頼山陽 下
頼山陽 is an award-winning work by Noriko Minobe. Published as a standalone book, it follows its characters' choices and the atmosphere surrounding them through the subject and voice recognized by the prize.
Work Information
頼山陽 is a work by Noriko Minobe recognized by the 新田次郎文学賞.
頼山陽 is an award-winning work by Noriko Minobe. Published as a standalone book, it follows its characters' choices and the atmosphere surrounding them through the subject and voice recognized by the prize. Its appeal lies in the way the title, the author's concerns, and the prize context lead readers into the work.
Review Summaries
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Available publication notes and descriptions suggest a clearly defined subject and a readable structure. The work's appeal lies in how easily readers can follow the shape of its characters and situations.
Book Information
- Publisher
- 徳間書店
- Published
- 2007-10-01
- Pages
- 427 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784198624224
- ISBN-10
- 4198624224
- Price
- 2980 JPY
- Category
- 本/文学・評論
Amazon.co.jp: 頼山陽 下 : 見延 典子: 本
Reviews
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思想家 頼山陽
長い長い上中下巻。ようやく読了。そもそも頼山陽とは、っていうところで、 予備知識がないので、とてつもなく長く感じられる作品でした。 それでも、松平定信に日本外史を読ませて、その推薦をもらったところで、 人生最高潮。その評価、存在感ともに他を圧倒するものなった。そこに至る なんと25年。得意絶頂の頼山陽がまた憎らしい。 しかし、日本外史の出版に至るまでに、悲劇が襲う、その時が近づくのが 第二の盛り上がり。 田能村竹田、大塩平八郎など、日本史の教科書だと、それぞれ一行から 二行の内容に、これだけの行間があったのかと、驚いたのはとにかく自分の 知識不足、教養の無さなんでしょう。 しかしとにかく情報量が多すぎて、それこそなかなか整理がつきにくい。 また、どう見てもいい加減で、酒飲みで、強欲で、あまり個人的には好きに なれない人間が、歴史の判定をしたのかってことが最後まで疑問。 解説を読んで、現在と、維新から第二次世界大戦に至るまでの評価がかなり 異なること。それこそ終戦までは、日本を支配するまでの思想家であったことを この作品で知ることができた。 そして何よりも、解説の中でも言われていましたが、頬杖の身延と言われた 作者がご結婚されて、三人の子供の親となり、広島に住まわれている。そして、 頼山陽に出会ったという歴史を知ることができた。 収穫でした。 80点。日本外史にかけた25年と、頬杖からの二十五年に、同じく重みを感じ ました。頬杖の作者は立派に生きていました。感服です。 追伸; 最近、竜馬が行く、燃えよ剣など、昔読んだ作品を読み返しました。 昔は全然意識していなかったのですが、何とまあ、頼山陽の日本外史の出てくる こと出てくること。解説を読むまでほとんど意識することはなかったのですが、 私の想像以上に、歴史に影響を与えた思想家であったことを痛感しました。 その意味で、あんまり好きになれなかった頼山陽ですが、この作品の価値に 10点追加。90点。
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文庫版も誤植が直ってないかな。
p325「新陣」はおそらく「新陳」でしょう。 レビューは「上巻」に書きました。
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いい話ですよ
頼山陽については名前しか知らなかったが、彼の破天荒な生き方を丁寧に描いた作品を読み、とても親しみを持った。我が広島が誇る人間臭い著名人の一人だ。
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民の視点で書いたのに、幕府の目を気にするあまり、いつの間にか極端な勤皇史観になっていたのか?
昨今の異常な政治状況に鑑み、日本の排外主義の源流を探索してみようとして、本居宣長を経由して、この伝記小説に行き当たった。読んでみると、あまりの面白さに、あっという間に3冊を読み切ってしまった。ダンブラウンより面白いですね!しかし、主著である日本外史が、悪名高い皇国史観の聖典とされ、戦後は読む人もほぼ皆無の状況のようですね。これは明治政府等が歪曲して利用したのであって、日本外史は江戸時代にあっては、倒幕に突き進む原動力となった最重要の歴史書(精度はともかく)であることに変わりわないのである。この巻の後半において、同業者に「南朝説には無理がある」とやんわり批判され、過度に激昂する場面がありますが、これはおそらく自分でも気になっていたのでしょうね!民の視点で書いたのに、幕府の目を気にするあまり、いつの間にか極端な勤皇史観になっていたというとこでしょうか?