日本の文学賞

← 受賞作品一覧に戻る
本覚坊遺文 (講談社文芸文庫 いH 4)

日本文学大賞

本覚坊遺文 (講談社文芸文庫 いH 4)

井上靖

千利休の弟子・本覚坊の手記というかたちで、利休が豊臣秀吉から死を命じられた理由をたどる歴史小説。本覚坊は師と縁のある人々を訪ね、利休の死と、権力のそばで侘茶を貫いた芸術家の内面に迫っていく。

千利休茶道芸術と権力師弟歴史小説

作品情報

弟子の手記を通して、利休の死と、乱世に芸術を貫く者の孤独が浮かび上がる。

『本覚坊遺文』は、利休自刃の謎を弟子・本覚坊の視点から描く井上靖晩年の代表作である。茶室という限られた空間に、師弟の関係、権力の圧力、そして死に至るまで芸術を貫こうとする意志を重ね、第14回日本文学大賞を受賞した。

書籍情報

出版社
講談社
発売日
2009-01-09
ページ数
240ページ
言語
日本語
サイズ
10.8 x 0.9 x 14.8 cm
ISBN-13
9784062900362
ISBN-10
406290036X
価格
1760 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

利休自刃を通して「芸術家の死」を問う傑作 弟子本覚坊の手記の形で迫る死の謎。権力者秀吉の庇護下に侘茶を追求、その命じるまま自刃した利休の内面の悽愴の風景を描く著者晩年の代表作。日本文学大賞受賞

レビュー

  • 赤い血まみれ武人のデスロードに浮かぶ1畳半だけの緑の平和空間

    熊井啓監督の映画版を見てからこちらを拝読。映画版の方がやや観念的にすぎる嫌いがあり、むしろ原作の方がスラスラ読めてなおかつ具象的平易にすら感じた。 他にも野上彌生子「利休と秀吉」や山本兼一「利休にたずねよ」なども映画化されており、各々の作家にとっての利休像、それから侘び寂びって結局なんなんじゃという視点はそれぞれユニークで面白い。 井上靖の描く利休は、この3つの中でも最もストイックであり、東山文化の流れをちゃんと受けている無骨さ、厳しさ、男らしさ、シリアスさ、そういう感覚が強かった。例えば山本兼一の「利休にたずねよ」の方はネタバレになるから深くは言わないが、江戸期の心中ものっぽい艶やかなストーリーになっているのに対して、こっちはかなり枯れている。 安土桃山時代には、応仁の乱を引きずりながら、松永久秀、明智光秀、柴田勝家と言った武人は無論のこと、山上宗二、千利休、古田織部といった大して害もなさそうな茶人もことごとく処刑切腹させられており血生臭い世界が広がる。その真っ赤な血に塗れたデスロードのそのど真ん中を大魔王の秀吉と歩を揃えて歩きながらも、平和と癒しを求めて生きた男、利休。「利を追い求める心を休めよ」まさに名が彼の生き様を表している。 秀吉は、日本を平らげた後、朝鮮へと領土的野心をさらに拡大して広げていくのに対して、逆に利休は1畳半という極狭の小さな空間にピースフルを求めていく。いまでは定着した茶道という道、その道の外にはとんでもない数の骸骨が転がっているということを我々は忘れがちになる。

  • 死の謎と茶の湯

    本覚坊とは、千利休の茶会で裏方を務めていた三井寺の僧。この本覚坊という人物は利休切腹後に隠棲するが、利休に関するある夢を生涯を終える直前まで見続ける。私は、本覚坊は利休の死の謎を直感的には理解できていたのだろうと思った。そのため、繰り返し同じ夢を見た。それを言語化するまでにあらゆる茶人と会い、彼の死の半年ほど前までの期間を費やした。利休の茶の湯の概念とは生涯をかけて説明する価値のあるものだと身をもって体現した人物だと思った。その生きざまは、実践者ではないが利休とは違う形で茶の湯を追求した姿だと思う。

  • 利休自害の謎を追って

    茶道を長く習い、教えてもおります。今回はお勉強会を控えて、そのテキスト代わりとなるこちらのご本を予習として読ませていただきました。 さすが井上靖の文体は流れるようで美しく、登場人物が目の前に現れるような気分を味わいつつ読み進みました。銘作だと思います。

  • 枯れ果てて

    井上靖の文体はわりと分かりやすいです。「中間小説」なんて言われる所以があります。 千利休や山上宗二、古田織部ら名だたる茶人たちの死を、本覚坊の視点から幻想を交えて捉え直す。東陽坊、岡野江雪斎、織田有楽といった他の茶人たちとの交流を通して。そして見えてくるものは、常に冷え冷えと枯れている覚醒状態としての美学を有する茶の湯の世界。スポーツや恋愛や学術に燃える「熱」が尊ばれる現代の風潮とはちょっと違う、自分の存在を透視するような哲学的世界。そしてそういう茶の湯は、きわめて微なるものでもあり、時の権力者たちに蹂躙されてもよしとする世界でもあると、終盤の本覚坊の夢の中で千利休は語ります。 分かりやすい文体であるとともに、専門知識(蘊蓄)もあっさりと触れられ、そこがこの小説の白く枯れた世界をほどよいものにしているようです。 老年になって書ける小説なのでしょう。そして老年にならないと良さがあるいは分からないか。 井上靖は大岡昇平と論争したこともあります。徹底して真相を捉えようとする大岡昇平の考えの方にむしろ凄みを感じるけど、井上靖の小説が俗っぽいなどと言える程、私はその小説を読んでるわけではありません。

  • 茶室に坐する武将たちの幻影。

    利休時代の茶道は、真に生死を賭けてのお点前と一服であり、 茶道具も大きな褒賞のひとつとされた時代である。この本の とおり、多くの武将たちが茶を味わい、その後、それぞれの戦場で 散ったことであろう。その時代の茶人武将たちと利休の死の前後の 茶道の流れがよく分かる。枯れから侘びへ、侘び茶の果ては、、、、 利休の死こそが、三千家が現代まで生き残る事が出来、 今の世に、侘び茶の伝統が継承された大きな要因になっている とこの本を読み、強く感じた。利休が秀吉に愛され続けていたら、、、、 どうだろうか?今の形で、茶道は、生き残っていただろうか?

  • 歴史を知る上で欠かせない一冊

    何度も読み返しているので、急ぎはしなかったのですが、発注してから到着までの速さに驚きました。本の内容は名作だと思います。

  • 哲学、倫理学を突き詰めたいならば

    一気に読みました。人の死と読んでいて、哲学を読んでいるように思えました。著者は哲学科出身、利休や人の死と向き合い、実際に自分の死と向き合いっているように読んでいて思いました。解説は実に言い当てていて、みごと。ただし、重い出来事や感情を持っている時でなく、第三者的に読めるならば、自分の死と向き合い気持ちで読んで見たら、と思う。

  • 退屈な「利休もの」小説

    刊行当時話題になり新潮社の日本文学大賞をとり映画化もされているが。こういう「利休もの」小説は、茶をやっている人が買うので手堅い商売なのである。井上靖というのは巧みな商売人であった。読んでいて実に退屈である。

関連する文学賞