煙る鯨影
和歌山県太地や千葉県和田、北海道網走などに残る小型商業捕鯨の現場を追うノンフィクション。鯨を追う男たちの仕事、海の気配、捕鯨をめぐる社会の視線を描き、日本の沿岸捕鯨の現在を伝える。
作品情報
煙る海に鯨を追う船から、沿岸捕鯨の現在が見えてくる。
駒村吉重のノンフィクション。現役の小型捕鯨船を追い、港町、乗組員、家族、食文化、海の危険をつなげながら、捕鯨を一つの仕事と地域の記憶として描く。
レビュー要約
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知られにくい小型捕鯨の現場を、働く人々の姿から描く点が印象に残る。賛否のある題材を、生活と仕事の実感から読ませるところに力がある。
書籍情報
- 出版社
- 小学館
- 発売日
- 2008-01-31
- ページ数
- 272ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784093797818
- ISBN-10
- 4093797811
- 価格
- 2100 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
今なお日本で鯨を捕り続けている男達がいた 小型船による商業捕鯨が、現在も日本でひっそりと続けられていることはほとんど知られていない。 和歌山県・太地から北海道・網走まで、煙る海に鯨を追い続ける男達の姿を描く迫真のドキュメンタリー
レビュー
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イルカと鯨は同種だとは知らなかった。
日本で現在もなお商業捕鯨が行われているのとは知らなかった。IWC(国際捕鯨委員会)で鯨の捕獲が禁止されているのは、シロナガス鯨やミンク鯨などの髭鯨が中心で、そこにマッコウ鯨などの数種の歯鯨を加えたいわゆる大型十三種である。 結論的に言ってしまえば、これら十三種以外の鯨であればIWC加盟国であっても商業目的の捕獲は可能である。ただ、この範囲内では大型捕鯨船団を組むことは経済的にも不可能となる。 捕獲可能な鯨の代表的なものが、ゴンドウ鯨とツチ鯨である。日本にはこれらの鯨を捕獲する50トン以下の小型捕鯨船が5艘だけ存在する。しかしこれらの鯨であっても、いつでもいくらでも捕獲可能なわけではなく、資源保護のためある期間に定められた数だけしか捕獲が許されない。 筆者はこの5艘の小型捕鯨船の1艘に乗り込み、その緊迫した捕鯨のありさまを取材した。何日も捕獲ゼロの日が続き、苛立つ船長との確執に悩みながらの5か月の体験記録である。 ちなみに、イルカと鯨が同じだということも初めて知って驚いた。小さいのがイルカで大きいのが鯨。その境目が体長4mとのこと。イルカと鯨の違いよりも、歯鯨と髭鯨の方が生態的、形態的に違いが大きいとのことだ。
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海洋民族としての日本人
本書に興味を持ったのは、1つには、いまさら私はイルカとくじらの違いを知らなかったなどというつもりも、太地町でイルカ捕鯨が行われていたことを知らなかったというつもりはない。賛否の分かれた「Cove」で捕っていたのはイルカだった。 だけど、本書の扱っているゴンドウイルカの捕鯨は、「Cove」が扱った捕鯨とも、なにやら違うぞと思った。「Cove」で捕っていたような、入り江にイルカを追い込んで一網打尽にするというシロモノではなかった。一頭捕るごとに岸に帰らねばならず、何日も不漁ということもある。なにせ、1シーズンに捕っていいのは5頭に過ぎず、シーズンが終われば、捕れても捕れなくても、漁期は終わってしまう。 そして、ゴンドウのシーズンがおわると、和田浦を拠点にツチクジラの捕鯨に向かい、その後、北海道でわずか2頭のツチクジラを捕るという。 それよりもなによりも、読んでみてすごく印象深かったのは、太地町の小型捕鯨船に新人として起用された3人のクルーが宮城県石巻女川から来ていたことだ。女川は近代捕鯨以降の捕鯨拠点であり、くじら博物館も津波にのみこまれた。私事で、大変恐縮だが、震災後の石巻に1ヶ月くらいいたことがある。漁業が身近でない生活をしていた私にとっては、船乗りたちが震災直後に沿岸漁業が出来なかったとき、多くの若い衆たちが沿岸漁業船に乗り込み、外洋での漁業に従事して家族を養っていた。一人前の働きの出来ない者を乗船させるような余地の赦されない厳しい環境だ。どんなに海があれても、相手から連絡があるまではこちらからは決して電話をかけないなど、夫や息子の帰りを待つ女性たちの気構えも、はっきりしていた。そして、男たちは、どんなにうまく行かないときも、冗談か本気かのキワキワの黒い冗談を飛ばし合っては、時間をやりすごす。そんなこんなのやりとりを彷彿とさせるやりとりが本書のあちこちにあって、すごくなつかしかったことと、 そして、江戸時代ーー例えば、西海捕鯨の羽差師が太地町から起用されたこともあったり、四国ー和歌山など、地上だけで暮らしている日本人にとっては、意外と思えるような人の流れが、海上づたいに起きていたことがわかり、ひょっとしたら、本書に現れた小型船による、沿岸捕鯨は、日本に昔からある古式捕鯨の末裔なのではないか、そんな感銘すら受けた。
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おすすめ!渋い大人のドキュメンタリー文学
捕鯨をめぐって国内でも最近にわかに論争がもりあがっていますね。けれど、そんなことをよそにこの本には昔から脈々と続いてきた鯨漁師たちの仕事ぶりが書かれています。なかなか鯨が捕れないイライラ感、いざ猟に出るときの緊張感、それと狭い船内に招かれざる取材者として著者が居候させてもらってる息苦しさが伝わってきます。捕鯨賛成でも反対の本でもないみたい。どちらかといえば「鯨漁師をめぐる物語」と言ったほうが正しいかも。内容の落ち着き度や表紙の絵、イラストの柔らかさといい、渋い大人のドキュメンタリー文芸としておすすめです。
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歴史と情熱
江戸から続く捕鯨の歴史と日本の捕鯨地の興亡 また捕鯨船に乗り込んで体験した事が描かれています。 政治的意図が前面に出ている本ではないので 中立的な立場から読めると思います。 ペリーが日本に捕鯨の寄港地を作るために やってきた事はテレビでも見た事がありましたが、 日本がおこなった過去の乱獲など書きづらい事も書いていてなかなか勇気があると思いました。 捕鯨賛成の立場の私でも改めて考えさせられる点がありました。 太地町に前々から行きたいなと思っていましたがその気持ちが強くなりました。 捕鯨船の甲板上の熱気が伝わってきて とてもよかったですね。
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鯨についてよくわかるノンフィクション
読んで字のごとく、鯨の話なのだが、この本を読む以前と読んだ後では「鯨」「捕鯨」に関する意識がぜんぜん違ってきた。(当たり前の話だが…) そもそも現在も日本で鯨を獲っているというのは、全く知らなかった。例の調査捕鯨ではなく、日本海沿岸での商業捕鯨だ。 今までの自分の理解では、捕鯨はイヌイットなどの鯨で生活をしている少数民族を除いてすべて禁止させられて、今食べられるのはすべて調査捕鯨の分だと思っていたが、ぜんぜん違った…。 この本を読むと、鯨がどうしてこんなことになってしまったのかという歴史がわかる。 なんか今までは、日本はいじめられているという被害者意識しかなかったが、日本も相当無理をして意地で鯨の捕獲高世界一!!なんて変な所でがんばっていたから、乱獲とか言われて、制限させられた、全くもって自業自得という感じ。 総会での立ち振る舞いも問題があり、すべては外交の失敗という感じで、これは何省の汚点になるのだろうか? この本はそんな歴史もわかるし、実際に今行われている捕鯨船に同乗して捕鯨を実体験しているので、とても臨場感があり、頭の中ですごい映像が浮かぶような感じ。 今は自然保護団体やグリーンピースだなんだと色々とトラブルが引き起こっているが、もうあれだけ利害関係や意地や見栄が絡まりあうと、まとまる話もまとまるまい。 しかしちゃんと鯨はあるところにはあって、食べられるというのが不思議だが、そのからくりもちゃんと書かれているから面白い。 鯨について知りたいなら、必須の本だろう。
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なかなかの好著です
オーストラリアによる日本の捕鯨妨害のニュースは記憶に新しいところですが、この本を読んで、日本に根付いている「鯨の文化」とはどういうものかを初めて知ることができました。 それにしても、現在も小型船による小型鯨漁が日本で続けられているとは!そう書くと、”密漁”の告発記のようですが、決してそうではないのです。そこがまた驚き……。 私自身は環境保護団体による反捕鯨活動に与するものでも、逆に積極的な捕鯨支持派でもありませんが(著者も作品の中でいわゆる捕鯨問題に踏み込むつもりはないと書いていました)、日本がなぜ「捕鯨存続」にこだわり続けるのか、その一端が分かったような気がします。 この本に描かれた”鯨捕りの男たち”の姿はとても魅力的です。まるで小説のような淡々とした筆致もgood。小説好きな私が久々に引き込まれたノンフィクションでした。オススメです。