名もなき孤児たちの墓
A short-story collection by Masaya Nakahara. Through doubt toward storytelling, emptiness, violent humor, and noise-like narration, it destabilizes the form of contemporary fiction. It also includes the Akutagawa Prize finalist “Tenmetsu……”.
Work Information
Like lights blinking without reaching anyone, it illuminates both fiction’s possibilities and its voids.
A representative short-story collection by Masaya Nakahara, first published by Shinchosha and later issued in Bunshun Bunko. Its abrasive voice and anti-narrative stance make it demanding but memorable.
Book Information
- Publisher
- 新潮社
- Published
- 2006-02-23
- Pages
- 256 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784104472024
- ISBN-10
- 4104472026
- Price
- 800 JPY
- Category
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
誰の欲望も満たすことのない小説を、僕は書きたい――。ふざけてるのか? 天才か? ムチャクチャな本音で、空洞化した現代に孤高の叫びをあげる鬼才の最新作品集!
Reviews
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やはり賛否両論。くだらなさがおもしろい?!
「賛否両論」。 このレビューでは、この言葉を「前向きな評価」として使用したい。 とはいうものの、この本はひどい。 読んだあとには、名も知らぬ酔っ払いの愚痴に付き合わされた気分が余韻として残るか、 もしくは、とても淡白な放心状態を体験できる。なにを言いたいのか、なにを書きたいのかなど、一切考えてはいけない本だと思えば、新しい読書が楽しめる。 この小説になにかを期待しようものなら、まったくの期待はずれに陥るだろうし、なんてくだらないたわごと と思うだろう。 ただ、これは付け足しておきたい。 現代美術のように、クソ面白くも無い発想をでっち上げたような「作品」ではない。 美術なんかより、まじめな代物だとおもう。 読んでよかったと思えた点は1点のみ! クソ面白くも無い小説を、クソ面白くも無いまま、発表している「清清しさ」に触れることが出来た点だ。 これはある意味で正直な試みであるし、あたらしい発表の形態である。こういう本はあっていい。 これで作家が務まるんだな、という新たな発見も得られた。 妄想や独り言をだらだらと文字にすれば小説と呼べるのだ!という宣言にもとれる。が、ふてぶてしい本だ。 つまらない話を永遠と聞かされる窮屈さは、防衛本能として身体におおむね2つの変化をもたらすと思う。 一つは「もうこの種には手を出さない」という拒絶の防御。 2つは、「もうすこし我慢すればおもしろさがわかるかも」という不安な期待。 2つ目に賭けたものの、やっぱりこれはくだらない本だと思えた。 くだらないのだけれど、明らかに妙で退屈な小説であったのだけれど、クチュクチュバーンの直腸出しよりだいぶマシ。 きっと作家自身のセンスの違いだろう。と感じた。 じゃ、この本は面白かったか?聞かれたら、正直ににこう答えたい。 「くやしいけれど、なんだかおもしろかった。でも、もう読みたくない」と。 この本を人に薦めてみたいのだが、「人への薦め方」が、まったく思いつかずに困っている。 好きか嫌いかなら、★は1つ。 ここでは「お奨め度」だから、2つだ。 作品としての評価なら、4つにしたい。
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現代の文豪
大傑作である。 現代の文豪といえば、 舞城王太郎の「世界は密室でできている。」と 金城一紀の「GO」と そして、中原昌也の「名もなき孤児たちの墓」であろう。 この作品は、 心の奥底に誠実さがあり、独身男性の気にすることを詳細に分析して書き記してある。 作者は小説を書くのが嫌いだというが、ここまで読者のことを気にかけて文章を書く人が、 小説を書くのが嫌いなわけがない。でも、本当に嫌いかもしれない。 この「名もなき孤児たちの墓」は大槻ケンヂの「グミチョコレートパイン」の上位互換作品である。 その系統の男性の悩みを隠すことなく描ききっている。
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祝!野間文芸新人賞受賞!!
おめでとうございます。この傑作短篇(プラス中篇)集『名もなき 孤児たちの墓』で野間文芸新人賞受賞です。収録されている中篇 「点滅…」はファンにとっては念願の芥川賞候補にもなりました。 惜しくも受賞できなかったのが残念ですが。 『あらゆる場所に花束が…』で三島由紀夫賞を受賞して以後、文 学賞受賞のニュースがなかったので淋しかったですが、この本の 野間文芸新人賞受賞ニュースには久々に興奮しました。ファンと して嬉しい限りです。 どんどん切れ味が鋭くなっていく中原さんの短篇たち。短篇集が 上梓され、読むたびにそれを感じていましたが、今回はもうホン トに素晴らしい。素晴らしいものに出会ったときは、素晴らしい としか言えません。もうブコウスキーを超えましたね。 と、異常なほどの絶賛ぶりですが、ホントに面白いんです、この 本。僕は出版社の回し者じゃないですよ?正直な感想なんです。 この本でベストは「彼女たちの事情など知ったことか」ですかね。 次点で「点滅…」かな。三位は「記憶道場」。その次くらいが、 「美容室ペッサ」と「血を吸う巨乳ロボット」でしょうか。 もちろん、その他の短篇の数々もめちゃくちゃ面白くて楽しいで す。 寝る前に読むと、変な夢を見られることうけあいですよ。
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文学のふるさと
中原昌也がこんな普通の単行本を出せるほど小説をためていたのに驚いた。お金の為とはいえもう書かない、書けないという悲痛な叫びを毎回自作に折り込む戦略?のせいか、たまに出される著作をみてほっとしてしまうのだ。 そして読んでまたほっとしてしまう。相変わらずだからだ。いったい何故こんな風に安心してしまうくらい「懐かしさ」をともなうのだろう。坂口安吾が「文学のふるさと」と呼ぶようなものと通じているような気もする。 『救いがない』ということが唯一の救いである。そんな精神に通じるように中原節は懐かしさをともなう。もちろん、女性に決して人気がでないようなフレーズが多く、犯罪者の本棚にあったらワイドショーで執拗に取り上げて、あたかもゲーム脳のときのように「したり顔で」解説されてしまうような本である。 けれどそんな意匠をまとえばこそ、本質をのぞこうとするのが読む側の心境なのであって、せいぜい自意識の鏡をそこへ見ただけのことなのに、まるで政治家が行う隠ぺい工作のように中原の作品へフタをしてしまうことこそ、ワイドショー的なのだ。 読む側はいつだってマイノリティーであり続け、世間はいつだってマジョリティー志向なのだし、この二重性を瞬時に乗り換えることが日常だからといって、あたかも見えないかのように思考停止する態度こそ、想像力のない社会を作り上げている張本人ではないか。
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ミソジニスト
「女を監禁して半身不随になるまで暴力を加える」という文章が見たくない人は、この本には向かない。評価の高いレビューを見て読んでみたけど、大失敗。星1つでも多すぎる。
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くだらない!
作中の主人公の一人称の短編集なので、その中で理不尽な怒りや行き場の無い憤りを感じたり、またその怒りをぶつけたりします、それも短絡的なやり方で。また話しの中に作者が顔を出します。その作者が言いたい事がただの泣き事にしか聞こえませんでした。こんなつまらないモノ(cobo注、作者中原の書く小説の事)を書いて生活費を稼ぐ事はくだらない事であるし、書いてある事もくだらない事だ、自分には才能も無いためにそういうモノ(表題作『名もなき孤児たちの墓』の名もなき孤児とはこの短編の作品の事)を意図的に書いてきたつもりだと。またそれでも何かを書くなら言葉を持たないモノの意志を代弁したり、この作品の意味を可能な限り軽くする事だと。 はたしてこの作者の言葉を信用してよいのだろうか? あるいはこの作者の声もまた作品の中の創作の作者なのか? とかいう事は私にとってどうでも良い。理解しない訳ではなくただ、どちらであったとしても クダラナイ戯言だ という点で一緒だと思う。作者の伝えたい事がただの(もちろん私にとって)泣き事であり、クダラナイ戯れ事である事は伝わったがそれ以上でもそれ以下でもない。それでも小説としての形をとる事もあっても良いが、私ならわざわざそういうモノをこれ以上は読みたいとは思えない。 私は正直にただクダラナイと感じました。
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…
異端と呼ばれる中原昌也ですが、実は、彼はいちばんオーソドックスに「文学」をやっている人じゃないか、と僕は思います。一般に誤解されているけれど、小説は基本的に感情移入して読むものじゃないし、波乱万丈の物語を楽しむものではありません。じゃあなんなの?と言われても、そんなことは誰にもわかりません。きっと(真っ当な)小説家もそれをずっと考え続けているのでしょう。 この作品は、1.絶対に感情移入できない。 2.話が意味わからん、てゆうか、ストーリーになってない。 と、「文学」の基本を忠実に守っているわけです。真っ当に文学やってる人が、世間の「文学」の定義がずれているせいで、異端と見られてしまうわけです。 よって、これぞまさに文学です。まあ、僕は中原昌也の本を最後まで読み通したことがないんですけど。(文章が嫌い! なんでこの人わざと下手くそっぽく書いてるんだ!?)
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面白い
まだ途中までしか読んでいませんが、これまでのところ一番楽しかったのは「彼女たちの事情など知ったことか」です。 「点滅…」は他のレビュアーの方によると「分析が容易」だそうで、それに釣られてこの短編を分析すると、志賀直哉の「暗夜行路」と同じ話だといえそうだと思います。 「暗夜行路」の主人公は、最後に近代日本に存在する「超越的なもの」との和解を果たしますが、「点滅…」では、個人と超越的なものは一瞬融合のようなことはするのですが、直後に融合は消滅します。 これが作者のたどり着いた回答、ではないと私は思いますが、そんな風にも読めるから注目されたのではないかと思いました。