水声
水声 is an award-recognized 小説 by 川上弘美. Public bibliographic records and award information frame it as a work concerned with personal choice, memory, and the pressure of its social or historical setting.
Work Information
水声 looks at the relationship between individual lives and their times through the shape of an award-winning work.
水声 by 川上弘美 is recorded as an award-recognized 小説. Bibliographic identifiers are recorded from a verified standalone book or collection. This entry summarizes the work through its relationships, memory, and sense of time using verifiable public information.
Review Summaries
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Readers tend to value the handling of the subject and the character work, while also treating it as a work that asks for patient attention to its quiet movement and weightier themes.
Book Information
- Publisher
- 文藝春秋
- Published
- 2014-09-30
- Pages
- 232 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784163901312
- ISBN-10
- 4163901310
- Price
- 1540 JPY
- Category
- 本/文学・評論
過去と現在の間に立ち現れる存在「都」と「陵」はきょうだいとして育った。だが、今のふたりの生活のこの甘美さ! 「ママ」は死に、人生の時間は過ぎるのであった。
Reviews
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読むべき、とは言えないけれど。。
やっぱり川上節。内容が姉弟間の恋愛でありながら、ささやかで、清々しく、後びかない独特の不思議な空気感。
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結果は望んだものでなかったけれど
二人が実はキョウダイじゃなければいいなと思いながら読みました こういう話は本来は好きじゃなくて… 好きだった作家の桜庭一樹の「私の男」を読んだ後の気持ちの悪さは、以降二度と彼女の本は読まなくなったくらい、正に、気持ちが悪かったのです、 が、この物語は 陵が同じで良かったと、ふたりが必要なひとを得られて良かったとさえ思ってしまいました それはやはり それまでに母親に丹念に描かれた故かもしれませんけれど 書き手によってこうも感覚が変わるものかと驚きました
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水声
川上弘美さんらしい内容でした。ちょっと不思議に静かな気持ちになります。
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静かな感動と不可思議な感情
うーん、これは川上弘美の底力を知らしめた素晴らしい小説だと思いました。これまでにも著者のいう「うそばなし」や数々の短編集も充分に楽しめる作品であることは間違いなかったのですが、ぼくは予てから名著『真鶴』のような長編を読みたいと思っていました。本著はそういう意味で待望の作品でしたが、やはり凄いと思いました。何ともいえない感動と同時に衝撃の余韻がますます広がってくる気がします。 最近になって「久しぶりにいい小説を読みたいな」と思いながら探していて偶然手にしたものでしたが本当に良かったです嬉しかったです。純文学の定義と云われても明解に答えられるものではないかもしれませんが、これは純文学の代名詞と云っていいのではないか、と思ったくらいです。 ここではママの死とその存在が周囲の人たちの関係性を純化し不思議な地平(物語)を生みだしているようで静かな感動と不可思議な感情の余韻を残しつづけています。つまり、純化することで物語の次元が移行する現象が成立している気がします。まさしく純文学の特徴のようでもあるし、いい小説の条件ではないか、ぼくはそう思います。 でも。一緒に眠るって、へんじゃないのかしら。わたしたち、きょうだいだし。言ってみたことも、ある。陵は、答えなかった。答えないことを、わたしはたぶん、期待していた。いや、答えられないということを、知っていた。知っていて、聞いた。(本文49p) 「ごめんなさい、もっと生きなくて」死ぬ前の日に、ママは言ったのだった。「どうやって生きるかは自分で決められるけど、どうやって死ぬかは、決められないみたい。ちょっと、くやしいわ」と(本文186p) サリン事件に居合わせた陵が感じた〝確かな手ざわり“とは何を意味するのだろう。ママの死をきっかけにして、昭和天皇の崩御、御巣鷹山の飛行機事故、キューリー夫人とチェルノブイリの放射線治療など死ぬことのエピソードが重層的に描かれています。 2013年の今、わたしは五十五歳、陵は五十四歳だ。じゅうぶんに年をとっているわけでもないし、かといって若いわけでもない。いったい自分を世界のどこの場所に置けばいいのか、わたしはいまだにわからない。わたしと陵は、以来ずっとわたしの部屋で寝ている。(略)昔、陵にこがれていた気持ちが、ゆっくりとよみがえる。(本文50p) 兄妹の父母という家族で育てられた姉弟の都と陵、やや特殊な設定ではあるけれど、きわめて自然な愛とも生への希求ともいえる傑出した作品ではないか、ぼくはそう思います。換言すれば、著者ならではの文体がそのことを可能にすることができたとも思うのです。何はともあれ、手にとってどうぞお読みください。
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よくわからんかった・・・
なぜこの本を手に取ったかというと、先日新聞の書評に出ていたからです。 読んでみて、なんと感想を書いてよいか分からない小説でした。 主人公のいまの年代と自分の年代が同じくらいで、主人公の二人が生きてきた時代を経験しているので、なんとなく懐かしさを感じる小説でもありました。 さらっと、かるく読めます。
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透きとおる、小説
透き通りつつある登場人物たちが、たゆたうように時の波を漂いながら。 睦みあう、姉と弟。亡くなってなお、人びとを魅了し続ける母。血のつながりのない、アルカイックスマイルの父。常識や倫理に囚われず、ただ、心のままに。でも傷つき傷癒しながら生きてゆく。 これはそういう小説。 彼らが透き通れば透き通るほど、ページのこちら側の自分自信も透き通ってゆく。その虚脱感とえもいわれぬ軽やかさ。 こういう小説は川上弘美でないと書けない。そして川上弘美はこんなところまで来たのだ、という道標になる作品。
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きょうだいの神話は現代に復活するか
物語の展開点1986年夏に姉の都(みやこ)は28歳、ただひとりの弟の陵(りょう)はひとつ違いの設定である。 物語が絵空事と取られないよう作者は設定に工夫を施す。まず時代設定。展開点以前、いわば物語りの前史はママが主人公である。戦災で実の母を失ったママは1986年に若くして亡くなる。昭和を生きたママの死の前後に配されるのは前年の御巣鷹山日航機墜落、同年のチェルノブイリ原発事故、三年半後の昭和の終焉である。物語が大きく展観するのは都と陵の姉弟が杉並区のふたりの生家に戻った1996年であるが陵はその前年のサリン地下鉄事件に出会っている。次は二世代にわたるきょうだい関係という人物設定。パパはふたりの血縁上の親でなく、ママの異母兄に設定されている(兄妹が他人には夫婦のように暮らすことが世間に知られずに済むだろうか)。そして都陵の姉弟が異父姉弟であった可能性も排除されない。そして重要な同名(ではなく読みが同じの)脇役「なほこ」(都の子供時代からの友人奈穂子と陵の一時恋人だった七帆子[2014.11.15 以下削除])は人物配置の対称性を保つしかけ。 最後に姉弟の名前都(みやこ)と陵(りょう)だけ発音が明示されるのは都城と丘陵の結びつきを表わすものだろう。 このようにしてきょうだいの神話が意匠を凝らして現代に復活する。作者の狙いが共感をもって読者に受け容れられるにはまだ時間がかかりそうだ。 [2014.11.15 補記] 前半部分にしかけが無数に施されている。 (10頁)英語を英語のように発音する (12頁)とうとう一緒に住みはじめたのね。 (15頁)わたしは聞きたいことがあったのだ。 (16頁)どうしてパパと暮らしていたの。 (19頁)一緒に住もう。
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「生=性」と「死」を考察した作品の様だが、二代に渡る兄妹・姉弟恋愛を題材にする必然性は皆無
私が読んだ新聞の書評では、2014年度No.1の文学作品の由である。しかし、そこまでの出来とは思えなかった。まず、主テーマが不明である。恐らくは、チェルノブイリの原発事故、地下鉄サリン事件及び「3.11」を受けて(特に、作中では「地下鉄サリン事件」が物語の転機になっている)、「死」について考察したものと思われる。「死」について考察する事は「生=性」について考察する事と同義である。これを、弟を愛する(兄弟愛ではない)ヒロインの視点から見た家族小説の体裁で描いたのが本作である。 ヒロインの子供の頃(1969年)から現在(2013年)に至るまでのエピソード・想いを時系列に捉われずに、たゆたう様に綴っているのだが、話題の中心は常にヒロインの「ママ(作中で必ずママと表記される)」である。ヒロインの意識としても、常に、「生前のママ」と「ママの死後」とが明確に区別されていて、本作が「死」を意識した作品である事が窺える。静かな筆致ながら、そこに不穏な気配を漂わせるという趣向は河野多恵子氏の作風を想わせる。しかしながら、二代に渡る兄妹・姉弟恋愛を題材にする必然性は最後まで感じなかった。 表題の「水声」は、どうやら性交中の愛液の音らしい(実は生臭い物語なのである)のだが、「死」(生)が本当にテーマだとしたら、「羊水」の意であってもおかしくはない。作者としては、「生=性」と「死」の問題に思い切って踏み込んだ積りかも知れないが、人物関係を初めとして、読者にとっては受け入れ難い設定が多く、手放しで褒めるのには程遠い作品だと思った。