万葉学者、墓をしまい母を送る
万葉研究者である上野誠が、故郷の墓じまいと母の介護、そして看取りを、自身の家族史と民俗学的な視点を往還しながらつづるエッセイ。祖父の葬儀から母を送るまでの記憶をたどり、死と墓をめぐる習俗が変わっていく時間を見つめる。
作品情報
家族の死を手がかりに、個人の記憶から死と墓の歴史を考える。
兄の死をきっかけに故郷の墓をしまい、母を奈良へ迎えて介護した著者が、祖父の葬儀の記憶も交えながら家族を送る営みを描く。私的な体験を、地域の慣習や万葉・民俗へのまなざしと結び、家族墓や葬儀の変化を考える一冊。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 2020-04-01
- ページ数
- 194ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.3 x 1.7 x 19 cm
- ISBN-13
- 9784065192399
- ISBN-10
- 4065192390
- 価格
- 1287 JPY
- カテゴリ
- 本/人文・思想/文化人類学・民俗学/民間信仰・俗信
【担当編集ノート】 上野誠さんといえば、令和の御代の万葉研究を大きくリードする人です。しかし、研究者としてではなく、個人としての上野さんは兄上亡きあとに故郷福岡の一族のお墓をしまい、老いた母上を奈良に呼び寄せて7年のあいだ介護し、見送った家長であり息子でありました。 上野さんの研究において重要かつ本質をなすのは、「宴」についてと「挽歌」についてのそれであると私は考えています。私生活と研究は別のものではありますが、それでも「私」のない研究はありえないと、編集者としての私は考えており、本書はその意味において企画されたものであります。 「はじめに」において上野さんは次のように語ります。 「これから私が語ろうとすることは、個人的体験記でもなければ、民俗誌でもない。評論でもないし、ましていわんや小説でもない。ひとりの古典学徒が体験した、死をめぐる儀礼や墓にたいする省察である。/いや、省察と呼ぶのもおこがましい。私の祖父が死んだ一九七三(昭和四十八)年夏から、母が死んだ二〇一六(平成二十八)年冬の四十三年間の、死と墓をめぐる私自身の体験を、心性の歴史として語ってみたいと思うのである。 (中略)/ 四十三年間という時が歴史になるのか。個人の経験や思いなどを、いったいどうやって検証するのか。それがいったいなにに役立つのかなどという批判は、すでに予想されるところではあるけれども、私はあえて、この書を世に問いたい、と思う」 そして「あとがき」ではこう言います。「七年間母親を介護し、家じまいをした私は、家族とその歴史に思いを馳せた。そんなときに執筆を思い立ったのが、この本である。/己が経験した家族の死を、いまの自分の感覚で描いてみたい。己を始発点とする民俗誌、家族小史のようなものを書いてみたい。それこそ、実感できる歴史なのではないか。なにも、偉人の伝記をつなぐことだけが歴史でもなかろう、との思いが、ペンを走らせた」 いま、墓じまいや「終活」が多くの人の問題となっています。万葉の時代から現代まで、人は誰かを看取り、そして送り、「いずれはわれも」と感じてきました。軽妙な筆ながらその長い営みに思いを馳せた深いエッセイをお届けします。
上野 誠(うえの・まこと)1960年福岡県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。現在、奈良大学文学部教授(国文学科)。研究テーマは、万葉挽歌の史的研究と万葉文化論。歴史学や考古学、民俗学を取り入れた研究で、学界に新風を送っている。第12回日本民俗学会研究奨励賞、第15回上代文学会賞受賞。『魂の古代学ーー問いつづける折口信夫』(新潮選書、第7回角川財団学芸賞受賞。『折口信夫 魂の古代学』と改題、角川ソフィア文庫)、『万葉文化論』(ミネルヴァ書房)、『折口信夫的思考ーー越境する民俗学者』(青土社)、『万葉挽歌のこころーー夢と死の古代学』『遣唐使 阿倍仲麻呂の夢』(ともに角川選書)、『大和三山の古代』『万葉びとの宴』(ともに講談社現代新書)、『日本人にとって聖なるものとは何かーー神と自然の古代学』(中公新書)、『万葉集から古代を読みとく』(ちくま新書)、『天平グレート・ジャーニー 遣唐使・平群広成の数奇な冒険』(講談社文庫)ほか著書多数。原作・台本を手がけたオペラ「遣唐使」シリーズも好評を博している。
レビュー
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良い本です
すごく良い本です。 年代が近いのでリアルで、共感します。諦観についても学べます。 エッセイがあったらもっと読みたいです。
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お墓と葬送の形は時代と共に
著者43年間の家族の葬送の形の変化を心象的に記述した本である。10歳年上の私も同感する葬送の形の激変である。千年前に大伴旅人が「生ける者遂にも死めるものにあれば この世にある間は楽しくをあらな」と歌ったことは今に通じる。これからは家族葬や直葬で石のお墓は少なくなるかもしれない。いやいや、COVID-19で亡くなる人には死に目に会えず家で遺骨を待つしかないと聞くと、遺族の方はかえってお墓を作って存在の寄る辺にするかもしれない。個人の葬送の形は自由である、生前に互いの希望を語り合う参考にできる本として推薦する。
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親の介護世代、終活や墓の風習を考える方にお勧め
両親の墓仕舞いをし、納骨堂に安置しました。その後にこちらの著書を知人から紹介してもらいました。胸がスッキリしたのと、まだ沢山残っている先祖墓に対しての理解を深め、役所で直系尊属の戸籍を全て取り家系図を残すきっかけにもなりました。自分の命に繋がるまでの先祖を取り巻いていた環境、社会通念などを知る事で、新しい事にもシフトして行ける勇気を頂きました。親の介護世代の方、自分の今後を考える方にはご一読をお勧めします。
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われもまた逝く
今年70歳になった私にとって、人生の終わりに向けて、生きる姿勢を教えてくれた一冊となりました。 読みたいジャンルも広がりました。
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思ったよりもあっさりでした。
学者的な観点からの分析不足な感じでした。期待しすぎたかしら。
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自分の事のように読みました。
私も母を亡くした直後であり、興味深く読みました。著者自身の経験である祖父の「湯灌」の時の描写は、生々しくて、読んでいた私も思わずゾクッとしました。葬送の時に遺体をかついでぐるぐる回るのは、帰ってこないように・・というのもそうだったのかと思いました。昔の賑やかな葬式から今は家族葬が主流になってきました。寂しい反面、著者の率直な気持ちに触れて、いろいろ考えさせられた一冊でした。
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終活
終活の参考になった
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これからの冠婚葬祭に関する考え方に一石を投じた痛快エッセイ
昨今の冠婚葬祭の有り様の変貌ぶりに驚かされ、戸惑い、反感や疑問ばかりを感じていた私に、その変貌の裏側を理論的に、懇切丁寧に解き明かしてくれました。万葉学者として信頼できる学究的な思索さえも痛快な語り口で、分かりやすく腑に落ちる内容で一貫していました。「ハレ」だけでは人は生きてはいけませんが、「穢」について語られ、考える機会を避けているというのが現実かもしれません。戦後資本主義の変遷の中で、今後の「葬い」について、ひいては「人」の生死について考えさせられる一冊だと思いました。