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飛族

Tanizaki Junichiro Award

飛族

Murata Kiyoko

On Yojima, an island near the border with Korea, two elderly women in their later years refuse to leave. Against depopulation, memories of maritime loss, anxiety over foreign boats, and changing climate, the novel portrays the strength and solitude of living by the sea.

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Work Information

The two women who remain on the island continue choosing a life with the sea in a place slowly fading away.

Published by Bungeishunju, Hizoku follows elderly women left on an imaginary border island and depicts what it means for human life to cling to land and sea. Practical questions of whether to leave the island are layered with bodily memory as ama divers, mourning for the dead, and a visionary sense of becoming birds.

Review Summaries

  • The novel is praised for its narrative force and for turning the breath of sky, sea, and people into a large-scale story. While grounded in the reality of aging, its bird imagery leaves a sense of release.

Book Information

Publisher
文藝春秋
Published
2019-03-14
Pages
212 pages
Language
日本語
Size
13.8 x 1.9 x 19.5 cm
ISBN-13
9784163909899
ISBN-10
4163909893
Price
800 JPY
Category
本/文学・評論

朝鮮との国境近くの島でふたりの老女が暮らす。九二歳と八八歳。厳しい海辺暮らしとシンプルに生きようとする姿! 傑作長編小説。

Reviews

  • 海と空を近くに感じて

    老女が主人公の小説はあまりないと思う。肉体の老いに飲まれずに、地に足をつけ空に向かう自由を感じさせてくれる。過疎の島、海のすぐ向こうは違う国、そういう地域的なものが抱える問題も描かれている。どこに生きていても、死は必ず訪れるのだ。ただ、タイトルに惹かれて読んだ作品だったが、思いのほか引き込まれ、深く考えさせられた作品だった。

  • 期待を裏切らず

    村田喜代子の描く女性は皆、魅力的。 現代の島事情もしっかりと伝え、 老いとも真摯に向き合い、 女二人だけでの島での生活の描写は眩しいほどだった。

  • 普通に読める純文学作品

    無駄のなく読みやすい文章。展開や描写は淡々としながらも、自然とともに生きた女性二人の達観した死生観が感じられ、かつそれが説教くさくならずに表現されていて好感を持てた。さすがベテラン作家だと思った。ただ、稲葉真弓先生の『半島へ』と、どことなく重なる面があり、新鮮味がなかった。

  • 二人の老婆が養生島に暮らしている

    4月21日の毎日新聞書評には、村田喜代子「飛続」が取り上げられている。「村田喜代子は現代の語り部である。1977年のデビュー以来42年、少しも筆力は衰えない。それどころか、一作ごとに広がりと深みを増していく」と。 読み終えて、地図を広げて小説の舞台となったこの島々が東シナ海のどこにあるのか探してみたくなる。中国の密漁船がうろつく海域、激しい台風の進路に当たる島々。死ねば鳥になって飛んでいくという伝承を信じる人々が暮らした島。島の断崖の上で今でも鳥踊りを踊るふたりの老女。きっと、地図の上のこの一点として指し示すことができるはずだ。 かつて漁業で栄えた養生島に老女二人だけで暮らしている。イオさんは九十二歳。海女友達のソメ子さんも八十八歳。ソメ子さんがアワビやサザエを素潜り漁でとってきて、その間にイオさんは20cm級のアジを数匹釣り上げる。タブの木のおかげで潮風による塩害を免れる小さな畑ではエンドウやトマトの若苗が育っている。体が衰えていく二人ではあるが頑として島を離れない。イオさんは言う。「わしは島に突き刺さった、生きた棒杭じゃ」。二人の生活を心配して大分に住むイオの娘がやってきた。 桟橋のあたりに台風に耐えるしっかりとした空き家が残っていないか、と探しに出かけた三人を林の中に伸びた小道が誘う。まばゆい木漏れ日が緑のトンネルに射しこんでいる。カシの木のトンネルを抜けると頭の上には空があった、と作者は書いている。読者は、強烈な既視感におそわれる。光の環が射す緑のトンネル、その先には南の海がある。 大型の台風が島を襲う。ソメ子さんの家に避難した三人だが、「たちまち座っていた畳が、フゥッとため息をはいて四、五センチ浮き上がった」。 かつてはクエの漁場だった東シナ海にある島嶼群、いまでは中国の密漁船が船団をしたててやってくる。「希望や門出、あこがれを圧し潰した鉄の壁。倫理の通らない断絶した世界の不気味な圧迫感のようなものが沖に浮かんでいる」そうした遠景を水平線に見ながら二人の老婆が養生島に暮らしている。圧倒的な印象を残す作品である。

  • 海と島と鳥と人と。

    格好いい老婆を書かせたら、この人の右に出る作家は今いないんじゃないだろうか。 離島に住む二人の老婆は、腕利きの海女だった若い頃よりも、今の方が格好良く見えるから不思議だ。 虚実入り交じる世界だが、「実」の部分の取材が本当に見事で、それがまた本文ととけあっていて見事に消化されている。そして「虚」部分が、実に魅力的だ。 最後、二人は青い海と空にとけてしまうのではないかと、ページの先を想像してしまった。

  • 情景が想起される美しい描写

    海と魚と鳥は繋がっている。空はプカプカと海が吐き出す雲でいっぱいになる。 海と空に挟まれて孤島に暮らす老女。そこでは魚にも鳥にもなれる。海で死んだ人は 鳥になって帰ってくる。天空の楽園だろうか?

  • 老婆の在り方のひとつとして憧れる。

    美しい文章。 無駄のない描写。 著者、村田さんの作品は、私は好きだ。 老境に至った時、いかに生きていくか。 国境近くの島に暮らすということ。 いろいろと考えさせられた。

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