作品情報
昭和が終わった日に、葉山の海を前に、家族と戦争の記憶が静かに呼び起こされる。
『時の潮』は、昭和の終わりという転機から、個人の恋愛や家族の記憶をたどりながら、戦争を経た時代の姿を見つめる長編である。私小説的な親密さと歴史小説としての広がりを併せ持ち、作者自身の世代が経験した時間を静かに描き出す。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2002-08-01
- ページ数
- 325ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784062113281
- ISBN-10
- 4062113287
- 価格
- 2930 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
今日、昭和が終つた。 穏やかな葉山の海に想ふ家族、戦争――新しい戦後文学 天皇陛下万歳はどうです、と私は言つた。ふだん坂西が喋りたがらない事を、喋らせてみたい気になつてゐた。天皇陛下万歳と叫ぶやうに教育されたものの、いざ死に臨めば動物的本能が働いて、お母さんを呼んでしまふ、そんな風に解釈すれば筋は通るけど、実際はどうだつたんです。知らんな、解釈なんて無意味だ、と坂西は素気なかつた。天皇陛下でもお母さんでもなく、弾が当ればみんなぎやあとも言はずに死んぢまつたよ、俺が知つてるのはそれだけだ。鼻の先で戸を閉てられたやうに、私は話の接穂を失つた。――(本文より)
レビュー
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「昭和」とは私たちにとって何だろうか?
「昭和」が終わったあとのほぼ1年間に、熟年に足を踏み入れたジャーナリストの主人公が、その仕事と生活を通して、天皇、戦争、結婚、家庭、人生、同僚などについて東京は下町、湘南は葉山の四季の変化の中で思考をめぐらす。そのことは、昭和を振り返り、その時代がいったい何だったのか、それが新しい時代とそこに生をおくるであろう日本人、老若世代の日本人にとって何を意味するのか、じっくり考える素材を提供する。結論らしきものは明確に示されていないが、方向は自ずと浮かんでいて、その方向で読者が自由に考究できる仕組みになっている。その方向とは、何のしがらみにもとらわれず、事実の積み上げからみえてくる方向とでも言えば良いであろうか。私も、読んだ後、その考究を折々に牛の反芻するごとく続けている。 なお、「失われた90年代」や昨今の過激な構造改革とその下での人々の抱える課題は、執筆年代からして言うまでもなく扱われていない。それは、別の小説で展開されて然るべき課題である。
関連する文学賞
- 野間文芸賞 第55回(2002年) ・受賞