タイムスリップ・コンビナート
タイムスリップ・コンビナート is a work by 笙野頼子. A book publication by 笙野, 頼子, 1956- is confirmed for 1994.9, presenting the author's concerns and narrative style from the period in which it was honored.
Work Information
タイムスリップ・コンビナート is the work by 笙野頼子 recognized by the award.
タイムスリップ・コンビナート offers a useful entry point into 笙野頼子's writing. Because a book publication is confirmed, it can be treated as an honored work available in book form.
Book Information
- Publisher
- 文藝春秋
- Published
- 1994-09-01
- Pages
- 157 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784163151205
- ISBN-10
- 4163151206
- Price
- 374 JPY
- Category
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
電話の主は「マグロ」か「スーパージェッター」か? 時間も空間もとめどなく歪み崩れていく「海芝浦」への旅はこうして始まった──
Reviews
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ナツメロを聞くように懐かしく読めで胸がジーンと熱くなる作品
1994年 (31年前) つまりバブル経済崩壊後の世相を反映した本作に、私は終始つよいノスタルジーを感じました。 あの当時、それこそ村上春樹や高橋源一郎などのポップ文学 (※1) の代表的な作家と年代的に近いにもかかわらず、あえて硬派のアヴァンポップ路線 (※2) を突き進んだ書き手として脚光を浴びた笙野頼子。 その彼女の記念碑的な傑作が「二百回忌」(1994年:三島由紀夫賞) と「タイムスリップ・コンビナート」(1994年:芥川賞) の二作でした。 (※1) シンプルかつ生な感覚をストレートに描いて当時の若者に支持された文学。逆に年輩の作家や評論家はその軽さに眉を顰めた。 (※2) ポップ文学の軽さ大衆性に加えて前衛的な文学の試みにも果敢に挑戦する作風。 あれから31年が経ち、時代も文学の風潮もずいぶん変わってしまったけれど、本作を読むと、タイムカプセルのように当時の時代や風潮がそっくりそのまま目の前に再現され、懐かしさで胸がいっぱいになります。 まるでナツメロを聞くように懐かしく読めて胸がジーンと熱くなる作品だと思います。 「下落合の向こう」は前衛的な短編。物語作家の対極に位置する〈物語の破壊者〉笙野頼子の面目躍如です。下落合へと向かう電車 (西部新宿線) のなかでの主人公の観察と妄想からなる。高校生の少女たちの騒ぐ様子が主人公の妄想をさらなる高みへと飛翔させる筆力がすばらしい。 「シビレル夢ノ水」これまた1990年代随一の前衛作家 笙野の力量が遺憾なく発揮されています。普通の物語小説が好きなかたにはちょっと付いて行けないかも知れませんが、実存 (主観や客観に分けてとらえる前の存在態様) に興味のあるかたには刺さる作風だと思います。飼い猫とそれに生息していた蚤が出てくるのだが、主人公の妄想によって蚤がしだいに大きくなり人間に似てきたり、そんな蚤に血を吸われすぎて主人公が貧血気味になったりで、貧血の朦朧とした意識のなかでいよいよ妄想に拍車がかかる。しかし、意外?にも本作の主要テーマは〈恋愛〉であるところがとても印象的。こんな妄想三昧の作風なのに、恋愛の本質のようなものが透けて見えてくるのだから不思議です。 1990年代、異才の名をほしいままにした笙野頼子ここにあり‼です。
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海芝浦への小旅行
『タイムスリップ・コンビナート』(笙野頼子)海芝浦への小旅行で、意識の流れるまま主人公の思い出を非時系列的に綴った作品。夢と現実が交錯する中、主人公の過去と現在が重なり、笙野版コラージュが出来上がる。
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海芝浦
JR鶴見駅はよく乗り降りするのですが、鶴見線に乗ったことはありません。海芝浦が気になり調べると、実在する駅とのこと。写真で見ると面白いようなちょっと怖いような駅。
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良い。
今も尚研究されている『タイムスリップ・コンビナート』だが、それについての対談が後書きに載っているのが嬉しい。内容も研究しがいがあるもので、文学研究者なら読んでおいて損はない作品であると思う。保存状態も良好。
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圧倒的に美しい文章
圧倒的に美しい文章。まるで音楽のようにそれは暗記すらしたくなる。 そして、自由自在に飛び回る発想。恋愛用マグロ、といった奇想天外な 概念を見事に調理してしまう、その手腕は見事というほかはない。 荒唐無稽なようでいて、その実完璧な予定調和による、微妙なバランスの 上に成り立っていることは最後の一文を見ても明らか。 しかし、これが保守的な人間には全く理解されない世界であろう、という のは容易に想像がつくのも事実。であるが、この文章を理解できる、という だけで、自らを選民と称したくなる。 いずれにせよ、これを理解できない感性の持ち主は哀れというほかはない。 それはひとつの宇宙的な体験を損なうことだから。
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自由、勝手きまま、芥川賞?(才能の発露を見抜くプロの目)
自由、勝手きまま、思いをぶつけているだけのような展開。 これで、芥川賞? 才能の発露を見抜くプロの目に感嘆です。
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イメージがわかる人にだけ感動的な小説なのかも
舞台は東京、夏の頃。主人公は著者自身かと思える、小説を書いてくらしている女性。知らない人から電話がかかってきて、JR鶴見線の終着駅、海芝浦に行くことになりました。ねぼけなまこの女性と電話をかけてきた人の話がずいぶんと続いたあとに、女性が重い腰を上げて外出します。女性が考えていることと、実際に移動している状況を示す建物や看板などがズラズラと出てきます。繰り返し出てくるのが映画「ブレードランナー」のイメージ、子どもの頃過ごした四日市、チョコレートの思い出。興味深いのが、沖縄会館での食料品の買い物。ひたすら名詞が並ぶ小説です。「下落合の向こう」は、黄色い西武電車で高田馬場に出ようとして乗った電車の中の話。「シビレル夢の水」は、半年ほど飼っていた迷い猫を元!の飼い主に引き渡しあと、猫が残していったノミが部屋に大繁殖して、ほっておいたら、進化までしてしまう話。どれも、イメージの元となる東京や電車などを知らないと、よくわからないので、わかる人にだけ感動的な小説なのかも。
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まったくわからん
論理的構造ではない文章を読み解くのがつらい。あとがき読んで、たしかにジェンダー論への訴求みたいなことは感じられたが、メッセージも何もよくわからなかった