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小津安二郎

Osaragi Jiro Award

小津安二郎

Hirayama Shukichi

A biographical study that traces the shadow of war hidden in the details of Ozu’s films. It brings together a requiem for a close friend and the quiet pain of postwar history.

Yasujirō Ozufilm historywar experiencebiographypostwar Japan

Work Information

Reading the shadow of war in the stillness of the screen.

A Shinchosha biography and the winner of the 50th Osaragi Jiro Prize. Starting from the emotions hidden in the details of works such as Late Spring, Early Summer, and Tokyo Story, it reconsiders Ozu as a war experiencer and gives existing Ozu criticism a new perspective.

Review Summaries

  • The book is valued for its strong perspective on Ozu as a war survivor, which renews established Ozu criticism. Through its reading of details, the relationship between postwar history and cinema comes into view.

Book Information

Publisher
新潮社
Published
2023-03-29
Pages
400 pages
Language
日本語
Size
19.1 x 13.2 x 2 cm
ISBN-13
9784103524724
ISBN-10
4103524723
Price
2970 JPY
Category
本/ノンフィクション/アート・エンターテイメント/芸能人評伝

第50回大佛次郎賞受賞! NHK・ETV特集「生誕120年・没後60年 小津安二郎は生きている」で紹介。 小津のキャメラが捉える原節子の向こうには、戦死した天才・山中貞雄監督の存在があった。 世界に誇る傑作群の謎を解き明かす決定的評伝! 「晩春」「麦秋」「東京物語」――世界に誇る傑作群には、盟友への鎮魂歌がいつも静かに流れていた。 鶏頭、麦畑、未亡人、粉雪、京都東山、龍安寺、そして壺……。 激動の戦後史の中で、名匠は画面のディテールに秘められた想いを託す。 生者と死者との間の「聖なる三角関係」が織り成す静寂の美の謎を解き明かす、決定的評伝!

Reviews

  • 細かい視点に限界なし

    小津安二郎監督関連の書籍で、既に分析したところもしてないところも、細かく掘り下げていくと、こんな本ができるのかと関心。

  • ある種『小津集成』の書!

    ・帯に「評伝」とあり、あとがきでは「小津と小津映画を昭和史の中に置いて見るという方法をとって」、「小津について書く」と明言。従って純然たる小津映画論展開の書ではないが、名作「東京物語」で笠智衆の演じた役名を、筆名にする程「のめり込んで」発見した数々に、徹底して拾い集めた素材を添えて論じる中には、小津映画を巡り繰り返されて来た諸論に対し、小津の慈しんだ『天才・山中貞夫映画監督へのオマージュ』視点で発見した、斬新な見方も混じっていて、単なる私論に留め難い納得感ある書になっている。 繰り返しや饒舌に過ぎる感じは多少残るが、4百頁近くにギッシリ詰まった記述からは、著者の熱い思いが伝わって来、見方に様々論が立つにしても、小津ファンには、ある種集成の書として、棚に添えたくなると読んだ。

  • 壺になった山中貞雄が原節子の背後に居るそうな(笑)

    おいおい、ホントかよ(笑)。「百萬両の壺」は確かに面白い映画だけど、小津は戦病死した愛しい親友を壺にして写したというのか?紙風船や葉鶏頭にも?こんなふうな著者の思い付きの数々を立証しようとさまざまな既存資料が引用されるが、鋭い指摘は無い。約400ページ。居酒屋で延々お年寄りのご高説を賜ってるような退屈さだ。私が読みたかったのは、「…ではないだろうか」ではなく、明確に「…なのだ」と言い切る本だ。屁のような仮説や妄想に用はない。

  • 丹念さが秀逸と化すシン小津安二郎論

    「小津安二郎と戦争」についてはある時期からいろいろな批評が書かれ、本になったが、遂に次のように語られることとなった。 《山中貞雄のように命を落とすことなく、無事に帰還できた小津は強運だった。以後、小津の映画は「戦争」を抜きにしてはありえなくなる。語り得ぬ「戦争」をいかに映画とするか。山内プロデューサーの言う「百年に一人」という映画監督、「百年に一人」という日本人に小津が成長するのには、「戦争」という巨大な協力者が介在していた。》 これは戦後の小津こそが小津であるという断言であろう(戦前の小津があってこそ戦後の小津があるとはいえ本書は主に戦後の小津作品を論の対象としている)。またこれは戦争が終わり、十年、二十年の歳月が経つなかで小津の評価が決定的なものではなかったことに関わる、というより小津の評価が決定的なものではなかったがゆえの、その後の評価(の集大成)である。 もちろん小津は、語り得ぬ「戦争」をいかに映画にすべきか、しゃちほこばって追い求めたわけではない。本書のなかで驚くのは、戦争で死んだ山中貞雄への「目配せ」への解読である。それはいたずらっぽくもあれば哀愁に満ちてもいるが、何より映画的な「目配せ」だった。映画が公開された当時、そうしたものが観るものに容易に伝わらなかったのは自然なことだった。 ところで著者は本書の最後のほうで《語り得ぬ「戦争」》についてだろうか、それを《「憐れな敗戦国」の「精神風景」》《その中に埋没させられた死者──山中貞雄や小津の戦友たち──への鎮魂の譜》といった言葉で要約しようとする。確かにそう言えるところはあるかもしれない。だがそう書いてしまうと、どこかしこりが残るところもある。少なくとも小津の戦後の映画の最上の部分は、そうした言葉を説明として拒んでいるような気がする。 それにしても残されたあらゆる資料を徹底的に渉猟した成果が本書にはある。 なかには辛辣な批判も引用される。脚本家水木洋子の『早春』評がそうだ。《ズベ公「キンギョ」の岸惠子は「実は古めかしい女」だ。池部との男女関係を追及するキンギョ吊るし上げ「査問」会は、「お家の不義を働いた腰元を満座の中ではずかしめるような時代くささ」も感じさせる。お好み焼屋で池部を誘惑する岸の、ビール瓶を取りのける「中年男のような段どり」は「若い娘としてはゴツイ」》と著者は水木の批評をまとめる。この「ゴツイ」がなんとも素晴らしい。

  • 小津の赤

    これまで小津といえば赤といわれてきたが、ここまで赤をふんだんに使った本が今まであっただろうか。 内容は言わずもがな、まず小津安二郎を想起させる本の佇まいに惹かれるのである。

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