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石の来歴

芥川龍之介賞

石の来歴

奥泉光

『石の来歴』は、奥泉光による作品で、芥川龍之介賞の受賞作です。文芸春秋、1994.3の刊行情報が確認でき、作品の中心には登場人物の切実な経験や時代の空気が置かれています。

文学賞受賞作人物描写時代と記憶

作品情報

芥川龍之介賞で評価された、奥泉光の作品です。

『石の来歴』は、奥泉光による作品で、芥川龍之介賞の受賞作です。文芸春秋、1994.3の刊行情報が確認でき、作品の中心には登場人物の切実な経験や時代の空気が置かれています。

書籍情報

出版社
文藝春秋
発売日
1994-02-01
ページ数
203ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784163146201
ISBN-10
4163146202
価格
749 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

レイテで戦友から聞かされた言葉によって岩石に魅せられた男に訪れる苦難。夢と現が交錯する中で妻は狂気に誘われ、子は死に奔る

レビュー

  • 心地よい

    独特の文体が心地よいです。

  • Money-worth!

    通読に何の支障もなく、この価格での提供に感謝!

  • 文体の魅力

    作者の近刊「東京自叙伝」とこの本しか読んでいません。奥泉初心者です。 第一印象は、ずいぶんと文章が上手だなあと言うこと。プロの作家さんなので当たり前と言えば当たり前、ずいぶん失礼な物言いですが、一文が長めなので、ずいぶん饒舌に感じる。でも、ぎりぎり推敲に推敲を重ねた感じもわかる。すごい計算の上に生み出された文体なのではないか。私はそういう観点からこの著作を味わった。 表題作のラストに戦慄しながら・・・・・。

  • ズシリと石のように重い読み応え

    石に魅入られた男を襲う悲劇。戦時中、死にゆく男から聞かされた言葉が、そのきっかけだが、家族に悲劇を見舞われるのと、戦時中の記憶がオーバーラップして、緊張感溢れる物語世界を味わった。現実世界で破滅が近付く時、戦時中の記憶も悪夢のように蘇るが、主人公が「殺せ」と言う上官の命令に逆らい、軍刀を捨てて投降した時、大宇宙へ繋がる「石」を手に入れるのだ。ズシリと石のように重い読み応えが印象的。

  • 失敗作

    ネタばれ注意: 戦時中に瀕死の戦友から聞かされた石の永遠性に関する話をきっかけに、主人公は復員後に鉱物収集を趣味とする。長男の息子に鉱物収集のすばらしさを伝えている途中で、何者かに長男が殺されてしまう。なにやら芥川賞なのにミステリーかと思わせる展開が重厚な文体で語られていく。しかし、残った次男がサッカー場で暴れて、その後に学生運動にのめりこんでいくあたりで本作品はリアリティーを失っていく。いったい長男を殺したのが誰なのか?答えは幻想のかなたに消えていく。本作品は戦争の悲惨さと共産主義革命運動のアホらしさを重ね合わせようという意図のもと書かれたのかもしれないが、まあ失敗作だと思う。金を出す価値はないだろうね。

  • 土口のじじちゃ

    SFなのか 楽しく読ませて頂きました。

  • あの戦争の悲惨さを一種怪談っぽく昇華させた名作

    この作家は名前だけは知っているが作品は読んだことがない一人だったが、先日読んだ加藤陽子さんとの歴史対談本が非常に面白かったので、そこで加藤さんが激賞していたこれを読んでみた。1994年の芥川賞受賞作。 あの大戦のフィリピン・レイテ戦線での壮絶な帝国陸軍の様相を、ある上等兵が語る「岩石の歴史と永遠性」をモチーフに戦後社会に生きる復員兵と繋ぎ、ある種怪談じみた装いの物語に仕立てた手腕は流石!と言うしかない。それにしてもこの文体!三島由紀夫のような「華麗な人工美の極致」とは違うが、どこか中島敦を思わせるようで中島の漢文調より柔らかな文章の流れが、実にいい。一語一語をじっくり味わいながら読みたくなる~そんな文章である。そして、68年からの学生運動のうねりを「戦中派」に対抗する存在として浮き立たせたところなど、ちょっと大江健三郎「万延元年のフットボール」を想起させる。 しかし、東南アジア戦線では実際の戦闘で死亡するより病死・餓死などのほうが多かった事実、そして行軍に付いていけなくなった「見込み無き兵士」の陸軍内殺害。そうした「内情」が淡々と綴られるこの作品が「第一級の戦争文学」であることは間違いない。こういう作家のことを今まで知らなかったとは!これからぼちぼち他の作品も読んでみる。

  • 「石の来歴」は難解、「三つ目の鯰」は素直に好きになれました

    1985年「地の鳥 天の魚群」でデビュー後、1992年に第108回芥川賞候補(受賞はせず)になった「三つ目の鯰」と、第110回芥川賞受賞作「石の来歴」の2作が収録されています。 「石の来歴」は氏の作品によくある過去、現在の時制や場所が混沌として入り混じる複雑な構成になっています。また、これもよく取り上げられる太平洋戦争と軍隊も出てきます。鉱物というものの成り立ちを人を含めた生物の輪廻転生に見立てて、石が作品の重要なモチーフとなっています。 ただ、奥泉光氏作品を読むのはこれで6作ですが、いまだに自分には難解で、作品群を通して訴えている共通のものがあるのか、いまひとつよくわかりません。 ストーリーは、「悲惨なレイテ島の戦場からなんとか生きて戻れた主人公が、父親がやっていた本屋業を継いで秩父に開店、結婚して息子2人を授かりやっと安定した生活を手に入れた。秩父の山で鉱石にはまり学者レベルまで至り名もそこそこ知れるようになるが、ある日息子が山中へ石を取りに行き何者かに殺害されてしまう。 犯人はとうとうつかまらないままに妻はおかしくなり、次男を連れて離婚。何十年もたったある日、ぶらっと現れた次男は過激派になり警察に追われていた・・」という話です。 過去が現在と繋がり、最後はまた過去に戻るという他の作品にもみられる循環ですが、これは何を意味しているのか正直よくわからず、作品全体としては暗く救いのない話で読後はそれなりに落ち込みました(苦笑)。文章や構成の完成度は高いと思います。 一転して「三つ目の鯰」はどこか飄々とした温かみのある話です。著者にしてはまっとうな?わかりやすい一般小説という感じです。芥川賞の選評を読んでみると「石の来歴」を絶賛している人もいれば、「先の”三つ目の鯰”の方がよかった」という委員もいて、実は自分もそちらの方でした。 しかし「思考や知識を生で出すまいと努力していることがよくわかった」と言う人もいて、奥泉氏の本来の作風を抑えて一般向けにわかりやすいように書かれたのかもしれません。 舞台は著者ご自身の故郷である山形県庄内平野と思われる水田に囲まれた集落です。 東京に住む主人公が、亡くなった父の遺骨を先祖代々の墓に収めるところから始まります。彼が父のことや子供の頃の田舎での思い出を振り返る部分が、自分が幼い頃父の田舎に帰省した時とあまりにもそっくりで、山や小川や光と風といったものがまざまざとよみがえりました。 墓というもの、宗教感情というほど強いものではないが何かしら漠然とある敬虔な気持ち、先祖を弔うということ、血の繋がりとは何か。当たり前のように仏教で仏事を行う親族とキリスト教の牧師になった叔父、そしてもしかしたらキリスト教の信仰を持っていたかもしれない父親の生前の姿が交差して、主人公は様々なことを考えさせられます。 ”テレビも見ず文盲で江戸時代の農民とはかくあったに違いない”と思わせる親戚の古老が、ユーモラスでいい味を出してます。 こちらの作品は読んだ後とてもあたたかい気持ちになりました。どちらも奥泉氏の原点を感じさせる作品です。

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