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幻詩狩り (創元SF文庫)

Nihon SF Grand Prize

幻詩狩り (創元SF文庫)

Chiaki Kawamata

幻詩狩り is a SF長編 by 川又千秋. It follows the pressures, memories, and relationships suggested by its subject, presenting the work in a compact literary form.

memoryfamilyhistorical momentselfhood

Work Information

幻詩狩り quietly brings out the texture of memory and its time.

幻詩狩り is a SF長編 by 川又千秋. Known as an award-winning work, it traces conflict and change beneath ordinary life through personal experience and the mood of its time.

Review Summaries

  • Readers respond to the way the subject is approached and to the measured prose. The work leaves room to think about its characters' choices and historical setting.

Book Information

Publisher
東京創元社
Published
2007-05-29
Pages
366 pages
Language
日本語
Size
10.6 x 1.5 x 15 cm
ISBN-13
9784488726010
ISBN-10
4488726011
Price
779 JPY
Category
本/文学・評論/SF・ホラー・ファンタジー

【日本SF大賞受賞】 1948年。戦後のパリで、シュルレアリスムの巨星アンドレ・ブルトンが再会を約した、名もない若き天才。彼の剏りだす詩は麻薬にも似て、人間を異界に導く途方もない力をそなえていた……。時を経て、その詩が昭和末期の日本で翻訳される。そして、ひとりまたひとりと、読む者たちは詩に冒されていく。言葉の持つ魔力を描いて読者を翻弄する、川又言語SFの粋。著者あとがき=川又千秋

Reviews

  • 川又SFの奇跡のような到達点

    世界を記述する言語ではなく、世界を創造し、変容させる言語である幻語。 幻詩は、言葉によって異界を絵として構築し、鏡を造りだし、時間をさえも閉じ込めてしまいます。 単なるメタファーではなく文字通りの言葉の魔術を持つ幻語として幻詩は書かれます。 「”夢の言葉”とは、無意識の中でのみ使用可能であるような言語以前の言葉、 象徴言語といったような意味であり、 ”言葉の夢”は、言語が、その固有の構造、結びつきによってだけ生みだせる反現実的世界を示します。」 (『夢の言葉・言葉の夢』川又千秋) 異界への鍵である<夢の言葉>の持つ性質を、川又は<反在性>と呼びます。 <反在性>とは、おそらくは、<ありえないもの>を<ある>とすること。 これは文学そのものの本質でもありますし、SFが何よりも得意とするところです。 作者が「あとがき」の中で書いているように、 『幻詩狩り』は、ありえざる幻詩の持つ<反在性>ゆえに普遍的な物語として私たちを楽しませてくれます。

  • もう少し文章が良かったら。。

    今回、「 日本SF短篇50 III: 日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジー 」を読んで、 他の川又作品も読みたくなったので、「 火星甲殻団 」「 異性人たち 」とともにkindleで読んでみた。 まず、kindleって本当にかってがいいなと思った。読みたいと思った作品をそのまま瞬時に購入して、 読めるのが嬉しい。 SFは読者数が少ないので、出版された時に、とりあえず購入しておかないと、後で読みたいと思っても、 絶版になっていて手にはいらないということがしばしばあり、大変不便だ。 そこで、今後、多くのSF作品をkindle本として出版して、現在の状況を改善してほしい。 あと、東京創元社の文庫本は、文字の大きさとその並べ方が好みでないので、行間と文字の大きさを、 自分好みに合わせられる事がありがたい。僅かなことだけど、読書の集中力と速度が全然変わります。 作品だが、他のレビュアーのコメントを見ると少し書きづらいのだが、評価は個人的には3.5点で切り上げて4点としたい。 1948年。戦後のパリで、シュルレアリスムの巨星アンドレ・ブルトンが再会を約束した、名もない若き天才。 彼の創りだす「詩」は、それを読んだ者が現実を捨てて精神世界の彼方へと去り、失踪または死亡するという麻薬のような力を秘めていた。 その詩が現代日本で復活したとき、ひとりまたひとりと、読む者たちは詩に冒されていく。。 近年の作品では「リング」や、それに類似したホラーと似たtextureも持っているし、「華氏451度」「1984」等の作品を彷彿とさせる部分もあり、 作品の後半部で。。。SFらしさが発揮させられたりもする。 ただ気になったのは、この作品の後半部分で、このような結論めいた展開が必要であったのかという点と、 作品を支える文章の質の点であった。 個人的には、前半が十分に面白い展開であったので、このまま結論は読者に預けても良かったのではないかと感じた。 また、文章も、もう少しドライで、ハードボイルド風の文章だったら良かったかなと感じた。 同時に、一部公開される「幻詩」だが、評論家の説明によれば、 当時のダダイズム等を十分に研究して作られているそうであるが、 個人的には、もう少しどうにかならなかったかなと感じた。 ただ、作品は非常にreadabilityの高い文章で書かれていて、引きこまれる展開をするので、 ほとんどの読者が、時の立つのを忘れて、2-3時間で読了できるだろう。 特にSF初心者には、こんな作品もSFなんだと、SFの”広さ”を感じることのできる良作だと思います。 1984年日本SF大賞作品で、「 SF本の雑誌 」のSFオールタイムベスト100にも選ばれている。

  • 目眩のする展開

    Pkディックや伊藤計劃好きにおススメ。シュルレアリスム関連好きも楽しめます。

  • フランス文学好きにはたまらない

    若い頃シュールレアリスムとかに夢中になり、ブルトンやらエリュアールやらルネ・ドーマルやら瀧口修造などに毒されていた私にとっては面白く読めましたが、そんな人達しらなぁ~い・・・という方にはちょっとしんどいかも知れません。

  • 面白かった

    この作品の名前はもちろん40年前から知っていたが読むのは初めてだった。アンドレ・ブルトンの周辺にいたフー・メイという詩人の詩が幻覚的効果を持つという話でなかなか面白い。翻訳しても効果があるというところが、インチキな言語相対論に陥っていなくていいと思った。もっとも最後に唐突に未来の火星が出てくるところは、なんであるのかよく分からない。中公文庫のは解説がよくないので今のこれは解説が変わっていたらいいなと思う。しかし三点にしたのは、読んだあと時間がたつと印象が薄れていったからだ。

  • おもしろかった

    全く知らなかったシュルレアリスムの世界を少し覗けたようなきがします。すごくおもしろかった!

  • 幻想的という言葉がよく当てはまります。

    退屈な描写も多くありますが、それを乗り越えるとSF好きにはたまらない世界が見えてきます。

  • 魔力。

    “麻薬的作品”……評論家のレトリックとしてなら、そんな言い方も可能だろう。しかし、一篇の散文詩が、現実に麻薬的効果を読む者に及ぼすなど……(馬鹿馬鹿しい!)……呪文じゃあるまいし……考えられないことだ。(p305) 作中で登場人物は上のように思う。もちろんその思いは間違っている。詩は十分に麻薬的効果を持つ。詩は明らかに呪文でもある。 なぜならば、言葉そのものが既に魔術であり呪文であるからだ。そうでなければどうして、文字が文字たり得るだろうか? それが文字であるということは、そこに意味があるということである。何かが単なる「黒い線の絡まり」とは見えず、「文字である」と判断される境目には何があるのか? その境界を誰も明確に語ることはできない。できないのだが、一方に「線の絡まり」でしかないものがあり、他方に「文字」がある。線の集まりが、意味性を担い得るということそのものが魔術である。線の集まりが、様々な情景を描き、状況を説明し、感情を引き起こすことが既にして呪文である。 『幻詩狩り』は、文字(及び言語)のそのような不可思議さを誇張したに過ぎないとも言える。「……に過ぎない」と言ったが、しかしその些末な飛躍こそが決定的なのだ。そして川又千秋はその飛躍を意識的に行なっている。そのことは「あとがき」に見える「言葉の反在性」という文句に読み取れるだろう。その「言葉の反在性」を、学術的な方向で展開するのではなく、シュルレアリスムと関係づけたところもまた、作者の鋭い感性の賜物だろう。SF大賞に相応しい傑作。再刊されたものの、それも既に入手難であるのが実に残念である。 なお、作中作である『異界』という詩は「魚だ。ドゥバド。その目玉を直角に切り裂け。断面の震え。破裂する水晶体は血にまみれて映し出す。ドゥバド。(p78)」のように始まるのだが、この意味不明の多義語「ドゥバド」が実のところ読んでいて妙に心地良い。しかもまたその向こうに、「ガビッシュが降っている。あたり一面ガビッシュだ、どこを見ても(p166)」などの文章が頻出するP.K.ディック『火星のタイムスリップ』が透かし見えもする。この視線が的外れでないことは、ディックもまた、これらの詩に取り込まれた一人であることを暗示する一文が『幻詩狩り』に登場することによって保証されるのである。 もしも川又千秋がこれを書かなかったならば、山田正紀あたりが書いていたに違いないのだが、彼ならばどのようにこの物語を構築しただろうか。それを見てみたい気もする。

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