牛頭天王と蘇民将来伝説――消された異神たち
This critical study follows beliefs and legends surrounding Gozu Tenno and Somin Shorai, rereading the image of deities pushed out of official memory. It digs into the crossing point of folklore, religion, and history through extensive evidence and interpretation.
Work Information
牛頭天王と蘇民将来伝説 is an award-recognized 評論 by 川村湊.
This critical study follows beliefs and legends surrounding Gozu Tenno and Somin Shorai, rereading the image of deities pushed out of official memory. It digs into the crossing point of folklore, religion, and history through extensive evidence and interpretation. As an award-recognized work, it shows the writer's concerns and characteristic mode of expression.
Review Summaries
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Responses tend to focus on the way the subject is handled and on the texture of the prose. Reactions vary with the form, but the award record shows that the work left a strong impression.
Book Information
- Publisher
- 作品社
- Published
- 2007-08-28
- Pages
- 404 pages
- Language
- 日本語
- ISBN-13
- 9784861821448
- ISBN-10
- 4861821444
- Price
- 884 JPY
- Category
- 本/人文・思想/文化人類学・民俗学/文化人類学一般
最古の神の由来と特性。 各地に残る「蘇民将来子孫」の伝説。「備後風土記」にも描かれ、千数百年にわたって民衆に支持されてきたこの神々とは一体どういう神か。土着的でありながら記紀神話とは異質の蕃神性を伴う神格の由来を辿り、日本人の魂の源泉を探る渾身の書き下ろし。
川村湊(かわむら・みなと)1951年北海道生まれ。法政大学法学部政治学科卒業。韓国・東亜大学助教授を経て、現在、法政大学国際文化学部教授。文芸評論家。1980年、「異様なるものをめぐって──徒然草論」で群像新人文学賞受賞。1995年、『南洋・樺太の日本文学』で平林たい子文学賞受賞。2004年『補陀落――観音信仰への旅』(作品社)で伊藤整文学賞。
Reviews
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日本人は決して無宗教じゃない。
あまりに神が多すぎて存在があいまいになってしまうだけ
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きちんとしてます
民俗学のこういった本はともすれば作者の自分語りや思想を混ぜたラップみたいなものになりがちですが論証にたる部分は論証し、証拠が足りない部分についてはそれをきちんと示す、という当たり前でいて当たり前でないことがされています、良本
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楽しめました。
史跡散策などをしていると、牛頭天王、蘇民将来、素戔嗚などの話がちらちら出てくるのだが、よく理解していなかったのでこの本を買った。とくに牛頭天王に関しては、何か、後ろめたいものを感じさせる、「陰」のようなものを直観していたので、この本は役立った。その辺の薄っぺらな歴史紀行とは異なり読みでがある。読みでがあるぶん、ていねいに読み進んでいくと著者ともに訪ね歩いているような、得した気分になる。 読むに際しては、牛頭天王、蘇民将来、巨旦、頗梨采女、八王子の五者の相関関係をあらかじめ頭の中で整理しておいたほうがいいだろう。あとは著者の探求の旅に同行するだけ。いい本だと思います。
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牛頭天王の滅亡と復活を描く大作
「牛頭天王伝説」と言えば、私は永らく「牛頭天王が宿を求めたのに対し、裕福だが強欲な巨丹将来は断り、貧しいが心優しい蘇民将来は手厚くもてなした為、後日、巨丹将来は滅ぼされ、蘇民将来は未来永劫栄えた」…そんな「教訓的」な神話だとばかり思っていた。 だが、本書を読んで、その知識の浅さを恥じてしまった次第である。 いや、粗筋そのものは決して間違っていた訳ではない。 然しながら、この神話は「何処にでもありがちな話」として簡単に片付けられるものではなく、内容に隠された意義も、歴史の中での変容も、想像を絶する程に奥が深いのだ。 そして、その全てを解き明かしてくれるのが本書であり、牛頭天王と蘇民将来との壮大な旅路を辿る大作であった。 本書は先ず、まだ「牛頭天王」「蘇民将来」という固有名詞が登場しないままに形成された神話の起源にまで遡る。 そして、徐々に神話が形作られ、確立され、終には様々なヴァージョンが誕生するに至るまで、実に丁寧な追跡を行なっているのだ。 時折、著者自身が実地調査をした結果を踏まえながら解説している所は実に楽しく、備後、京都、伊勢、津島、近江、そして陸奥へ…と、まるで「牛頭天王紀行」を読んでいるような気分にさせてくれる。 また、様々な形での牛頭天王神話、或いは、この伝説を主題とした謡曲や縁起等も「テキスト」として随時紹介している所も非常に興味深かった。 取り分け「巨丹将来=悪者」のイメージを覆すが如く、巨丹将来を「被害者」として描いた伝説も存在している事を知ったのは、大きな発見であったように思う。 だが、やはり何と言っても圧巻なのは「消された異神たち」の副題が示す通り、何故、牛頭天王は消されたのか…いや、何故、消されなければならなかったのか…という理由に肉迫している所であろう。 今でこそ様々な書物に登場する牛頭天王であるが、明治政府が打ち立てた方針の中では、牛頭天王は最も邪魔な存在だったのだ。 即ち、何が何でも追放しなければならなかった…それ程までに目障りだったのである。 勿論、当時の「廃仏毀釈」や「神仏分離」について詳しい方ならば凡その見当は付くかもしれない。 だが、本書は更に一歩踏み込んで、牛頭天王の如何なる部分が「抹殺」に値したのかを分析し、更には政府の方針だけではなく、他にも理由があった事をも追求している。 ここで詳細を明かす訳にはいかないが、関心のある方は是非とも本書を手に取って、その奥の深さを実感して頂きたい。 牛頭天王伝説に潜む複雑な背景がよく解るであろう。 尤も、牛頭天王の実態と歴史を徹底的に追う内容であるだけに、当然の事ながら学術性が高く、然も古文書の引用も多いので、ある程度は覚悟して読んだ方が良いかもしれない。 実の所、私自身、やや難解に感じる箇所を読み飛ばしてしまいたくなった。 然しながら「渡来神」とされる牛頭天王の需要と発展を徹底検証したり、或いは、摩多羅神を取り上げたり…とにかく話題が豊富なので、「難しさ」よりも「面白さ」が先に立つであろうし、何よりも「異神の消滅」について、歴史が担った役割がよく解る。 牛頭天王のみならず、「異神」達に興味のある方にとっては、貴重な一冊になってくれると思うので、自信を持ってお勧めしたいと思う。
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★4に近い3
数年前に購入してパラパラめくったきりだった本書。先日、鈴木耕太郎氏の『牛頭天王信仰の中世』を購入したので、同時に読み進めてみました。 まず読みやすい。そして魅力的な仮説にぐいぐい引き込まれます。なるほど、そうだったのか、そうなら面白いな、と思わせるところが多々ありました。ただ、引っ掛かったのが仮説が仮説のまま展開すること、あるいは推測に推測を重ねて展開すること、です。つまり、研究書というよりは話題提供の書、問題提起の書という方が本書の性格にあっているのではないでしょうか。 初学者にとっては、鈴木さんの本より川村さんの本の方が圧倒的に読みやすく、面白いです。ただ、具体的な考察となると鈴木本と比べるとやや引っ掛かるところが出てきます。 謎ばかりの牛頭天王の宗教をどうとらえるか、という点では難しさもあると思いますが…。 とはいえ、この牛頭天王という不思議な神様に触れる最初の1冊としては最適だと思います。
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合祀の痕跡
きっかけは京都・八坂神社の祇園祭で売られている粽に「蘇民将来」の文字が書かれている理由を 探る為でした。 八坂神社の祭神は牛頭天王と聞いていたのに、資料によっては素戔嗚尊となっていたりするので 疑問に思って調べ始めたのがこの本を読んだきっかけです。 その結果、明治政府が国家神道を提唱した際に、各地に残る異神の痕跡を消そうと躍起になっていた 光景が浮かび上がってきます。 (すいませんが、この説の真意の程は私にも検証できていません...) 資料の分量としては八坂神社に関する所はむしろ少なく、関西の神社や素戔嗚尊が韓国に降りたとする 説明が多数を占めます。 素戔嗚尊の妻も当然、神道の神と合祀されていまして、その痕跡を祇園祭で追いかけていく検証作業を 昨年は行いましたがまだまだ個人的なフィールドワークが不十分ですので裏付けが取れていません...