日本の文学賞

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徳川 夢声

とくがわ むせい

Tokugawa Musei

別名: 福原 駿雄 / 福原 霊川
ペンネーム: 福原 霊川活動弁士時代に用いた芸名, 徳川 夢声主に芸名・執筆名として使用

プロフィール

性別
男性
生誕
1894-04-13 (島根県益田市)
死没
1971-08-01 77歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
島根県益田市(出生地) → 津和野町(幼少期に一時居住) → 東京都(上京・長年居住)

経歴

職業
活動弁士, 漫談家, 作家, 俳優, ラジオパーソナリティ, テレビ司会者
活動期間
1913年〜1971年
所属
日本放送芸能家協会(初代理事長), 文学座(過去所属), 談譚集団(漫談研究団体、創設者), 苦楽座(劇団、結成に参加)
所属団体
ユーモア作家倶楽部(創設メンバー), いとう句会(俳句同人), 日本放送芸能家協会(初代理事長)
影響を受けた人物
清水霊山(師事), 三遊亭圓子(落語関係)
影響を与えた人物
丸山章治(弟子), 木下華声(談譚集団のメンバー)
ノミネート
第7回直木賞 候補(1938年), 第21回直木賞 候補(1949年)

学歴

港区立赤坂小学校
期間: 幼少期(通学時期は資料による)
国: 日本
幼少期に通学した学校の一つ
東京都立日比谷高等学校(旧制 東京府立第一中学校)
期間: 旧制中学を修了(具体年は資料参照)
国: 日本
旧制中学校を卒業したとされる
明治大学(聴講生)
期間: 約1年間(1916年頃、聴講生)
国: 日本
弁士活動と並行して聴講生として在籍した

受賞歴

文藝春秋読者賞
1949
対象作品: 『天皇陛下大いに笑ふ』(座談掲載)
主催: 文藝春秋社
結果: Winner
NHK放送文化賞
1950
主催: NHK
結果: Winner
芸術祭賞
1951
対象作品: 『宮本武蔵』の朗読実演による受賞
主催: 文化庁
結果: Winner
菊池寛賞
1955
対象作品: 各方面での活動を称して
主催: 菊池寛賞選考委員会
結果: Winner
紫綬褒章
1957
主催: 日本政府
結果: Recipient
東京都名誉都民
1965
主催: 東京都
結果: Honor
勲四等旭日小綬章
1967
主催: 日本政府
結果: Recipient
東映太秦映画村 映画の殿堂(第1回)
1975
主催: 東映太秦映画村
結果: Posthumous honor

受賞・候補エディション

作品

代表作

夢声戦争日記

1960年 日記・随筆

太平洋戦争期の日々の記録と随想をまとめた日記。戦時下の慰問興行や暮らしの描写が含まれ、史料的価値が高い。

戦争体験日常の記録放送・演芸史料

問答有用(対談集)

1952年 対談・エッセイ

『週刊朝日』に連載された連続対談集。各界の著名人との問答を通じて戦後言論や大衆文化を映し出す。

対談ユーモア社会評論

夢声自伝(明治・大正篇 等)

1952年 自伝・随筆

自伝的作品群。幼少期からの経歴や芸能界での経験、日記をもとにした回想を含む。

回想芸能史日記的記述

宮本武蔵(朗読・実演)

1939年 朗読・放送

吉川英治の小説『宮本武蔵』をNHK等で朗読・実演した一連の放送。独特の間と語り口で人気を博し、1951年の芸術祭賞受賞の根拠にもなった。

朗読時代小説の語り放送芸
映像化・舞台化
  • [録音(レコード)] 『宮本武蔵』朗読(レコード化) (1971)

全著作

  • 夢声漫談(聚英閣)1927
  • 夢声軟光集(山県秀美堂)1931
  • くらがり二十年(アオイ書房)1934
  • 問答有用(連載・単行本)1951-1958
  • 夢声戦争日記(中央公論社 全5巻)1960
  • 地球もせまいな(朋文堂)1954
  • 放送話術二十七年(白揚社)1951
  • 夢声身上ばなし(早川書房)1952
  • 話術(秀水社)1947
  • 夢声随筆(河出書房)1955
  • 夢声自伝(講談社文庫 他)1962
  • 夢声の動物記(六興出版)1983(没後刊)

翻案

  • 坊っちゃん(映画出演 1935年)
  • 吾輩は猫である(映画出演 1936年)
  • ノンちゃん雲に乗る(映画出演 1955年)
  • 白夫人の妖恋(映画出演 1956年)

作風・主題

文体
ユーモアを基調とした軽妙な語り口朗読・口演に適した口語的表現随筆的で観察に富む記述
頻出モチーフ
昭和・大正の都市文化芸能界の内側老いと日常への洞察

健康

  • アルコール使用障害
    20代頃から長年
    私生活上の失敗や困難を招き、時に芸能活動に影響を与えた
  • 脳軟化症(脳梗塞)・肺炎(併発)
    1971年(晩年)
    1971年に脳軟化症および肺炎を併発して死去

評価・遺産

活動弁士からラジオ・テレビを通じた朗読や対談で広く知られ、戦前・戦後の大衆文化と放送史に重要な足跡を残した。漫談や随筆を通じてユーモア文学や放送表現の普及に寄与し、市民賞や博物館館長就任などもあり、地域文化への影響も大きい。

記念館・博物館

  • 博物館明治村(初代村長) 愛知県犬山市 1965年開館

関連学会

  • ユーモア作家倶楽部
  • いとう句会

資料所蔵先

  • 益田市立資料(徳川夢声に関する文献一覧)
  • NHKアーカイブス(放送記録)
  • 中央公論社刊行物(夢声戦争日記等)

大衆文化への影響

  • NHK連続テレビ小説『なつぞら』で夢声をオマージュした声優キャラクターが登場
  • 半藤一利『日本のいちばん長い夏』などの座談会に登場し、のちに映画化作品で人物像が描かれた
  • 『東京タワー』の名称決定に関わったと言われるエピソードが伝わる

引用

  • おい、いい夫婦だったなあ。
    出典: 最期の言葉(伝記・報道) (1971年)
  • 日本は物質的のみならず、精神的にもアメリカに劣っているのではないか。
    出典: 随筆『風とともに去りぬ』1945年(随想) (1945年)

豆知識

  • 「彼氏」「恐妻家」などの語を世に広めたとされる(一般的な伝承)。
  • 犬山市・博物館明治村の初代村長を務めた(1965年)。
  • 出身地益田市では2001年より徳川夢声市民賞が創設されている。
  • 東京タワーの名称に関するエピソードが伝わる(命名に関与したとされる伝承)。