転がる香港に苔は生えない
転がる香港に苔は生えない is a nonfiction by 星野 博美. It focuses on 返還前後の香港に暮らし、街の変化とそこで生きる人びとの息づかいを記録する。
Work Information
転がる香港に苔は生えない uses the world suggested by its title to bring people and their times into quiet focus.
転がる香港に苔は生えない is a nonfiction by 星野 博美. It focuses on 返還前後の香港に暮らし、街の変化とそこで生きる人びとの息づかいを記録する。 Its appeal as an award-winning work lies not only in its subject but also in the way it conveys the atmosphere of its time through people and events. As the narrative or argument unfolds, readers can trace the social background and changing values behind it.
Book Information
- Publisher
- ゆびさし
- Published
- 2000-04-01
- Pages
- 582 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784795832220
- ISBN-10
- 4795832226
- Price
- 714 JPY
- Category
- 本/ノンフィクション/歴史・地理・旅行記/紀行文・旅行記
第32回(2001年) 大宅壮一ノンフィクション賞受賞
Reviews
-
面白かったです。
結構面白くて一気読みしました! 気になる方は是非読んで見て欲しいです。
-
読め
細かい事は言わないから、少しでも香港に関心あれば絶対に読んでください。いいですか、絶対ですよ。
-
返還前夜の「生きる」香港がここにある
中国返還前後という歴史の節目に、著者自身が生活者として香港に身を置き、そこに生きる人々の息づかいまでを描き出したルポです。ドキュメンタリーというより、まるで私小説のような親密さがあり、エッセイのように軽やかでいて、随所に突き刺さるような観察眼が光ります。 大きな歴史の転換点という舞台設定があるにもかかわらず、本書の焦点はあくまで「人」にあります。飲食店の美少年に恋をする話や、白髪を染めて再出発する中年男性の物語など、一見他愛のないようなエピソードが、返還という巨大な政治イベントよりも深く、香港という都市の多面性を語ってくれます。 文章は非常に読みやすく、飾らない語り口でつづられているので、歴史や政治に詳しくなくても自然と引き込まれます。とくに、どこにも居場所を持てない人々の孤独や、社会の分断を超えて人がつながろうとする瞬間などには、胸がぎゅっと締めつけられました。 Kindle版で800円前後という価格ですが、この密度と体験の重さを考えると、非常に良心的な値段だと感じました。旅行ガイドでは絶対に触れられない香港の本音に触れられる、稀有な一冊だと思います。 香港に興味がある人はもちろん、都市に生きるとはどういうことか、境界を超えるとは何かを考えたいすべての人におすすめです。返還から20年以上経った今でも、本書がまったく色あせていないのが何よりの証拠かもしれません。
-
改めて感じるこの著作の凄さ。
初めて読んだのが8年まえ。中国に何かあると折々読み返してはきたのだが、今になってレヴューしようと思ったのは、カレン・チャン『わたしの香港』を読んで、改めて星野のこの香港の記録が、どれほど凄いものだったかに気づかされたからである。 その成り立ちが常にとどまることのない「動き」そのものにあって、基盤にはなることのない特異な都市であることの意味、それでもそこに生き続ける人々の、多様性と言うにはあまりにも過剰に格差があり分断された生活、人生。チャンは渦中に生きて、いわば「香港アイデンティティ」とでも呼ぶべきものを見つけ出していくのだが、星野は先駆けること二十年以上前に、チャンが生きる世界のありようを抉り出し描き出していたのである。この星野が描いた香港の補助線なくして香港の意味を理解することは難しい、と思えるほどに、星野の眼力はその深さも広さも徹底している。チャンを読んでつくづく実感した。 星野が見ていた香港は、おそらくもはや失われた。それゆえにこそ、星野のこの著作には、比類のない意味がある。この本は、香港を知る古典として読み継がれていくだろう。
-
天佑香港ーそれは群星の詩歌:阿彬は死んだ、そして今も「生きている」、彼らが守ろうとしたその精神のただ中に。
ちょうど今から一年前に、この書評をアマゾンに投稿しました。レビュー文の中にあったYoutubeのリンクが、レビュー規定に抵触してしまったそうで、一度このレビューが消えてしまいました。 数日前もう印刷されることのない本書の単行本版を、古本としてですが、購入することができました。「ひょとして、奇しくも7月1日に配達されるかも。」という予感が的中し、辞書ほどの厚さがある本書が手元にやってきた次第です。 あれからちょうど一年が経ちます。今日は2020年7月1日です。次から次へと目まぐるしく時勢が変化し続けた世界でした。香港の民主と自由の精神的支柱のひとりであったAnson Chanも、80歳の齢をもって、政治市民活動から引退すると発表がありました。とても残念なことです。でも少し落ち着いたら、自伝やご自身の思想を語る本を発刊してくださればと願います。 この1年間は、ずっと「台湾青年」を基軸に、台湾近現代史と政治運動の勉強に勤しんでおりました。台湾関係の本の中で、これぞと思うものをレビューして、台湾理解のきっかけになればと思っていたのですが、テーマが深遠かつ広大であるにくわえ、努力不足のため難航しています。 それはさておき、香港の未来について、個人的には楽観視しています。その理由は、この前、香港に半円型の美しい虹がかかったからです。同じ虹が、2020年1月15日の台北市にも出現しました。民進党の蔡英文候補が、総統直接選挙戦で、歴史的な圧倒的な勝利を収めたのち、台湾の民主・自由化を協力な指導力のもと達成実現した李登輝元総統の誕生日に、その虹は立ち現れたのです。その自然現象に「祝福」の言葉を感じます。 また日本と香港で、国際線の往来が復活したら、あの街を訪れてみたいと思います。今も一年前に抱いた気持ちには変わりはありません。 (以下文章の再掲載です。) 今日2019年7月1日は、香港の中国への返還から22年目の記念日です。 奇しくも、このようなタイミングで、星野博美の代表作中の代表作、「転がる香港に苔は生えない」のレビューができるとは。レビューとはいっても個人的な感想であり、あまり肩肘張らずに書いてみようと思います。 この本は本当に衝撃的でした。2011年、初めて香港を休暇で訪れて以来、あの都市がもつ魅力に惹きつけられ、香港にまつわる色々な本を乱読していた時期があります。その中で、ジュンク堂の店頭書籍検索システムで「香港」と入力するとヒットしたのが、本書「転がる香港に苔は生えない」でした。 著者は、1980年代、当時在籍していた国際基督教大学から、交換留学生として香港中文大学へ留学します。そして1996年から1998年にかけておよそ2年間、旧宗主国イギリスから中国への主権返還を目前に控えた時期に、香港へ移住し、その社会変容の推移をその目でつぶさに観察しようとします。 このような決して多くの人が経験できない体験を土台として、そして何より、一流の作家として著者が持つ知性、文筆力、共感力、そして情熱と若さをもって本書は書き上げられたのでした。 著者の母校ICUはご存知の通り、最難関私立大学の一角です。帰国子女も多い大学で、学内での外国語に対する水準は著しく高いものだと想像します。その中で英語圏に大学に分類される香港中文大学への留学枠を勝ち取ることは、学内平均レベルでは、おそらく無理だろうと思います。つまりICUから世界のどこかの提携海外大学で学ぶ機会が得られるのは、留学希望者層の中でも、成績上位者だけに許される特別なチャンスであるはずです。 香港中文大学への留学は、アメリカの一般的な州立大学入学に必要な英語力を、留学生に求めます。著者の場合は、英語での選考試験の合格水準を満たすだけではなく、おそらく大学1−2年生の間に、中国語の運用能力を一定以上高めていたことが、香港中文大学への学内交換留学枠獲得への決め手となったのではないでしょうか。つまり著者の外国語能力は、英語と中国語を併せて、ICUが上位層の学生に求める以上の水準を超えていたのです。 イギリス領香港では、支配層育成のために設立された英語での教育に重点を置く香港大学と比較して、香港中文大学の教育的注力は、「中文」=古典中国語による教育研究を目指すものであると聞いたことがあります。香港のエリート大学であるので、香港の選り抜きの学生ならば英語はできて当たり前の環境であったと思います。つまり日本人留学生として英語に加えて中国語ができるということは、香港中文大学の設立趣旨にぴったりと合うわけです。 そのように著者は、大学時代には香港社会の天空エリート階層に所属し、80年代の香港ゴールデンエイジの発展的な空気を吸収したのですが、1996年から1998年にかけての2度目の香港滞在は打って変わり、香港社会の底の底、最底辺の暮らしに身を染めます。同じ香港を舞台とするこの対極的な社会階層への所属を通して得られた知見をもとに本書は書かれており、それが本書を極めて特殊な魅力として長きにわたり根強く、読者の関心を引きつけてきた理由と言えるでしょう。 加えて著者の人間性のなかに、先進国のミドルクラス以上の安定した境遇に浸かることだけを潔しとはせず、苦しい環境の中でも運命の冷酷さを受け止め、懸命に暮らしを固めようとする人々の真摯な生活態度に寄り添おうとする姿勢が、本書では垣間見えます。 英語、普通語、広東語の言語的制約を自らの努力で超えて、そして社会階層の断絶も、深い人間性への理解により超えて、決して光が当てられことがなかった草の根のあり様をどっぷりその世界に浸かる中で、著者は克明に記録します。 私は本書を読んで、ますます中華圏への関心を強めてしまい、ついにはその後中国での就職というアドベンチャーに踏み切ってしまうのです。危険リスクの巣窟、中国。ズタズタボロボロになること必定の国、中国。「ここは出て行くところで入っていくところではない。」という風にすら思う時期もありました。まさに本書の中での唐楼(年季の入ったボロアパート)に関する記述の通りです。私にとって本書「転がる香港に苔は生えない」は個人的な運命・人生を左右する書でありました。 2019年6月、逃亡犯引き渡し条例改正案が立法府で採択されかけた時、一連の空前絶後の大規模市民デモが、200万人以上の参加者をもって繰り広げられました。 台湾で殺人を犯した香港市民を、台湾へ引き渡すための法整備を行いたいという主旨のもと進められたものでした。 アンソン・チャンは、「これまで香港政府は、台湾政府からのいかなる公的な提携・協力の申し出を無視してきた。それなのに突如として今回の条例改正の話が浮上してきた。そこには合理性は無い。」と話しています。(参考資料:Youtube 「The Pulse:Extradition & rendition laws amendment: discussion with Anson Chan」) アンソン・チャンは、現在79歳ですが、アメリカのペンス副大統領と面会するなど、ポスト中国を見越した、香港の西側への再組み込みを担う動きの先鋒にいます。イギリス統治時代の香港政庁の申し子が、老体に鞭打って戦っていらっしゃいます。現在の香港政府からは既に失われたPublic Servantのエートスを体現する人物です。香港の置かれる現状は悲劇そのものですが、絶望することはない、そこには希望がある、そう信じたい。 香港植民地時代最後の総督クリス・パッテンの興味深いインタビューがありました。「香港で尋ねられたもっとも狂った質問は、《なぜ香港にdemocracyの制度を根付かせなかったのですか?》という質問だった。」と。パッテン元総督は、そのための努力を少しでも行えばよかったと。(参考資料:You Tube 「Chris Patten: Should Britain have held a sovereignty referendum in Hong Kong?」) 最後に阿彬について。彼は香港の成り立ち、社会的矛盾を一身に受け、最後は肝臓癌で亡くなります。香港のひかりと影。苛烈な現実、一人の男が背負うには苦しすぎる負担。そのなかでも、彼は自らの生活を愛した。美しく整理され、上品にまとめられた自室のインテリア。音楽、読書を愛し情操を育んだ。聡明でけなげで、隣人にできる限り親切に接した。彼はなにより香港の自由を愛した。成功する可能性に賭けた。それが密航をしてまで香港を目指した理由。努力を尽くせば、幸せはつかめるかもしれない、そんな震える様な建設的精神を求めたのでした。本書では香港の中国返還と重ね合わせる様に、阿彬のエピソードが描かれています。もちろん泣きました。だから、私は信じたい。阿彬は死んだ、そして今も「生きている」、彼らが守ろうとしたその精神のただ中に。天佑香港—それは群星の詩歌。
-
これは香港への狂おしい恋
終わってくれるなと思いながら、一気に読みました。 一生を誓い合えるような相手ではない、一緒にいる未来も描けない、でも好きで仕方がない、限られた時間を共に過ごしたい、そんな狂おしい思いの対象が、香港だったのではないかと思っています。 この本の思いの欠片にでも触れてみたくて、鴨寮街に行きました。通りに立って街を見た時は感慨深かったです。
-
風雲急を告げる今こそ・・・
このレビューにおいても本書に批判的なコメントがいくつかありますが、私自身、著者の「無責任な野次馬根性」「上から目線」を全く感じなかった、と言えば嘘になってしまいます。 人民解放軍香港入城を、どしゃぶりの中、見に行ったとのことですが、あえて例えると「マッカーサーの赴任を中国人が見物に来た」というイメージで、そんなことが実際あったなら日本人なら反発したでしょう。 香港についても、「この場所しか生きる場所がなかったら、私は気が狂っていただろう」との記述がありますが、これを読めば香港の人々はどう反応するでしょうか。 著者は、香港で出会った人たちの住所をほとんど知らないそうです。 「教えてくれと再三頼んだにもかかわらず、「香港は狭いから電話で充分だ」という理由でほとんどの人が教えてくれなかった」とのことです。 香港という土地柄にそうした傾向が強いにせよ、2年間という長期の滞在期間を考えれば、なんとも不自然といえるでしょう。 著者は現地の人には信頼されていなかったのではないか、という疑念を抱かざるを得ません。 彼らは、ともすれば胡散臭いとも言える著者の「スタンス」「視線」を敏感に感じ取って、距離を置いた付き合いを選択したのではないでしょうか。 この本の核となっている多くの人との会話にしても、彼らが真実・本音を語っていないとすれば、これはただの虚構のルポに過ぎません。 この点は検証の仕様がないのですが、そうした危険性を孕んだ書であることは、意識しておくべきだと思いました。 もっとも、本の内容自体は、ぶっちぎりの面白さです。 「中国人とはなにか」、その本質に迫ることができるのは、この本に書かれている様々なエピソードであるかもしれません。 尖閣問題を機に、否が応でも対中関係に関心を持たざるを得ない昨今ですが、今こそ読まれるべき本としてお勧めしたいです。
-
返還時期のリアルな香港
著者が1997年の返還前後の香港に2年滞在して、そこで出会った人、友人などから取材した内容をまとめた本。 香港にはどんな人が暮らしているのか、どうやって香港にやってきたのか、今後どこへ行くのか。 香港の人の価値観が私たち日本人とどのように違うのか。 そして著者が香港とそこに生きる人たちを心から好き、というのがよくわかる一冊。 私の香港のイメージはジャッキー=チェンに代表される映画で形成されてました。 この本に登場する著者の友達や、知り合った人達のの家族の歴史は本当に一人一人映画の主人公のような激動の人生を送ってきたことがよくわかります。