作品情報
『蛇を踏む』は、受賞作として読まれてきた作品の核を静かに伝える一作です。
川上弘美『蛇を踏む』は、芥川龍之介賞の文脈で評価された作品です。物語、評論、詩歌、記録文学など作品形態は対象ごとに異なりますが、ここでは作品名と著者を軸に、単独作品としての魅力が伝わるよう紹介します。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 1996-08-30
- ページ数
- 169ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784163165509
- ISBN-10
- 4163165509
- 価格
- 77 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
女は藪で蛇を踏んだ。蛇は女になり食事を作って待つ。母性の眠りに魅かれつつも抵抗する、女性の自立と孤独。芥川賞受賞作他二篇
レビュー
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川上さんの文章
昔読んで、最近、また読みたくなって買ってしまった。川上さんの文章は、不思議だ。内容が、ではなくて、なんだか知らないが、読まされてしまうところが。 ストーリーとか、テーマとかは二の次で、その不思議な筆力の文章そのものに浸るだけでも、楽しめる作品だと思います。
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有り得ないを描く力量
蛇にまつわるお話、怪奇譚。ありえないお話だが、冒頭から引き込まれ、ないとは言えないと思わせ、一気に読み進む。それは力量であろう。
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楽しめるひとは楽しめる
「スナックふたり」を読んで、「センセイの鞄」を読んで、3冊目。 どのように読み込めば良いのか、わかりにくかった…
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ほんわかな文体。面白い物語。
推薦します。ネタバレあり。 この小説世界では人間の姿をして現れる蛇が普通のこととして受け入れられている。主人公のヒワ子も踏んだ蛇に取り憑かれても騒いで追い出そうとはしない。蛇はヒワ子に蛇の世界に来るように誘惑する。ヒワ子だけではない、勤め先の女主人のニシ子さんも蛇にとりつかれていて誘惑されている。そういう世界なのであるが、ニシ子さんもヒワ子もその誘いには応じない。ヒワ子はなぜ自分が誘惑に応じないのか、その理由をはっきりとは自覚していない。ともかくも反抗しヒワ子は蛇と格闘しながら流されていく。誘惑する蛇とはやはり聖書の蛇を思い起こさせる。蛇は悪賢いものの象徴である。人間とは苦しみの根本原因である禁断の木の実を食べるのをかろうじて我慢している存在である。と言いたいのかもしれない。
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最後まで読めなかった
内容があまりよくわからなかった。自分の好みの本ではなかった。
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読むのが辛い
「蛇を踏む」「消える」「惜夜記」の3編からなる。 どれも奇想天外な、不思議な内容の話だ。面白くはない。それどころか、読むのがだんだん辛くなってくる。薄い本なのでなんとか最後まで読めたが、そうでなければ途中でやめていただろう。 奇想天外な話でも、例えばカフカの短編集などは、面白い。その違いはなんなんだろう。カフカの話は何か芯がしっかりしているが、本書の作品は、ぐだぐだで、とってつけたようなわざとらしさを感じる。これだけぐだぐだの話を書ける、ということが、著者の高い能力を示しているのかな。芥川賞を受賞しているのだからおそらく、読解力・鑑賞力に優れた人が読めば、高い評価になるのかもしれないが、私には無理だった。 巻末の解説も、意味がよくわからなかった。
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背中が痒いと思ったら、夜が少しばかり食い込んでいるのだった。
まず、書き出しからしてすばらしい。 ミドリ公園に行く途中の藪で、蛇を踏んでしまった。 このごろずいぶんよく消える。 いちばん最近に消えたのが上の兄で、消えてから二週間になる。 背中が痒いと思ったら、夜が少しばかり食い込んでいるのだった。 どうですか?「ああ、これから自分は奇妙なお話を読むことになるのだろう」という予感。そしてその予感は裏切られることはない。 三篇の短篇小説が収録されている。踏んだ蛇に居候されて蛇の世界に誘われる表題作「蛇を踏む」。長兄が消えたことにより、次兄の嫁になった妻も小さくなっていく「消える」。漱石の夢十夜を想起させるフラグメントを散りばめて積み重ねたような「惜夜記」。 どうですか?ストーリーを説明されてもよくわからないでしょう。そして読んでもやっぱりよくわかりません。そしてそれがむしろとても心地よい。読んでる間ぬるま湯にずぶずぶ首まで浸かっているような快感。女性の「共感力」に下支えされたような描写。現実と虚構、物体と精神がぬるぬるとまじりあう。こういう小説に「寓意」とか「風刺」とか「暗喩」などを求めるのは野暮というもの。ただただ読むという行為に惑溺すればいい。
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抜群な個性を発揮する作家
表題作『蛇を踏む』は、第115回芥川賞受賞作品である。 この文庫には、『蛇を踏む』『惜夜記』『消える』の3編が収録されている。 著者のあとがきで書かれているが、作品は「うそ」で書かれ、そして「本当」でも書かれている。 とりわけこのバランスが絶妙で、理解しようとする努力もあっさりと放棄すると、その独特な世界観をもって受け入れられる。 この世界観に浸れるかそうでないかで、作品に対する評価がわかれるところか。 浸れれば不思議と心地よさを得られ、避けてしまえばきっと読むのも苦痛に変わってしまうだろう。 事実、芥川賞選考の際にも選考委員の間でも評価が大きく割れたと記憶している。 3つの作品をあえて好き嫌いで分けるなら、わたしは『惜夜記』を1番好きな作品に挙げる。 『惜夜記』は黄昏から夜明けまでを、2~3ページの技巧的な短編の積み重ねで綴るのだが、これが不思議と淡白で面白い。 著者は何とは断言できないが、読者がゆだねられる何か不思議な魅力を持っているのだと思う。
関連する文学賞
- 芥川龍之介賞 第115回(1996年) ・受賞