日本の文学賞

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コリン・グリーンランド

コリン・グリーンランド

Korin Gurīnranddo

プロフィール

性別
男性
生誕
1954-05-17 (イギリス)
国籍
イギリス
言語
英語

経歴

職業
SF作家, SF批評家, 編集委員
活動期間
1982年〜
所属
サイエンス・フィクション財団, 雑誌『インターゾーン』編集委員
影響を受けた人物
マイケル・ムアコック, イギリスのニュー・ウェーブ(SF運動)

受賞歴

アーサー・C・クラーク賞
対象作品: テイク・バック・プレンティ
主催: アーサー・C・クラーク賞選考委員会
結果: winner
イースターコン賞
対象作品: テイク・バック・プレンティ
主催: Eastercon 運営
結果: winner
英国SF協会賞
対象作品: テイク・バック・プレンティ
主催: 英国SF協会
結果: winner

受賞・候補エディション

英国SF協会賞 1回登壇
  1. 第22回(1990年) 長編部門
    受賞作: Take Back Plenty

    『Take Back Plenty』は、Colin Greenlandによる作品。宇宙船 Plenty をめぐる冒険を、スペースオペラの疾走感と異星文明の政治的緊張で描く長編。古典的な宇宙冒険を更新し、女性パイロットの視点から自由と生存の物語を展開する。

    『Take Back Plenty』は、Colin Greenlandの表現の核がよく表れた一作である。

    400ページ
    受賞作文学表現記憶と関係
  1. 受賞作: Take Back Plenty

    宇宙船員タビサ・ジュートが、太陽系を横断する奇妙な荷と陰謀に巻き込まれるスペースオペラ。軽快な冒険の形を取りながら、交易、宗教的共同体、情報戦が入り混じる未来社会を描く。

    女船長の危うい航路が、太陽系の権力と秘密を次々にあぶり出していく。

    544ページ
    宇宙交易冒険陰謀ポストヒューマン社会

作品

代表作

聖なる山の夜明け

1984年 SF

初期長編。異世界的要素を含むSF作品。

異世界探究
翻訳
  • 聖なる山の夜明け(佐藤高子訳)

薄い牛の時

1987年 SF

1980年代後半の長編。グリーンランドの初期作品の一つ。

個人と社会変容

他の声

1988年 SF

1988年刊の長編。多声的なナラティブを用いる作品。

コミュニケーション多元性

テイク・バック・プレンティ

1990年 SF

代表作の一つで、広大な宇宙を舞台にした冒険と社会批評を兼ね備えた長編。

宇宙旅行商業化アイデンティティ

シーズンズ・オブ・プレンティ

1995年 SF

Plentyシリーズの続編の一つ。Take Back Plentyの世界観の拡張。

シリーズ宇宙社会

マザー・オブ・プレンティ

1998年 SF

Plentyシリーズの一作。宇宙を舞台にした人間模様を描く。

家族宇宙

ハームズ・ウェイ

1993年 SF

1993年刊の長編。サスペンス的要素を含む作品。

危機倫理

スピリットフェザー

2000年 SF

2000年刊行の長編。グリーンランドの中期以降の作品。

霊性

ヘレンを探して

2002年 SF

2002年刊行。個人的な探索を描く作品。

探索人間関係

全著作

  • Daybreak on a Different Mountain(1984)
  • The Hour of the Thin Ox(1987)
  • Other Voices(1988)
  • Take Back Plenty(1990)
  • Seasons of Plenty(1995)
  • Harm's Way(1993)
  • The Plenty Principle(短編集, 1997)
  • Mother of Plenty(1998)
  • Spiritfeather(2000)
  • Finding Helen(2002)

作風・主題

文体
ニュー・ウェーブの影響を受けた実験的・批評的な文体ユーモアと社会批評を併せ持つ語り口
頻出モチーフ
宇宙旅行消費社会の風刺アイデンティティと変容

評価・遺産

コリン・グリーンランドは、ニュー・ウェーブ批評の出身でありつつ、商業的でありながら批評性を併せ持つSF長編で知られる作家。Take Back Plentyで国際的な評価を得た。

関連学会

  • サイエンス・フィクション財団

豆知識

  • 妻は作家のスザンナ・クラークで、1996年から共に暮らしている。
  • ニール・ゲイマンとは親友で、ゲイマンの謝辞でしばしば言及される。
  • マイクロコンでは1988年、1989年、1993年、1994年にゲストスピーカーを務めた。