菊池寛賞
1回登壇
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第24回(1970年) 受賞
にせい にしかわ こいさぶろう
Nise Nishikawa Koisaburo
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1948 | 中日文化賞 | — | — | 中日新聞社 | 受賞 |
| 1948 | 愛知県文化賞 | — | — | 愛知県 | 受賞 |
| 1954 | 名古屋演劇ペンクラブ賞 | — | — | 名古屋演劇ペンクラブ | 受賞 |
| 1965 | 毎日芸術賞 | — | — | 毎日新聞社 | 受賞 |
| 1965 | 舞踊ペンクラブ賞 | — | — | 舞踊ペンクラブ | 受賞 |
| 1966 | NHK放送文化賞 | — | — | NHK | 受賞 |
| 1969 | 紫綬褒章 | — | — | 日本政府 | 受賞 |
| 1969 | 名古屋市功労賞 | — | — | 名古屋市 | 受賞 |
| 1970 | 菊池寛賞 | — | — | 菊池寛賞委員会 | 受賞 |
6代尾上菊五郎直伝の鏡獅子を披露し、舞踊家として代表的な女形演目を得意とした。1936年の小津安二郎監督作品『鏡獅子』にも出演している。
名古屋西川流二世家元として「名古屋をどり」を始め、名古屋を拠点に日本舞踊の普及と革新に貢献した。女形・素踊りの表現で知られ、多くの舞踊家や俳優に指導した。複数の文化賞受賞や紫綬褒章の受章を通じて地方文化の振興にも寄与した。