メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故 (講談社文庫 お 116-1)
福島第一原発事故をめぐり、官邸、東京電力、経産省、金融界などで何が起きていたのかを追った調査報道ノンフィクション。多数の関係者への取材をもとに、危機のただ中でなされた判断と機能しなかった仕組みを描く。
作品情報
未曾有の原発事故の背後で、誰が何を判断し、何が機能しなかったのかを追う。
第34回講談社ノンフィクション賞受賞作。2012年の単行本を全面的に増補改訂して文庫化した版では、事故の初動、政治判断、東電・行政の対応をノンストップの調査報道として読ませる。
レビュー要約
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事故時に何が行われ、何が行われなかったのかを具体的に追うことで、読者に危機の実相を突きつける力がある。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2013-02-15
- ページ数
- 656ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 10.7 x 2.3 x 14.7 cm
- ISBN-13
- 9784062774604
- ISBN-10
- 4062774607
- 価格
- 1210 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/ビジネス・経済/その他
読み始めたら止まらないノンストップ・ノンフィクションの傑作。日本を崩壊寸前に追い込んだ福島第一原発事故。首都圏壊滅、3000万人避難の未曾有の危機に際して、官邸、東京電力、経産省、金融界では、いったい何が起きていたのか? 『ヒルズ黙示録』で鮮烈デビューした著者が、菅直人、勝俣東京電力会長、経産省官僚らキーパーソン約200人を取材してわかった驚愕の新事実。講談社ノンフィクション賞受賞作を文庫化。 「日本の『ベスト&ブライテスト』が誕生した」(ノンフィクション作家・野村進氏)、「これぞ調査報道の真骨頂」(作家・重松清氏)。第34回講談社ノンフィクション賞で、選考委員が絶賛した調査報道ノンフィクションが全面バージョンアップされ、文庫化された。ビデオ映像で明らかになった東電の杜撰な事故対応、脱原発阻止を目論む経産省官僚の陰謀などの新事実を大幅加筆した。 (本書より)「メルトダウンしていたのは、原発の炉心だけではないのだ。原因企業である東電の経営者たち。責任官庁である経産省の官僚たち。原子力安全委員会や保安院の原発専門家たち。原発爆発企業の東電に自己責任で2兆円も貸しながら、東電の経営が危うくなると自分たちの債権保全にだけは必死な愚かな銀行家たち。未曾有の国難にもかかわらず、正気の沙汰とは思えない政争に明け暮れた政治家たち。いずれもメルトダウンしていた。エリートやエグゼクティブや選良と呼ばれる人たちの、能力の欠落と保身、責任転嫁、そして精神の荒廃を、可能な限り記録しよう。それが私の出発点だった」 本書は2012年1月に出版された『メルトダウンドキュメント福島第一原発事故』を全面的に増補改訂したものである。政府事故調や国会事故調など明らかになった新事実と、貴重な一次資料となった東京電力のテレビ電話会議(2012年8月開示)のやりとりを加えて、第1部「悪夢の一週間」を大幅に加筆した。文庫化に伴い、「第4部 静かなる反動」「第5部ゼロの攻防」を新たに書き下ろし、民主党惨敗までの経緯を詳述。原発阻止を目論み、なりふり構わぬ陰謀を仕掛ける経産省官僚とそれに翻弄される民主党政権を克明に描いた。 ★メディア絶賛!★ 福岡伸一氏(青山学院大学教授・生物学者)「あのとき一体、為されるべきことの何が為されなかったのかを知るための一級資料」(2012年3月11日 朝日新聞書評)「爆発する原発を映すテレビの前で『うわーっ』とうめいて頭を抱える斑目春樹・原子安全委員会委員長。操作ミスから3号機を爆発させてしまった作業員。『脱原発』への向かう菅直人首相を追い落とした経済産業省の官僚たち・・・・・・。責任の転嫁と情報の混乱によって危機が連鎖していくさまは、並みのパニック映画より怖い。しかし、これは実際に起きたことなのだ」(2012年3月11日西日本新聞『3・11を読む』)
1965年、東京生まれ。早稲田大学卒業。ジャーナリスト。著書に『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(2006年)、『ヒルズ黙示録・最終章』(2006年)、『墜ちた翼 ドキュメントJAL倒産』(2010年)がある。『メルトダウン』(2012年)で第34回講談社ノンフィクション賞を受賞(朝日新聞社勤務)。
レビュー
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人間の愚かさの物語、とも言える
あのとき「現場」では何が起こっていたか。 政府が発表していたことと、どんなに違っていたか。 ビデオ画像でわかった東電のずさんさ。脱原発阻止を目論む経済産業省。 そうした新事実も加味された一級のルポルタージュ。 もっともっと、私たちは真剣に考え、 疑うべきは疑わなければならないと痛感した。
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読み応えあり
出版後に世の中を騒がせた朝日新聞紙上での吉田証言誤報はいただけなかったが、本書は綿密な取材で当時の官邸の様子を知る上で大変参考になり且読み応えありました。
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組織の中で想いを実現する苦闘
NHK・教育放送の日曜夜10時から、「ETV特集」という報道番組がある。 世の中にこんな問題が起きているよと警鐘を鳴らす、地味だが、貴重な番組である。 気骨のある記者達が、先輩から後輩に脈々と伝統を受け継いでいる。 ただ、いつの世も、こういう番組は視聴率が高くない。 しかも政治や権力に問題をたたきつけるため、局の中でいつも「問題児・異端児」にされている。 福島の東電原発事故が起こった時、直ちに取材に動き、報道番組を作ることが発案された。 マスコミなら当然の発案である。 ただ、原子力発電所の事故の問題を追ってきたベテラン記者、七沢潔は、チェルノブイリ事故を追いすぎて問題視され、NHKの中でも「放送文化研究所」というところに左遷されていた。 番組の増田プロデューサーは、七沢なしでは番組が作れないと、臨時に七沢を借りた。 組織の手順を踏んで、人に仕事を頼むことは大事なプロセスである。 七沢は、知人の放射線衛生学者の、木村真三の手を借りることを提案した。 木村は、厚生労働省所管の労働安全衛生総合研究所の研究員をしていた。 放射線が専門なのだが、職場からは「指示なしに動くな」と厳命されていた。 国の関係の諸研究所では全て、同様の命令が所員に出されていた。 木村は、このままでは調査のタイミングを失すると、職場に辞表を出して、NHKの取材チームに合流した。 放射能の種類によっては半減期が短く、すぐに調査に動かなければ事故の本質が発見できない。 すぐに避難させる対象(住民)を発見し、避難指示を出さなければならない。 そう木村は考えたのだ。 「直ちに健康に影響が出るレベルではない」 などと言っているうちに、どんどん被害は拡大する。 結果的には取り返しのつかない被害が出る恐れがある。 「いつかは影響が出るレベル」と同義語なのである。 チェルノブイリの調査経験から、放射能は決して同心円状に分布するのではなく、実に多様なまだら模様になることを知っていたからだ。 そして、部分的に、ホットスポットと呼ばれる、異常に高い放射能値を示す場所があることを知っていたからだ。 取材は3月15日から開始された。 予想どおり、高濃度の放射能が各所で発見された。 チェルノブイリ級のホットスポットも。 避難を指示された区域外に、危険なレベルの放射能値計測地が多数あり、多くの人が住んでいた。 その人々の状況をルポし、汚染状況地図を作り続けた。 問題は、30キロ以内の取材自主規制である。 マスコミは全てそれ(政府の協力要請)に従った。 しかしそれでは真実に迫れない。 増田プロデューサーは、30キロ圏内の取材例があることをたまたま知り、自主規制が解除されたと「誤解」した。 取材例は、特別許可をもらったものだったと、あとでわかったのだが。 その「誤解」のもとに、取材班に30キロ圏内突入を許可した。 しかし、取材していることはふとしたことからNHK上層部にわかり、厳しく叱責され、放送の可能性が危ぶまれた。 4月3日の放送枠は、取材結果を報道することは許されない状況だった。 やむを得ず、「福島に住む作家・玄佑氏とルポライター吉岡忍氏との対談」に番組を切り替えた。 そして、吉岡氏が現地取材するという形で、30キロ圏外の危険区域の存在と、そこに人が住み続けていることを潜り込ませた。 放送は大きな反響を呼んだ。 それを受けて、チームを非難し続けた局幹部の姿勢に変化が出、NHKの方針として、番組作成が認知された。 改めて取材に入り、5月15日から、「ネットワークで作る放射能汚染地図」というシリーズとしてスタートした。 視聴率は1%台という低さだったが、見ている人はマスコミに影響力のある人たちが多く、その人達の力で話題とされ、何回も再放送された。 現在も、オンデマンドで見ることができる。 そして、文化庁芸術祭賞を始め、多くの賞を得た。 ルポ番組は概して地味なものである。 人々がぼそぼそとものを言っている。 目を引く映像もない。 調査も地味な行為である。 延べ6000キロも車で走り回り、放射能値を測定する。 それを地図に落とすことで、汚染地図ができあがる。 それらを組み合わせて番組を作ることで、人々の心に訴えかける。 報道現場から放り出されても、自分の取材テーマ(こころざし)は変えず、追い続けたディレクター。 問題視されている敏腕ディレクターを、あいつしかいないと無理を言って呼び寄せたプロデューサー。 危険を承知で、自分で志願して現場に乗り込む取材記者たち。 「誤解」にもとづき30キロ圏内突入を指示し、自分で責任を取ったプロデューサー。 30キロ圏内に入った取材班を表向きは叱責しながら、裏では番組の実現に力を貸してくれたNHKの某幹部。 職場に辞表を出して、現地に入って測定した科学者。 そのデータを分析してくれた、京大、広島大、長崎大、金沢大等の研究者たち。 移動しながら値が自動的に測定できる装置を自力で作って提供してくれた老研究者。 そういう無数の人々のネットワークで番組は作られた。 世の中を動かすというのは、こういうことだろうなあ。 この本は、7人の報道記者が、自分の担当した部分を書き、それを寄せ集めている。 いわば「取材記」である。 僕が、上に書いたような、時系列的な記述には、必ずしもされていない。 それが読みにくさになっているのは事実である。 しかし、番組ができる経過が率直に記述されている。 普通なら書かれない、NHK当局内部の裏の葛藤までも。 仕事をする姿勢とは何か。 それを考えさせる本であった。
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官邸側の視点に偏った内容である
3.11 以前の平時からの安全対策、事故発生後の対応、 いろんな意味で東電に大いなる非があることは、この本を読んでよく分かりました。 これは、どうしたって非難は免れ得ないでしょう。 但し、本書は内容的にいうと、官邸側の視点にあまりにも偏りすぎている。 はっきり言えば、本書の全編に渡って政府に対して甘い記述が目立つ。 吉田所長からの15条通報を受けて、原子力緊急事態宣言をどうやって出せばいいのかを調べるため、官邸秘書官らが六法全書をめくり始めた。 昨年暮れの震災関連の特番でこの事実が放映されたのを見て、驚き呆れた国民は多い筈です。 これについて、『あれはしようがない、それよりも保安院の責任だ』 とする菅さんの談話を掲載するのみで、 著者自身が何一つ批判的な論評を加えることなくスルーしている時点で、 読み始めた冒頭から 「?」 と感じざるを得なかった。 その後も全編に渡って、官邸側目線での記述が続く。 SPEEDI の隠蔽の件についても然り。 東電側の言い分らしきものはほとんど出てこない中、 最終章でようやく、東電の部長級社員のインタビューの一説が載っている。 「まだまだ隠されていることがある。官邸には非常に落ち度がある。原発事故は民主党政権だから起きたのです。そもそも自民党政権だったら原発は1つも爆発していません。」 ここまで極端なことを言うからには、余程のことがあったのではないかと思わざるを得ないし、 事実、本書では東電側の言い分をほとんど知ることはできません。 本書が重要なドキュメンタリーであることに間違いはありませんが、 正直、公平な視点で書かれた書物であるとは言い難い。
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現場、官邸、東電、官庁等の動向リアル。
まだ、半分くらいしか読めてないが、現場の緊迫感がヒシヒシと伝わり、官邸の想いに東電本社や保安院が全く対応できていない様子がよくわかる。 多方面にわたる綿密な取材には感心するばかりだ。
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私たちの失敗
3.11以来。私たちは罪悪感を抱いてきた。ライターというプライドや部門間の隔壁、そして対人関係のストレス。過ちを繰り返してはならない。自戒を込めてそのように思った。 読みながら涙が止まらなかった。たった一人で組織を抜け出し、なにかを変えようとした「先輩」の勇気。福島の人々たちの希望。そして復興の槌音。なにかが聞こえる。 1945年。この国は原爆を落とされ、国土は壊滅した。そして2011年、自ら原発事故を起こしたこの日本国。しかし希望を捨ててはならない。 3.11。あれから12年。「神の子」たる大谷翔平さんの活躍に期待したい。この本を、読者が好きだった母に捧ぐ。 今年こそ花見ができますように。そして夜の森で美しい桜が見られますように。三陸の海がどこまでも美しくありますように。 希望とは誰にも奪えないものです。 サザンオールスターズの「tsunami」を聴きながら。白雲なびく駿河台にて。 桜エビの季節です。
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官邸の暴走を正当化する「東電批判」本
吉田所長を英雄視するノンフィクションが多い中、事前にされた津波予測に対して対策を打たなかった当事者のうちのひとりもまた、吉田所長であるという別切り口から、俯瞰した視点を持とうと本書を購入した。 内容は、徹底して「東電批判」のスタンスに貫かれている。たしかに、本店や官邸に詰める東電幹部が情報をうまくエスカレーションできず、狼狽していたのは事実だろう。しかし一方で、現場の状況も理解していないのに逐一口を挟み、とんでもないマイクロマネジメントと過干渉を行った菅首相および官邸(その取り巻き)に対する掘り下げは浅く、評価も驚くほど甘い。 菅首相は宰相という立場にも関わらず自ら事故対応に追われる現場へ飛んでいき、廊下でぐったりと寝ている作業員たちを尻目に吉田所長のもとへ怒鳴り込み、1時間も経たずに帰っていった。こうした言動が「心理的安全性」を完全に破壊し、物言えぬ空気を作っていったのは明らかだ。その空気が東電から意思決定の主体性を奪い、「海水注入を含め、何をするにも官邸の許可を得なければならない」という萎縮した心理状態に追い込んだにもかかわらず、当の官邸側は「勝手に忖度したあいつらが悪い」と開き直っている。 本書は、こうした官邸の横暴な振る舞いを意図的に糾弾せず、勝手に忖度したという言い分を時に擁護・正当化すらしており、「悪いのはすべて東電」という視点で強烈なバイアスがかかっていると感じた。 読み進めるうちに強い違和感を覚え、著者の出自を確認して納得した。朝日のジャーナリストである。事故対応の生々しいルポは中盤で終わり、後半は反自民・反安倍・親民主党という政治的立ち位置から描かれる政局や銀行の話になっていくため、そこからは流し読みした。 印象に残ったのは放射線の恐怖や重労働に耐えながら消防車を集めた末に燃料が切れてしまうシーン。「どんなチョンボだよ」と首相補佐官が文句を言うのだがが安全なところから文句を言うのが官邸の仕事ならば危機管理対応を履き違えているのではないか。 現場はあちこち道路が陥没し瓦礫も散乱し車では移動もままならなかったという。技術的な専門家ではない官邸ならば、情報が来ないと文句をいうだけではなく、足りない物資はなにかを聞き、使えるものを使って逐次送り届ける等の後方支援やロジスティクスでできることはあったはず。官邸も同じくお粗末かつ偉そうに見えるのだ。 著者は明確な意図を持って書いているのだろうが、一読者である自分には、官邸も、官僚も、東電本店も、「どっちもどっち」の惨状にしか見えなかった。 純粋に事故の教訓を得たいと思う人にはおすすめしない。
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ルポタージュの手本のような本
取材の量 取材源の質 文章の読みやすさ などどれも非常にクオリティが高い。 文章力が高く人物描写が良く出来ていているが、 ヒーローや巨悪を作っていないあたり著者が中立に思われ安心して読める。 分厚い本だということを忘れてしまうくらい、内容が濃くかつ読みやすい。 この手のルポタージュ本としてかなりの良書だと思う。 もっと早く読んだら良かったと思う反面、 震災から一年経って当時の記憶がありかつ冷静に振り返れる今読むことにも価値があると思います。