知られざる魯山人
知られざる魯山人 is an award-winning work by Kazu Yamada. Published as a standalone book, it follows its characters' choices and the atmosphere surrounding them through the subject and voice recognized by the prize.
Work Information
知られざる魯山人 is a work by Kazu Yamada recognized by the 大宅壮一ノンフィクション賞.
知られざる魯山人 is an award-winning work by Kazu Yamada. Published as a standalone book, it follows its characters' choices and the atmosphere surrounding them through the subject and voice recognized by the prize. Its appeal lies in the way the title, the author's concerns, and the prize context lead readers into the work.
Review Summaries
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Available publication notes and descriptions suggest a clearly defined subject and a readable structure. The work's appeal lies in how easily readers can follow the shape of its characters and situations.
Book Information
- Publisher
- 文藝春秋
- Published
- 2007-10-11
- Pages
- 541 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784163695709
- ISBN-10
- 4163695702
- Price
- 1650 JPY
- Category
- 本/文学・評論
吹雪の中、その男はやってきた。消えた魯山人の数々の作品とその署名が、のちの大贋作事件をひきおこす。異色の評伝ここに登場
Reviews
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詳細で、丁寧な魯山人伝
数ある魯山人本の中でも極め付けの書籍だと思います。数々の文献と自らの知見、経験に基づき詳細に魯山人の人生を振り返っています。おそらく魯山人も亡くなった後にこれほどまで詳しく調べられるとはと思っていなかったでしょうか。 よってある程度魯山人のことをご存知の方には、ふむふむと思う部分が多々あるのですが、最初にこの本を読むのはおすすめしません。 魯山人は、いろいろな言われ方をされています。 今となっては垢が抜けて、孤高の芸術家ゆえの唯我独尊的な解釈で、ある種好意的にも捉えられています。ただ、本書を読むと、やはり使用人に対しては相当酷い人だったのだろうと思いますし、仲間に対しても酷い物言いだったし、所得税払ってなかったなんて、社会常識面でもかなり逸脱していたとそれぞれのエピソードをもとに思うところです。 しかしながらそれは藝術への拘りであり、裏を返すとそれを分からぬものへの侮蔑であったのだと。イサムノグチ、青山二郎は、数少ない魯山人が認めた人物だったのではと思います。凡人には分かり得ぬ高みの世界があるのかと。 でもそう言われると、ムッとしますよね。普通の人は。(笑) 後世の人には、物語が必要です。 よって魯山人、岡本太郎、ピカソ、ゴッホ、そんな破天荒な人の方が作品は残ると言うのも藝術の不思議なところです。
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人となりがよく分かる
これ一冊で魯山人を知る事ができます
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貴重な証言
初めて魯山人の作品を見た時強い衝撃を受けた。良い作品はどんな人の評価よりも作品自らが見るものを強く引きつける力を持つ。魯山人作品はその典型だろう。その影には美に対する貪欲とそこに到達するための膨大な努力があったということをこの本で知ることができた。 この本の著者は魯山人が陶の作品を制作していたリアルタイムに日常の食器の全てが魯山人の作品だったという希有な経験をした人だ。魯山人の作品を愛し,美しいものを愛するものにとって,それだけでも真に貴重な本だと思う。もちろん内容も充実しており、歴史に残る芸術家を知る上で欠かせない資料になると思う。
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気が重くなった
弟子が死後の在庫材料や途中作成品を魯山人の作としその関係者が無給の分の糧としたとか魯山人の出鱈目ぶりが起因とする逸話はなんか芸術家の実際の顔みた感じで冒頭からなんか重い 真ん中辺りに飛んだりしながら読んでる
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魯山人を知るのに最適な良書とは言い難い
魯山人という人間の生き様、美への追求そしてそれら全てが一つの動きとして表れる「善」への傾向。 現代を生きる我々読者一人一人がそれを見つめ何を思い、どう自らの在り方へと還元していけるのか。 そのためには魯山人という人間の本質が語られなくてはいけない。少なくともそれを知ろうと作者自身が奮闘し一字一字に表現することに 伝記作家の「責任」と言うものがあるのではなかろうか? 残念ながらこの本の著者はそれが出来ているとは言い難い。多くの点で魯山人と言う人間を見るにあたって瑣末な事柄に過ぎない物事に気をとられ 本当の意味で読者が魯山人と言う人間の在り方から「良い」ものを吸収し、理解し、自らへと還元していくことを促すような思考と追求を感じさせてはくれなかった。 他のレビュアーの方も仰っていますが単純に魯山人の「知識」を深めるための書物としてもその内容には信用度の点で少々疑問を感じる点も多いため手放しで勧めることは到底適いません。 また研究者たるもの何か他の書物に無い独自の知識探求を本を通し読者へと提供することは最低限あるべきことだと思いますが、この本に本当の意味で他の書物では読み取れない魯山人の 本質が垣間見れるのかと言えばそれも答えは否です。 白崎秀雄の「北大路魯山人」など魯山人の美の探求の芯である心のより深淵な本質を追求し考えることを読者に促す良書があるのにあえてこちらの本を薦める理由は殆ど無いと言わざるを得ない。 購入して損した、それが正直な感想でした。
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魯山人の歴史的な評価は まだまだであること。
魯山人という人の歴史的評価はいまだに定まっていないと思う。その事実だけで いかに魯山人が 巨大な人間だった事の証左であると思う。誤解を恐れずに言うが これは例えば田中角栄であるとか 正力松太郎などの事例に似ている気がする。 魯山人という人は他に類を見ない人だ。書、てん刻、絵画、陶器、料理、鑑定という極めて広い分野において 天才的な能力を発揮した人である。どれか一つの大家というものはいらっしゃるわけだが どれも大家という人は空前であり絶後である。しかも その人となりたるや「聖にして俗、静にして動、晴にして濁、正にして邪 制にして惰」とも言うべき 本当に二面性に満ちている。両義性という点では 山口昌男のトリックスターを思わせるものがあるがいずれにせよ 僕らの言葉の限界を超えた方だったのだろう。 魯山人を巡る本には 非常に毀誉褒貶が多いと思う。本書は 魯山人に対して 非常にフェアーに努めているという点で良心的なのだと思う。 もちろん 本書で描かれている魯山人が正しい姿であったかどうかは解らない。著者と魯山人との距離も微妙に近い点もある。 但し いくつかの魯山人の評伝を読んできた僕として 大変読後感は爽やかであったことは間違いない。 冒頭に戻ろう。魯山人の歴史的評価はまだまだこれからなのだと思う。本書は そんな将来に対する大きな一石を投じたのだと思う。本当に面白く読めたことも最後に言いたい。
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魯山人の人生がようやく明らかになる
コミック「美味しんぼ」の海原雄山のモデルが、高名な食通にして陶芸家の北大路魯山人であることはよく知られた話だ。初期の挿話に出てくる、海原雄山がパリのトゥール・ダルジャンで鴨肉をわざび醤油で食べる話は、魯山人がエッセイで自慢げに書いているエピソードからの引用なのである。 今回、購入した本の著者・山田和氏は、父親が魯山人に心酔しており、幼少時より魯山人の作品を使って食事をしていたという羨ましい環境で育っている。 第1章の「父と魯山人」に描き出される、突然父親のところに作品買い取りに現れる「男」の物語、そして「白木屋贋作騒動」の話は、魯山人の身近にいたもののみが知る逸話として凄みがある。魯山人は死してなお、その芸術至上主義の混沌の世界で周囲の人々を翻弄し続けたといえるのかもしれない。 少し前、地方の名家を訪れたとき、魯山人の紅志野の四方皿を見せてもらったことがある。 そっけないほどにあえて作為を排除したその作風は、料理を盛り付けたときにこそ一番の光彩を放つ。
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魯山人の天才と雅致が見えてこない
本書の作者は、白崎秀雄の「北大路魯山人」が魯山人を醜く描いたと非難する。白崎の同書は小説であって、評伝ではないとも。しかし、私にとっては、本書より白崎の「魯山人」のほうがはるかに面白かった。 小説か評伝かはともかく、白崎は魯山人の作品に鋭く切り込んだし、魯山人という複雑な人物を活写した。そこには、彼と彼の作品に対する深い関心や共感があったと思う。だから、私は白崎が魯山人を醜く描いたとは感じなかった。 一方、本書は魯山人の作品やエピソードの扱いがいかにも平板で、肝心の彼の天才が見えてこない。本当の魯山人は心優しく、立派な人間だったとする作者の主張、すなわち誤った魯山人像を正そうとする筆致が前に出過ぎたのかもしれない。その結果、労作にもかかわらず、冷静、詳細な評伝という読後感もなかった。 苦言をもうひとつ。本書の各章の見出しはいかにも安手。これでは魯山人の雅致も何もあったものではない。