストンの創業地としても知られています)いますが、それらも、元をたどるとこの大石堰での水田石高増大が影響しているのかもしれません。