Art Encouragement Prize for Minister of Education, Culture, Sports, Science and Technology
若冲伝
Yasuhiro Sato's biography of Ito Jakuchu reinterprets the artist's life and work through his era, family background, Zen, gender, copying and sketching, and the making of Doshoku sai-e.
Work Information
It uses abundant illustrations to read Jakuchu's art and life from a fresh, up-to-date perspective.
A hardcover book published by Kawade Shobo Shinsha in 2019. A leading Jakuchu scholar presents the painter's full picture alongside many illustrations.
Book Information
- Publisher
- 河出書房新社
- Published
- 2019-02-15
- Pages
- 298 pages
- Language
- 日本語
- Size
- 13.6 x 2.8 x 19.4 cm
- ISBN-13
- 9784309256177
- ISBN-10
- 4309256171
- Price
- 2280 JPY
- Category
- 本/アート・建築・デザイン/絵画
濃密な花鳥画に代表される数多の名作はどのように生まれたのか。家族、禅、ジェンダー、時代……多角的視点でその背景を解き明かす。見えてきた画業と生涯とは。若冲研究の第一人者によって書き下ろされた、いま最も新しく最も詳しい評伝の決定版。カラー口絵、本文図版多数。 第1章 市場の画家 第2章 模写と写生――初期作品 第3章 「動植綵絵」――制作の経緯と表現の特色 第4章 黒の若冲――水墨画と版画、「綵絵」以後 第5章 物好きの晩年、そして没後
1955年、宮崎県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程(美術史学専攻)修了後、東京国立博物館学芸部、文化庁文化財保護部を経て、現在東京大学文学部教授(美術史学)。主な研究分野は江戸時代の絵画・版画の歴史。
Reviews
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伊藤若冲の生涯を丹念に追い、先行研究を丁寧に踏まえた素晴らしい評伝
東京大学文学部教授(美術史学)の佐藤康宏さんの40年以上にわたる若冲研究の集大成ともいえる評伝でしょう。卒業論文に若冲を選んだ筆者の強い思いが全編に感じられる見事な内容でした。 当方も美術愛好家の端くれとして、これまで多くの若冲研究の書と出会い、何回となく若冲の美術展を鑑賞してきました。 つい先日も、京都高島屋にて展覧会「没後220年 京都の若冲とゆかりの寺 -いのちの輝き-」を鑑賞してきたばかりです。本書に紹介される作品を間近に見直すことで、この書籍の表す意味合いをより学習できたと思っています。 辻惟雄氏、小林忠氏、狩野博幸氏など、伊藤若冲への先行研究(文献一覧は265p以下に所収)を丁寧に示しながら、持論を展開する流れが本書の至る所で確認でき、近年の数多の刊行物とは質の違いを示すものでした。名著誕生の瞬間に出会えた気分です。 良く知られているように、若冲は錦小路高倉東南角の青物問屋の主人でしたので、本書はそこからスタートしています。後に黄檗僧になるわけで(181p)、実に波乱万丈の生涯だと言っても過言ではないでしょう。1788年には天明の大火(210p)で家や作品まで焼失してしまうわけですから。 若冲の画風は一見して明画のようです。多くの絵師と同様、最初は狩野派の画法を模写して学んでおり(36p)、次に宋元画の模写(45p)に励みました。濃彩の花鳥画を題材にした画風は今でこそ大いに評価されていますが、戦前の日本画壇や美術史家から冷遇されてきました。江戸絵画自体の評価が低い時代が続きましたが、現代の目から見て、これだけの特異な画風を確立した絵師はほとんど類をみません。 第3章「『動植綵絵』―制作の経緯と表現の特色」の章は、実に読み応えのある研究でした。 元々相国寺に寄進された伊藤若冲の畢生の大作『動植綵絵』ですが、現在は宮内庁三の丸尚蔵館に収まっています。疲弊していた相国寺が宮内省に献上し1万円の下附金があり、これで寺地が戻ったそうです(261p)。若冲の思いとは別に、相国寺にとってはとてもありがたい寄進だったわけです。 『動植綵絵』を解説した章では、微細な部分まで精緻に描きこまれた魅力をできるだけ丁寧に分かり易く説明していました。口絵以外は、惜しむらくはすべてモノクロでの掲載です。自宅にある若冲の画集を横に置きながら、解説と共にその作品をつぶさに確認しました。写実的でありながら非現実的なモティーフがまた異能の画家の本領発揮と言えるでしょう。 彩色・裏彩色・裏打ちの技法については111p以降に説明がありました。やはり絵画を知るには技法の解明は必須です。 特に112ページに書かれている西洋の絵具、プルシアンブルーの使用に関して記述について「めだたない『群魚図』のルリハタにだけ用いるという割の合わないことをしただろうか、といった疑問は残る」と述べていました。今後の研究の深化が望まれるところです。 優れた研究書ですが、一般の読者を意識した平易な語り口が理解を助けてくれます。一級の啓蒙書だと言えるでしょう。良い本と出合いました。
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最も新しく詳しい若冲伝
この10年余の若冲人気の高まりとともに若冲の生涯や作品についての解説書、画集が多数出版された。その中で若冲の生涯についてもっともまとまっているのは「伊藤若冲」(至文堂1988年)、「伊藤若冲」(東京美術200年)の2点であり、作品については「伊藤若冲大全」(小学館2002年)であると思う。前者2冊の著者である佐藤氏が「現時点で最も新しく最も詳しい若冲の評伝」を「全体を俯瞰するための地図」として著したのが本書である。一読して、見事にその趣旨がまっとうされているのに感嘆した。 本書の構成は次のようになっている。第1章「市場の画家」で若冲の出自、出発点を述べた後、第2章「模倣と写生」で若冲の画業修行を描き、第3章「動植彩絵」で名作の誕生とその特徴を詳述し、第4章「黒の若冲」にて水墨画、版画への取り組みを見る。そして、第5章「物好きの晩年、そしてその後」で晩年の若冲を描いている。佐藤氏は、文献、史料に広く当たり、出典を示して若冲の足跡を詳細に述べている。同時に彼が生きた時代や京都の街の様子、若冲を取り巻く状況の変化を追い、画家の心中を推し量る。そこに急速に進んだ近年の若冲研究の成果が惜しみなく注がれている。佐藤氏の言う「過去を安易に自分の方に引きつけるばかりでなく、できるだけ向こう側の立場に立って、それぞれの時代と地域の現場で起こったことを見定めていく姿勢」が若冲の作品と心境を照らし出すことに成功している。 佐藤氏の自説がふんだんに紹介されている。興味深いと感じたのは以下の記述である。 ・「動植彩絵」には当時の京都がすでに失った自然があざやかに蘇り、雄々しく描かれた雄鶏には当時の商人の憧れが反映している。 ・「動植彩絵」は父の供養のために、「果琉涅槃図」は母の供養のために描かれた。 ・「鳥獣花木図」(プライス・コレクション)は別人の手になる模倣作である。 ・若冲は江戸美術の異端などではなく、むしろ中心人物であった。日本美術史上最も魅力的な画家と言っていい。 「あとがき」によると、佐藤氏は大学3年の時イタリア美術史を専攻しようとして偶然出会った一枚の若冲の絵に心奪われたという。奇跡の出会い以来40年、佐藤氏は若冲を追い続ける研究生活を送ってこられた。本書に若冲への思いが溢れているのも道理である。いつしか若冲を「日本美術史最高の画家」と考えるようになっていた私には、佐藤氏の達意の文章が心地よくて、時間を置かずに本書を再読したのである。すると若冲の姿がおぼろげながら目の前に立ち現れたように思えた。 佐藤先生の労作「若冲伝」の刊行に感謝したい。
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評伝的なことよりも、まずは若冲の「千年の謎解き」を
若冲研究者らが「若冲の思想」に目が開かれるようになるのは一体いつのことになるのだろうか。 現在は全くノータッチ状態のようだが、これでは例の「千年問題」もピクリとも進展することはないだろう。 しかしそれにしても若冲研究者らは、若冲が残した日本美術史「最高の謎」の一つ「千年の謎」を軽視し過ぎではないのか。「真の理解者を千年待つ」ということは、「自分は動植綵絵に思想性を込めた。よって自分の本質はここにある」と若冲自ら宣言したに等しいのにもかかわらず、そしてその言に従って絵をよく見てみれば、あちこちに謎解きの入口が見えてくるはずなのに、一体何故これほどまでに無頓着でいられるのだろう。 本書でもこのことについては「未来の研究に託す」などとは書いてあるが、先年出版された「伊藤若冲製動植綵絵研究」(赤須孝之著)という「美術には素人の医学者」によって書かれた本が、折角この問題に先鞭を付け、まだまだ不十分ながらも新しい研究の方向性の端緒だけは開いたかと思いきや、 その後に出されたこの本書では、それには全くの無関心。 当初は確かこの赤須氏の著書に対して複数の著名な江戸美術研究者らの絶賛評もあったはずなのだが、今はこうして後続の論説もなくほとんど話題にもなってないのはどうしたことなのだろうか。 ところで著者は動植綵絵が描かれた背景について、当時の京都の民衆の社会的不安とそこからの解放の希求があったとか、親の供養のためとか、性的な根拠だとか、さらには近代以降は社会が室町的な文化を称賛し過ぎて若冲らの軽視につながっただとかの穿ったようなことも色々と述べているが、そのように憶測逞しくするのは三の次四の次の順序が逆の話で、それらは最も肝心な「千年問題」が解明された後にでも改めて考察し直してみれば、簡単に当否の判断が付くことが多いのである。 例えば、長年著者を中心とした真贋論争騒ぎになっているらしい、例の3点の升目画も、こうした若冲の千年問題への理解を前提としなければ、中途半端な水掛け論にしかならないだろう。そしてそもそもあの升目がどこからのヒントなのかについては諸説あるとしても、若冲がそこからの発想の進展に込めたものは「思想」なのであり、驚くべきことに、その小さな四角の中の描法とその集合には、基本的に若冲が動植綵絵で追及したその「千年の謎」の答えと同じ思想が簡潔に集約されているのである。 つまり若冲は動植綵絵で、自らの思想の構造的絵画化を完成させた後に、何か全く別の絵画語法的発想法で同様のことを表現できないかと考えて描いたのが一連の升目画作品なのであり、よっておそらくその斬新なアイデアと完成度やアピール度の高さからしても「鳥獣花木図屏風」が若冲思想の集大成的作品なのだということ。 そしてこのようにその升目描きの思想的意図の理解を大前提とし、画中の「鳥獣の目の描写とその意義」だけでも、それが3作順にどう変遷して描かれているかを良く比較してみれば、すべてが若冲本人だけにしか描き得ないものであることの説明も付き、さすれば著者よりもT氏の直観的意見の方が理屈から見ても正しいだろうという判断も付くようになるのである。 またさらにはそれらのことから、若冲は江戸美術というよりも、むしろ室町文化の系譜に属する、特に雪舟直系の画家である事実までが明らかとなり、江戸美術史の根底からの見直しが迫られる可能性さえ出て来る。 従って著者が「本書は将来若冲を中心とした日本美術史が書かれるための1本のパスである」と言うのなら、積極的にこの「千年問題」に介入すべきではなかろうか。一見無味乾燥な室町文化が好みではないらしい著者にとっては、大変皮肉な結果と困難を伴うことになるとしても、将来それが解明された場合にのみ、縄文のカミから始まる、如拙・周文・雪舟・等伯・宗達らを経て若冲・蕭白に見事に受け継がれた日本絵画の精神主義表現の系譜を記述した、正真の日本美術史総論が可能となるということが、ほぼ間違いのない確実なことなのだからして。 そしてそのためにも上述の赤須氏の著作に対し、取りあえずは批判的にせよ考察を深めてみることが必要であろうと思うのだが・・。(繰り返すがこの書が、まだ全く不十分ながらも「千年問題」解決への入口に位置するということだけは強調しておく。) しかしそれにつけても若冲を何十年と研究してきて、他の研究者も同様だが、「若冲の思想」の存在に全く注視してこなかったというのは、余りにもあまりな話ではないか。文献資料を博捜する実証主義もよいが、そこに嵌まり込んだまま、そうした暗黙の奇妙な「無視」を皆で続けていたのでは、千年経ってもこの肝心の問題が解かれることはなく、若冲の謎は半永久的なものであり続けるであろう。 ついでにもし万一にもこのコメントを読む可能性のある若い世代の若冲ファンらがいたら一言しておきたいのだが、現在皆さんが「奇想」などといって盛り上がっているのは、画家のごく表面的な部分についてのことだけなのであるということ。 そして20~30年前からの社会の日本回帰ブームと軌を一にして生じてきた若冲人気と「コスプレブーム」などというのは、実は源を同じくする現象であり、「千年問題」を契機として、もし一歩若冲画の深奥に踏み込んでみれば、そうした「日本人とは何か?」といった日本文化論美術史論の究極的疑問に対する答えにも至り得る玄妙深淵な世界がそこに広がっていることに気付くことにもなる。 「千年待つ」とは、自らの絵に託したそうした思想の存在の真の理解者を待つという、若冲からの静かなるメッセージなのであり、若冲はただのボンボンでも、また意外に男気のある絵師というだけでもない、意外にも意外に「日本人の真相(深層)」を絵に表現し得た数少ない謎の人物だったのであって、また若冲画は「奇想」というほど奇妙なものではなく、ある意味日本人にとっては「正想」でもあるのだということも分かってくることになろう。