芸術選奨文部科学大臣新人賞 げいじゅつせんしょうもんぶかがくだいじんしんじんしょう
第61回(2011年)
受賞者
11名『富士見町アパートメント』は、同じアパートの一室を舞台に複数の劇作家が書き下ろした短編戯曲を連ね、鈴木裕美が企画・演出した舞台作品。異なる作家性をひとつの空間設定に集め、会話劇としての密度と俳優の組み合わせを見せる企画である。
一室のアパートを共有するように、複数の物語が現代演劇の声を響かせる。
『トイレット』は、カナダで暮らす三兄妹と、日本から現れた言葉の通じない祖母との共同生活を描く荻上直子監督・脚本の映画。母の死をきっかけにばらばらだった家族が同じ家で向き合い、沈黙や食卓、奇妙な距離感のなかで関係を結び直していく。
言葉が通じない祖母の存在が、ばらばらだった家族に静かな変化をもたらす。
『第50回藤井昭子地歌ライブ』は、地歌箏曲の演奏家である藤井昭子の継続的なライブ活動の節目となる公演。古典の声と三絃・箏の響きを現代の聴衆へ届けるシリーズとして、演奏解釈と継承の姿勢が評価された。
積み重ねられたライブの節目に、地歌の声と弦の響きが現在へ手渡される。
『シンフォニー・イン・C』は、小野絢子が新国立劇場バレエ団で踊ったクラシック・バレエ作品。バランシン振付の明晰な構成と音楽性のなかで、ダンサーの技術、清潔なライン、舞台上の存在感が問われる演目である。
音楽の構造を身体で描き出す、明晰で華やかなクラシック・バレエ。
『幻の母』は、城戸朱理の詩集。母性、記憶、喪失、声の行方をめぐる詩篇を通じて、身体とことばの奥に残る不在を静かに掘り下げる。
失われた母の幻影を追いながら、詩は声と記憶の深部へ降りていく。
『束芋:断面の世代』は、横浜美術館と国立国際美術館での展覧会に関連する図録・作品集。束芋が自らの世代感を「断面」として捉え、現代社会の不安や身体感覚を映像インスタレーションと図版で示す。
社会と身体を切断面として見つめる束芋の映像世界を、展覧会図録としてたどる。
『その街のこども』は、阪神・淡路大震災を経験した男女が神戸で再会し、震災の記憶と現在の距離を歩きながら確かめる渡辺あや脚本のドラマ・映画作品。個人の記憶と都市の記憶が、静かな会話と夜の移動のなかで交差する。
震災を知る子どもだった二人が、神戸の夜を歩きながら記憶との距離を測る。
『my Classics2』は、平原綾香がクラシック音楽をポップスの語法で再構成したアルバム。よく知られた旋律を声の表現と現代的なアレンジで聴かせ、クラシックとポップの接点を広げた作品である。
クラシックの旋律が、平原綾香の声を通して新しいポップスとして響く。
『アーツ千代田 3331の開館・運営』は、中村政人が中心となって旧中学校を再生し、アートセンターとして開いた実践。施設の設立と運営を通じ、地域、教育、現代美術を結び直す新しい文化拠点づくりを示した。
廃校となった校舎が、地域と現代美術をつなぐ開かれた拠点へ生まれ変わる。
『肉体のアナーキズム』は、1960年代日本美術におけるパフォーマンスの地下水脈を追う黒ダライ児の美術史研究。前衛芸術、身体表現、反制度的な実践を膨大な資料から掘り起こし、戦後美術史の見えにくい流れを描き出す。
戦後前衛の身体は、制度の外側でどのような表現を切り開いたのか。
『10番目の感傷〈点・線・面〉』は、LEDライトを載せた鉄道模型が暗い室内を走り、周囲の日用品の影を壁や天井に映し出すインスタレーション作品。移動する光源と影によって、観客は車窓の風景のような記憶と空間の変化に包まれる。
小さな光が走るだけで、日用品の影は記憶の風景へ変わっていく。