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送り火

Akutagawa Prize

送り火

Hiroki Takahashi

Ayumu, a ninth-grade boy who moves from Tokyo to a mountain town in Tohoku, seems to fit into his small class but soon witnesses the domination and violence hidden among the boys. Behind the beauty of nature and local rites, this novella follows a group's feverish momentum toward an irreversible point.

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Work Information

In the silence of abundant nature, the boys' games turn into violence.

Winner of the 159th Akutagawa Prize. Through the eyes of a boy entering a small class, the novella gradually reveals rural customs, hierarchies among boys, and the pressure to join in violence. The contrast between precise descriptions of nature and escalating cruelty leaves a taut aftereffect.

Review Summaries

  • The structure, in which communal violence is exposed through a transfer student's eyes, and the unease woven into the natural descriptions leave a strong impression. The reading experience is heavy, but the work is valued for confronting the danger of remaining a mere observer.

Book Information

Publisher
文藝春秋
Published
2018-07-17
Pages
120 pages
Language
日本語
Size
13.5 x 1.6 x 19.5 cm
ISBN-13
9784163908731
ISBN-10
4163908730
Price
1100 JPY
Category
本/文学・評論

第159回芥川賞受賞作 春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。 新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。 クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてみんなのコーラを買ってくるのは稔の役割だ。転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。 夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。 「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」 しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業着の男だった。やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。 歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。 豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった 少年たちは、暴力の果てに何を見たのか―― 「圧倒的な文章力がある」「完成度の高い作品」と高く評価された中篇小説。

Reviews

  • 子供の暴力性と傍観者がテーマ?

    まず、文は静謐かつ重厚であり、どこか大江健三郎を彷彿とさせるところがある。 内容は常に暗く、次第に中学生の暴力性が暴かれていく。それは子供として、あって当たり前のものなのか、それとも異常なものなのか。作中で問われるが、断言しよう。ありふれていたとしても異常だ。 芥川龍之介賞を受賞しているとあり、高く評価されている。純文学を志すものなら読んでみる価値は十分にある。しかし、ただ純粋な娯楽として人に勧めるかと問われたら頷かないだろう。

  • 高橋弘希がいるなら、日本文学もまだまだ大丈夫。

    芥川賞を受賞した、高橋弘希さんの120ページ弱の中編小説。 デビュー作『指の骨』が印象に残っていたのでこの作品も読んだのですが、結論からいうと、震えました。 物語は、中学三年生の主人公・歩が、青森の山間の集落に引越し、そこで廃校寸前かつ同級生が12人しかいない中学に転入し、晃というクラスのリーダー格の少年と仲良くなるというもの。 晃を中心にした男子グループは田舎特有の暇を持て余し、とりあえず色々なことを〈花札〉で決める。しかもその花札というのが一般的なものと少し違っていて、蓮華の札などがあり、それを使って〈燕雀〉というトランプのブラックジャックによく似たゲームをする。 毎回負けるのは稔という、やや太り気味で半笑いの笑顔を絶やさない気弱な少年。歩は、燕雀をはじめて見たその日、花札の試合に負けた稔が皆を代表してサバイバルナイフを万引きするのに付き合わされる。 その後も〈回転盤〉というロシアンルーレット、自ら縄跳びのロープで頚を締め上げていき幻覚を見ようとする謎の遊びに自然と巻き込まれてゆき、ある日、カラオケに誘われて約束の場所に向かった歩は、卒業生の不良グループに出会う・・・。 以上がクライマックス直前までの粗筋ですが、とにかくこの小説はオチが凄かった。 というより、高橋さんは、読み手の予測を軽々と超えてくる。私はそこに言葉をなくしました。 この『送り火』は、あらかじめ読者の予想を先に予測して書かれたのか平気で想定を裏切ってくる。 (まるで計算ずくのミステリー小説のように!) 送り火というタイトルもラストシーンでその意味が分かりますし、読み返すときめ細やかなオチを暗示するモチーフが周到に隠されており、ここは丁寧に読み込まないと分からない部分だと思います。 (たとえば納屋から出てきた恵比寿と鬼の面の一対になったもの、バッタに硫酸をかけるシーンの焼け爛れるという表現、また縄跳びで頸部を絞めたときの赤黒いという顔色の描写・・・) 高橋さんはこの作品で、ありがちなオチを敢えて予測させながら、気づくと日常を逸脱した世界まで神隠しのように読み手を連れ去り、ラストは仏具のチャッパのこの世ならぬ金音が不気味に静かに響く。 ネタバレになりますが、主人公が目を覚ました場所はきっと、三途の川なのでしょう。 子供の成長物語、と思わせて無邪気な子供だからこそ持つ残酷さを浮き彫りにする正統派純文学、ではなくイジメの仕組みを暴く社会派小説・・・などと読者の安易な想像を巧みに翻弄し、行き着く先は炎の影燃ゆるまだ誰も見たことのないあの世の入口。 こんな神隠し的な小説、かつてあったでしょうか? 自分はこの『送り火』を読み終えた後、興奮がおさまらず、本当に呼吸が震えました。 同時に、形式主義というか似たような小説ばかり目立つ芥川賞に飽き飽きしていた自分に、また「芥川賞っていいな」と思わせてくれました。 ありきたりな表現かもしれませんが、小説を読み出したばかりの頃の、今は古典とされる過去の素晴らしい作品に出会ったばかりの頃の、あの世界の根底から揺れるような衝撃を再体験させてもらいました。 個人的な感想をまとめると、昨今の芥川賞や純文学に飽きてしまった人にむしろ激推しの、中編小説の魅力を余すことなく描ききった傑作だと思います。 ぜひ、切れ味鋭い鮮やかな文章ながらも決して語りすぎない『豊かな沈黙』を堪能してください。 とてもおもしろいですよ。

  • 子どもの残酷さ

    (ネタバレ注意) 日本人はふつう、子どもに対して寛大だ。「子供は本質的に邪悪である」とは考える人は少ないだろう。しかし、この小説は、子どもの残酷さをリアルに描いている。あまり日本人に受けないタイプの小説だと感じた。 子どもは残酷だ、と私は思う。虫を足や羽をちぎったりするのは、たいてい、大人ではなく子どもである。そういう子ども残酷さが、行き場をなくして(本作品に見られるように)スクールカーストの下位の者に向かった結果、とつぜん惨劇が起きることは、ありうると思う。もちろん、田舎でも都会でも、子どもは本質的には残酷だろうし、著者に田舎を差別する意図もないだろう。ただし、田舎の場合は、人の出入りが都会よりも少ない。そのため、暴力が閉鎖的になったり、連鎖したりしやすい気がする。だから私は、青森という舞台設定には必然性があると思う。 本作の主人公の少年は「アウトサイダー(部外者)」、つまり、この地方における「カースト制度」の外の存在である。終盤で主人公に向けられた敵意の原因としては、彼が傍観者であったことのほかにも、たんに彼が「部外者だったから」でもあった気がする(傍観していた子は、主人公のほかにもいたわけだし)。脳科学者によると、人の脳は「部外者」に対して(オキシトシンというホルモンのため)、無意識に敵意をもつようにできているのだそうだ。幸か不幸か、人間の仲間意識や敵意は、けっこう他愛もない理由で生じるものらしい。 ちなみに著者の文章はうまい。読んでいて、小説の場面のようすが五感で知覚できるかのようだった。とくに、いじめの場面は(いじめというより)ヤクザのリンチのようで緊張した。皮肉にも、著者の文章力の高さが物語のエグさを増幅しているため、不快な読後感が尾を引く。

  • 作り物の駄作、田舎への偏見や無知、差別

    この作品はラストの凄惨ないじめへの復讐劇を書いて人目を引くために、何のリアリティーのない主人公の中学生やその父や母、主人公を取り巻くクラスメート、なぜか突然おやつをくれるお婆さん、そして突然ラストに現れる田舎の愚連隊崩れたちが登場してきます。自然描写もただ事象をなぞっただけです。田舎やその暮らしを知らないのでは? 偏見や差別も感じます。父が商社員? もちろん、わたしは、浅学の徒ですが、又吉の火花といい、芥川賞はこんなものなのでしょうか? 久々芥川賞で感銘した今村夏子「むらさきのスカートの女」のような粘着性や、同じいじめを根底に扱った村上春樹の「沈黙」の静かな恐怖と人間の深さ、といった秀逸な短編には遥かに及ばない、作り物の臭気が漂っています。

  • 個人的には好きだけど

    いじめられる側の心情が良くでている作品。でも家族にはあまり薦められない。

  • 読み手を選ぶ内容(少しネタバレ?)

    芥川賞受賞作ということで購入しました。 一言で言うなら、読みにくい作品だと思いました。 そう思った要因は3つあります。まず1つが視点です。歩に寄った第三者視点だと思うのですが、感情移入がしづらかったです。中学生が使うとは思えない言葉や言い回しが多くあり、第三者が解説しているのに歩の感情を書いていたりするところが気持ち悪かったです。 2つ目が無駄に難しい漢字です。漢字で書くことで歩の知性豊かな様子を描きたかったのでしょうか。とにかく読みにくいし、読んでいる途中に言葉を調べたりすると、せっかくの書き込まれた文章で膨らんだイメージが途切れてしまうのが不快でした。これは自分自身の知識のなさもあるので精進します。 最後に3つ目が、この作品からメッセージ性のようなものを受け取れなかったことです。 作者が何を伝えたかったのか本当にわからなかったです。 以上が私にとって読みづらかった理由です。 最後の結末も『あ、、ここで終わるの??』と思わず声が出るくらいでしたし、意外性というより残念でした。この結末の後の展開を読者の解釈に任せても、そのまま絶命するか、もしくは助かって転校して今あの村はどうなっているのか知らない〜というやすい作品になるだけな気がします。だからこそ作者もあえて書かなかったのでしょうか。 読解力や知性がある人が読めばそうではないかもしれないので読んでもらった方が良いと思いますが、どうして芥川賞になったのかが不明なほどには、私の中に残るものはなかった作品でした。

  • 傍観者

    今時珍しく時系列で書かれ読みやすかったです。 死と傷つくことの記述は非常にうまいと思いましたが 、残念ながら私には理解できませんでした。 傍観者が最も罪深いという事でしょうか。 別の作品を読んでそれを確かめたいと思います。 追伸 その後著者の全単行本と掲載雑誌のエッセイとを読みましたが、 その内容にぶれはなく、後世に残る作家だと思いました。 マークトウェインが言うように深読みせずにとりあえず読んでみるのがいいと思います。

  • 一気に読めました

    最近、都会から田舎に越して、そこでの疎外感、苛めと言う重くて後味悪い作品を読んで同じ内容かと思ったのですが、大人と子供が主人公と違いもあるのか全然違うものに感じました。さすが芥川賞受賞作品、一気に読みました。 でも、少し後味悪かったけどね。 人間関係って難しい。そして、自分の立ち位置って大切だけど、そればっかり考えて生きてるとしっぺ返しってくるんだとこの歳で思い知らせれた。

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