ゴシップ的日本語論
畠山重篤の『日本〈汽水〉紀行』は、川と海が交わる汽水域を訪ね、漁業、森、地域の暮らしを見つめる紀行エッセイ。自然環境と人間の営みがつながる場所から、日本の水辺の豊かさと危うさを描く。
作品情報
川と海が混じる水辺から、人の暮らしと自然の循環が見えてくる。
現場を歩く観察と、森と海をつなげる視点が評価されている。環境問題を抽象論にせず、暮らしの手触りから伝える点が読みどころとされる。
レビュー要約
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現場を歩く観察と、森と海をつなげる視点が評価されている。環境問題を抽象論にせず、暮らしの手触りから伝える点が読みどころとされる。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 2004-05-27
- ページ数
- 245ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784163659305
- ISBN-10
- 4163659307
- 価格
- 211 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/エッセー・随筆/日本のエッセー・随筆/近現代の作品
面白くて刺激的な現代日本語、日本文学論 昭和天皇の話し方から日本語の問題を考察し、悪口の言い方から俗流文章論を叩く。他、鏡花、折口、源氏を論じて納得の講演・対談集
レビュー
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大変面白い本でした
大変面白い本でした
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「日本語」という厄介な対象とどう付き合っていくか-今あらためて「読書の愉悦」を知るための道案内-
今僕の手許にあるのは文庫版ではなく単行本であるため、多少内容に違いのある可能性もあるが、単行本が掲示されていないことからこの文庫版でレビューを起こすこととする。 これまでにも日本語ブームは何度かあったが、現在はその第三次日本語ブームが訪れているようである。 がしかしこれまでの日本語ブームとどこか違うのは、「日本語」という存在をどの様にとらえるかとの本質的な問題が前面に現れている点にある。普段日常的に何の意識もなく使っていても、改めて「言葉って何?」「国語って何?」と質問されたなら、恐らく殆どの人は答えに窮してしまうはずである。 「パネェ」という言葉を耳にして、その意味を即座に答えることのできる人がどれほどいるか。元々は渋谷あたりの女子中高生が発生源とされるこの言葉は「半端ではない」に由来する言葉であり、「半端ではない」との書き言葉から話し言葉の「半端じゃない」そしていささかやくざ口調の「半端じゃねぇ」となり、省略されて「パネェ」 へと転化したしたとされる。 「半端ではない」も「半端じゃない」も歴とした日本語であるなら、それを語源由来とする「パネェ」もまた立派な日本語であるはずであるが、なぜかそうした言文一致や省略された言葉に対する目線には厳しいものがあるのが現実であり、「正しい日本語ではないから」との感覚的な回答がその殆どを占め、「では『正しい日本語』って何?」と質問を続ければ、立ち所に答えに窮してしまうのが現実である。 なぜその様に偏頗なものの見方が大手を振って罷り通るのか、こうした日本人の言語感覚に著者は一貫して関心を寄せてきた。 本書は三部から構成され、第一・二部では今から約一世紀半ばかりと70年ほどのの過去に起きた「国語大改造計画」の経緯と顛末そして後に残された厄介な置き土産(問題点)を文学作品に描かれた日常生活と文学史の中から炙り出す。 その展開方法は流石にジェームズ・ジョイスを専門とした著者ならではであり、古典と現代を自由に往還し、「音と漢字、外来語」そして「言葉と文章、文体」といった形で「言葉としての日本語問題」にどう付き合っていくかを求めて散歩する形である。 そして先ず最初にお読みになることをお勧めするのが、本書の第三部、『丸谷式読書案内』である。 瀬戸内寂聴さんとの対談は当時の新作だった『輝く日の宮』を素材として、『源氏物語』を男女それぞれの立場から読み直したらどうなるか?とのテーマを語り合い、中村勘九郎さんとは「歌舞伎ってこんなにオモシロイものなんだ!」と丁々発止の遣り取りが繰り広げられる。 そして巻末に採録されている木田元・三浦雅士両氏との鼎談では「本をどう読むか」との取っ掛かりに対し、そこに使われている「言葉」に着目する。 翻訳書の中で最も近寄りがたい存在の典型が哲学書であるが、現代哲学を専門とする木田氏の訳は小説や映画の字幕にも似ていて、日常生活の中で出会う言葉を意識して使っていると語る。 そうでなければ、書いた当人の肉声に近づくことが困難であるとの至極わかりやすい説明が説得力を持つ。
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現代最高の「小説家=評論家=エッセイスト」の最新アンソロジー
本書に収められた評論・対談は丸谷の(『文章読本』『日本語のために』などの) 一連の日本語論や「丸谷モダニズム文学論」である『闊歩する漱石』、小説最新作 『輝く日の宮』などの後日譚的な性格が強く、丸谷の愛読者にすれば(一見すると) 新鮮味に欠けるかも知れないが(瀬戸内寂聴との対談は『輝く日の宮』を再読したくなる ような刺激的なものではあるが)、丸谷本人ではなく編集者が抜粋、かつ構成している だけに丸谷の日本文化論を(他の著作とはまったく別の)違った視点から読むような趣が あり、決して退屈な本ではない。『思考のレッスン』が丸谷の「総合ガイド」だとすれば 本書はさしずめ「最新ガイド」と言ったところだろうか。
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語る丸谷才一
講演、挨拶、対談…いずれも書かれたものではない。それが一番の特徴である。文字によることなく、話されたものなので、わかりやすい文章であり、いつも以上に気楽に読めるが、含むものは非常に深い内容を持っている。。 まず、著者自身があとがきに記したとおり、日本語文化の現状を分析した「憂国の論」である。文部省(現、文部科学省)批判あり、テレビや携帯電話普及の影響に対する危機感ありで、かなり刺激的である。 他には、レトリックなどの技法や文学史の分析など、著者の博学ぶりが遺憾なく発揮されているし、『輝く日の宮』や歌舞伎、現代哲学などについての対談・座談会はいずれも楽しく、内容は豊富である。 できればうんと若い人にも読んでもらいたい。