日本の文学賞

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田村俊子 (講談社文芸文庫 せA 1)

田村俊子賞

田村俊子 (講談社文芸文庫 せA 1)

瀬戸内晴美

明治から昭和にかけて自分の信念と愛を貫いた作家・田村俊子の生涯をたどる評伝。瀬戸内晴美は関係者への聞き取りと足跡の追跡を通じて、忘れられかけていた女性作家の激しい生と文学を掘り起こす。

女性作家評伝近代文学愛と自立文学的デビュー

作品情報

愛と文学を自分のものとして生き抜いた田村俊子に、瀬戸内晴美が深い共感を寄せる。

浅草・蔵前に生まれ、上海で亡くなった田村俊子を、瀬戸内晴美が文学的先駆者として描き出す。奔放な愛と創作を生きた人物への愛惜を軸に、関係者の証言や足跡を重ね、作品と人生を一体のものとして読ませる評伝である。

レビュー要約

  • 忘れられた作家の生涯を情熱的に掘り起こす姿勢が評価される一方、評伝でありながら著者自身の共感が強くにじむ点が作品の個性として読まれている。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
1993-12-01
ページ数
493ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784061962521
ISBN-10
4061962523
価格
330 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

明治17年浅草蔵前に生れ昭和20年上海の路上に死んだ作家田村俊子。自らを信ずるままに、奔騰する愛を生き書いた先駆者田村俊子に、深い愛惜とただならぬ共感を寄せる著者が故人を知る人を尋ね俊子の足跡を辿り知られざる生涯を掘り起こした決定版評伝。「田村俊子補遺」及び「田村俊子年譜」を付す瀬戸内晴美の文学的デビュー作。第1回田村俊子賞受賞。

レビュー

  • 俊子の形見・・・忘れ去られた女流作家の伝記

    瀬戸内晴美さんが忘れ去られた大正期の作家、田村俊子を追跡した伝記。 初めて読んだのは中学生のころでしたか、 非常に読みやすく、俊子の生き様に感動し、大正時代に興味を持った。 なんせ、居ながらにして大正時代を満喫させてくれたのである。 田舎から上京してきた女学生のファン(鶴さん)が恋の逃避行で 海外に愛する男性を追いかけていく俊子を、寮を抜け出してきてまで横浜に見送りに来る。 こんなドラマチックな出来事も事実なのだ。 20世紀の初めに女流作家を目指し、 夫との軋轢の間に生まれた懸賞小説が入選し、時代の寵児となった俊子。 そして挫折と不義の上の海外への逃避行。 第二の夫の死後の日本の帰国、そしてトラブル続きの後に上海に渡り客死する。 この本が執筆されていたころ、 俊子の友人の湯浅芳子さんと山原鶴さんを初めとした関係者が存命していて、 彼女たちの証言によって俊子の忘れ去られていた過去が浮かび上がっていく。 知人によって知った俊子の存在、男の死によって昭和に帰国して後に上海に渡った経緯、 愛する男を追ってバンクーバーに渡る顛末、彼女の男、鈴木悦の消息、 最初の夫との結婚生活と人気絶頂の作家生活、その没落、彼女の両親と死んだ妹の話――。 過去をさかのぼっていくように、俊子の人生が語られる。 後の瀬戸内さんの伝記小説のように脚色されたものではなく、ドキュメントに近い。 ―その小説形態だからこそ、事実のみが浮かび上がり、俊子の人生が身に迫ってくる。 俊子の書いた小説は現実社会と女性の“性”とのせめぎあいのドラマだった。 その早すぎた作風と当時の世には興味本位でしか受け入れられなかった孤独。 才能の枯渇の恐怖と居場所のないエトランゼのような身の上。 不思議なことに俊子に親しく縁のあった女性は、独身を貫いている方が多い。 瀬戸内さんも俊子の伝記を書いた後は独身を貫いた。 俊子に憧れ、俊子を通じて大正時代や青鞜に興味を持った私の人生も似たようなもんである。 これって俊子のかけたマジックなのだろうか? 瀬戸内晴美さんの書いた小説では一番読みやすいし、 ねちっこいセクシャルな部分はないが故に、素直に感動できる。お勧めの本です。

  • おそらく、俊子は新しい理解者を待っている。

    実はこの版ではなく、瀬戸内氏の全集( 瀬戸内寂聴全集〈2〉長篇(1) )で読了しました。名のみ、そしてカナダへの「逃避行」と敗戦直前の北京での客死というドラマティックな事実のみが象徴的に伝えられていましたが、もはや作品自体は忘れられた作家の伝記です。その世界をまたにかけた軌跡のスケールの大きさに前から名前のみは知っていましたが、作品は未読でした。瀬戸内氏も北京で同じ時代(昭和20年)に北京に住んでおり、合うことはなくても名前だけは知っていたというわけです。一方でなぜ瀬戸内氏がこの人物に昭和30年代前半という時期に着目しその軌跡を追い始めたという部分についてはどうもわかりにくいのですが。ただ、まだ田村俊子を直接に知る人物が多数存命していたこの時代に、ある偶然からかそれとも必然からなのでしょうか、著者は田村俊子に関する多数の私信や書簡へのアクセスを得ることができ、これが本作品の肝となっています。 ただ作品としてはどうなのでしょう。やはり失敗作でしょう。全体の構成は必ずしもクロノロジカルなものではありません。田村俊子の生涯と瀬戸内氏の思いと追跡が交錯するようで、結局のところ俊子の生涯が全体としてはうまく整理されていません。また俊子の作家としてのピークでもあった大正初期については、作品の引用が多数散りばめられて展開されるのですが、いくら私小説的な色彩が濃いとはいえ、作品はあくまでも作者の想像の産物であり、結果としては作品と俊子の実生活そして瀬戸内氏の解釈が混然一体となって提示されており、読み手を混乱に陥れてしまうのです。 そして俊子の作品自体がそこに潜むテーマの普遍性は別として、そのディテールは夫婦関係のごたごたを中心としたもので、もはや相当に「古く」、現代の読者がいききとした共感をもって没入していくことがもはや困難なのです。そういう意味では俊子自体が時代の矛盾(近代とそこに潜むのぞき趣味)の産物なのです。そしてこの矛盾自体の理解と整理についての瀬戸内氏自身の解釈は、いまだ生煮えで一面的なclicheともいうべき構図にのっかたものなのです。おそらくそこには彼女自身の強い思いがあるのでしょうが、この伝記の中ではうまく昇華されてはいないのです。この思いはその後は伝記ではなく創作という形で提示されてくる運命にあったのでしょう。本書の中で、俊子の姿が皮肉にも生き生きとして浮かび上がるのは、日本から従軍慰問に来る同世代の文化人たちと元旦に上海のホテルで明治の東京を追憶してお屠蘇をいただくシーンというのは皮肉なものです。 それ以上に惨めなのは俊子の夫となった人物たちでしょうか?いつの時代も才能ある女性を伴侶に持った男性たちの姿はあわれなもんですわ。ところで瀬戸内氏は本書にも登場する湯浅好子氏を扱った作品( 孤高の人 (ちくま文庫) )もあるのです。作家の好奇心は止まることのない業ですわ。

  • 若き日の晴美さんの原点

    西神田の古書店で偶然に見つけて購入。東慶寺の田村俊子の墓前での著者近影。髪をアップに結って、和服を着て、お肌艶々の若い晴美さんが美しい。 小説だが、若き晴美さんの体当たりの取材によるドキュメントのような作品。俊子の愛人だった鈴木悦氏の妹を訪ねる前夜、「これからさき何年生きるかわからない私の生涯のうちで、この一夜がどういう意味をもつというのだろう。」と書かれている。正に、作家「瀬戸内晴美」「瀬戸内寂聴」誕生の一夜であった。 メールも携帯電話もない時代、こんなにも激しくやりたい放題の恋愛をした俊子。50歳を過ぎて、まだ30代だった佐田稲子からその夫を奪うというふるまい。最期は、中国の路上で脳溢血で倒れて孤独に死んでいく。 文学史上からも、人々の記憶からも消えつつある、一人の女性作家の生涯を書いて、瀬戸内晴美氏はデビューした。

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