日本の文学賞

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マルドゥック・スクランブルThe First Compres (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-1)

日本SF大賞

マルドゥック・スクランブルThe First Compres (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-1)

冲方丁

賭博都市を舞台に、命を奪われかけた少女バロットが特殊な技術で再生し、自らを利用した男への追跡と自己回復に踏み出すSF長編。暴力、言葉、身体、法をめぐる問いを、疾走感のあるアクションと濃密な心理描写で描く。

サイバーパンク再生復讐都市自己決定

作品情報

傷つけられた少女が、声と身体を取り戻しながら巨大な都市の闇へ踏み込む。

早川書房のハヤカワ文庫JAで刊行されたシリーズの第1巻「圧縮」を代表識別子として採用。第2巻「燃焼」、第3巻「排気」へ続く三部作で、後に改訂新版や映像化も展開された。

レビュー要約

  • 緻密な設定と強い推進力をもつ物語として支持されている。暴力的な題材を扱いながら、主人公が自分の言葉を取り戻す過程に読後の強い余韻がある。

書籍情報

出版社
早川書房
発売日
2003-05-01
ページ数
316ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784150307219
ISBN-10
4150307210
価格
1 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

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レビュー

  • 面白い!!

    冲方丁氏の『マルドゥック・スクランブル』の第一巻です。 少女娼婦であるルーン=バロットは、賭博師であるシェル=セプティノスに囲われている身ですが、ある日バロットは自分の偽造身分を知ろうとしてシェルに殺されそうになります。 瀕死の重傷を負ったバロットは、その後のパートナーとなるウフコックやドクターに助けられますが、生命保持のため "マルドゥック - 09" という緊急法令によって禁忌とされる科学技術を利用した体に改造され、その特殊能力を如何なく発揮します。 誰も自分を愛してくれなかったという傷を負った彼女は、ウフコックやドクターと共にシェルを法的に裁くために動きますが、逆に命を狙われるはめになります。 本書の面白さは、新しい能力を手に入れたバロットの活躍と、ウフコックという特殊な相棒との心の触れあい、シェル側の人間(?)であるボイルドとの対決など息をつかせぬアクションにあります。 『ピルグリム・イェーガー』の原作でもそうでしたが、冲方丁氏の緻密なストーリー仕立ては、決して読者を失望させることはないでしょう。

  • 最終兵器な美少女がサイバーパンクに暴れるハードボイルド・アクション

    巨大企業オクトーバー社が支配する退廃的な港湾型重工業都市、マルドゥック・シティ。15歳の娼婦バロットは賭博師シェルの愛人となり、何不自由ない生活を送っていた。しかし、それはシェルによって巧妙に仕組まれた罠であった。バロットは知らず知らずのうちにシェルの犯罪に加担させられており、そして口封じのために消されようとしていたのだ! 「雛料理(バロット)」という名前通り、エアカーという殻の中で焼き殺される寸前だったバロットを間一髪で救ったのは、委任事件担当官(事件屋)のドクターとウフコックだった。 ドクターは緊急法令「マルドゥック・スクランブル-09」に基づき、宇宙戦争用の禁忌の科学技術によってバロットを治療する。全身をサイボーグ化された彼女は、周辺の電子機器を自由に操作する高度な電子干渉能力を得た。高度な知性を持ちあらゆる兵器に“変身”できるネズミのウフコックと共に、バロットはシェルとその背後にいるオクトーバー社の犯罪を暴こうとする。 だが2人(1人と1匹)の前に、シェルに雇われた凄腕の委任事件担当官ボイルドが立ちはだかる。彼はかつてウフコックを“濫用”した優秀な元軍人で、最強の武器であるウフコックに依然として執着していた・・・・・・! ゼロ年代日本SFの代表作の1つとされる本作だが、サイバーパンクな道具立てを除けば、未来社会の描写は案外少なく、マネーロンダリングやドラッグ、性的虐待、児童買春など現代に直結するテーマが多い。リアルな近未来世界を独自に構築しているというより、現代社会のグロテスクな裏側をSFというコードによって未来的な通俗へと“反転変身(ターンオーバー)”させた、という印象が強い。その意味でSF作品として成功しているかどうかは疑問も残るが、ハードボイルド小説として読むとなかなか斬新である。 本作の仮借ない暴力表現、性表現は正統的なSF作品のそれとは一線を画しており、翻訳調の文体と相俟って、ハードボイルド的な雰囲気を濃厚に漂わせている。何しろ敵役の名前が「ボイルド」という、そのまんまの名前なので、作者がハードボイルドの文法を意図的に採用していることは明らかであろう。 作者が後書きで記しているように、本作からは映画『レオン/完全版』の影響を強く感じる。不当に虐げられてきた薄幸の美少女と、彼女を守るために全力を尽くす殺人マシーンとの不器用な交流、という設定は『レオン』そのものである。しかしバロットの生い立ちはマチルダ以上に苛酷なため、心の闇はより深い。抑圧され続けた反動としての残虐さは壮絶である。しかも彼女の相棒は金色の毛のネズミ(笑)。美少女とネズミという、およそハードボイルドには似つかわしくないコンビが悪党どもに銃を乱射するというギャップが秀逸。

  • 至高のサイバーパンク

    なにも考えず殻に閉じこもっていた、少女バロットの成長物語 ウフコックといいドクターといいボイルドといい 魅力的なキャラクターであふれかえっていますね 敵として立ちはだかるもと相棒のボイルドがかっこいいですね 彼がいなければ、この物語の魅力は半減したでしょう 力を手に入れ暴走したバロットを圧倒的暴力でたたきつぶし、ウフコックを手にしたものはその力に溺れ拒絶されると言う彼のセリフは もと所有者であり、彼の暴力的な、なにものにも止められない強さを語っています 買うなら三冊同時でないと中途半端な区切りで終わっちゃうよ

  • SFではない1巻

    SFとは、ある科学技術が実現された際、それが社会にどのような影響を与えるか(どのような社会になるか)をシミュレートすることを、大きな構成要素とする文学です。少なくとも、故アイザックアシモフ氏はそのように考え、毎作、自分なりの当てはめを表現していたように思います。 さて本作ですが、谷甲州氏の「エリコ」(上・下)でもそうであったように、主人公「だけが」手に入れられた科学技術の希少性・貴重性と、主人公の社会的属性・特殊性がまるで釣り合っていません。 逆に言えば、この程度の特異性(事件に巻き込まれた)しか持たない主人公にも与えられる禁断の科学技術など考えられず、これら技術はもっと社会全般に浸透していないはずは無い、ということになります。 作者自身が後書きで認めているように、この物語は、少女とネズミを想起することから組み立てられ、その前後に誕生と結末を足し合わせたものと思われますが、私には、この第1巻が物語る誕生秘話は、あまり説得力を持つものではありませんでした。

  • 思わずページを進めてしまうテンポ

    **全巻を通してのレビュー** サイバーパンクな世界観が好きな人にはオススメ。 展開のテンポがよく、ストーリーに引き込まれていく感覚。 アクション描写も細かすぎず、大雑把過ぎず。 でも、 クライマックス付近の心理戦では、 グッと描写が細かくなり手に汗を握る展開が繰り広げられます。 ネタばれにならないように説明するのが難しいですが、 SFファンなら必読あれ♪

  • 戦うということ、生きるということ

    主人公ルーン・バロットは、一巻終盤でこういう。『Now Here(ここにいる)』と。 著者が脚本その他を担当した、ロボットアニメ『蒼穹のファフナー』でも同種の描写がある。 冲方 丁にとって、『生きる』ということは存在をアピールすることであり、それ即ち価値観を持つことで、それはいずれ『戦う』ことに発展する。 『戦う』のは何も力をぶつけ合う事ではない。 意見を交わすことも、知略をめぐらせる事も、言ってみれば、生きることはそれ自体が戦いだ。 こういう主張が強く渦巻いている。 これは戦いの物語。戦って、感じて、学んで、成長する物語。 虚ろだった少女が、ラストでは立派でかっこいい女性になってるではないか。 それが何より印象的で、緻密な描写もすべてそこに収束する。 その世界、ぜひ一読あれ。

  • 読まずにいた自分が馬鹿でした

    『SFが読みたい! 2004年版』が選ぶ国内ベストSF第1位の作品。存在はもちろん知っていたけど、なかなか読む機会がなかったが、たまたま古本屋で入手したので読んでみた。 ライトノベルっぽいかと思ってちょっと引き気味だったのが、馬鹿だった。かなりダークでクールな作品。初期のウィリアム・ギブスンの作品、『ニューロマンサー』とか、特に『記憶屋ジョニー』を思わせる。 もはやサイバーパンク小説など、この現代ではSFのジャンルとしては成り立たないかと思ったけど、立派なサイバーパンクだな。 次作以降も期待。

  • 【物語の既視感】

    カジノシーンは多くの方が指摘されている通りに興奮します。以下に並んだ書評を読んで本書(三部作)を手にとった者からすれば期待通りのパフォーマンスでした。偉そうですが。 「物語の既視感」とはよく言ったもので、著名な批評家がその当時の売れっ子作家を指して評した用語です。「物語の既視感」とは「過去にいつかどこかで見たことのある話だ」という意味です。当時も今も変わらぬ売れっ子作家へと向けられたこの評価は、現在の文学(?)とりわけ、数多くのライトノベルについても当てはまるように思います。 戦闘系美少女の代名詞である「綾波レイ」を主人公に見立て「SPAWN」の世界観を拝借した作品。『マルドゥック・スクランブル』三部作に対する私の中での「物語の既視感」は概ねこのようなものです。 作者と年齢が近いからでしょうか。小説に完全なるオリジナル性を求めることが酷であることは承知しております。しかし、作品上の「物語出自」を見過ごすには、少々それらは露骨過ぎました。 「たしかどこで見たり、聞いたり、読んだりしたことのある」作品、この「Well made」な物語性こそ、安定した「マルドゥック〜」の人気を支えているのかもしれません。「良質な職業作家」の誕生は、いつの時代も歓迎されるものですから。

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