作品情報
リハビリの夜に刻まれた身体の記憶から、ケアの関係が見直される。
シリーズ「ケアをひらく」の一冊。著者自身の身体経験を出発点に、訓練、介助、痛み、官能、他者との協応を語り、医学や福祉の言葉だけではすくいきれないリハビリの現場を描く。
書籍情報
- 出版社
- 医学書院
- 発売日
- 2009-12-01
- ページ数
- 255ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784260010047
- ISBN-10
- 4260010042
- 価格
- 2200 JPY
- カテゴリ
- 本/社会・政治/福祉/社会福祉
痛いのは困る。気持ちいいのがいい。 現役の小児科医にして脳性まひ当事者である著者は、あるとき「健常な動き」を目指すリハビリを諦めた。 そして、《他者》や《モノ》との身体接触をたよりに「官能的」にみずからの運動を立ち上げてきた。 リハビリキャンプでの過酷で耽美な体験、初めて電動車いすに乗ったときのめくるめく感覚などを、全身全霊で語り尽くした驚愕の書。
レビュー
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貴重
いわゆる支援を受ける側の動機に触れることができた。
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帯が星野源の軽薄な推薦コメントに変わってた。
まだ途中ですが最後まで読めそう。
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美品
状態はとても良いです。
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TOC
※のっけから脳科学の話が出てくるので面食らうが、投げ捨てることなかれ、第2章以降はかなりスラスラ読める。活字慣れの如何によっては、ここから読み始めると良いのかもしれない。 はじめに リハビリキャンプ。 脳性まひという体験 脳内バーチャルリアリティ 緊張しやすい体 折りたたみナイフ現象の快楽 動きを取り込み、人をあやつる。 トレイナーとトレイニー ほどかれる体 ◆まなざされる体 見捨てられる体 ◆心への介入が体をこわばらせる 体への介入が暴力へと転じるとき 女子大生トレイナーとのランバダ。 →キャンプファイヤーで学生から「引かれる」経験。 リハビリの夜 夕暮れ 歩かない子の部屋 歩く子の部屋 女風呂 →障害者の陰部を揶揄う二人の学生。 自慰にふける少年。 耽り 対比に萌える →摂食障害の経験。 取り込めないセック〇 規範・緊張・官能 打たれる少女。 動きの誕生 モノと作り上げる動き 人と作り上げる動き 大枠の目標設定が重要な理由 ◆世界にそそぐまなざしの共有 助け合いから暴力へ。 隙間に自由が宿る 両生類と爬虫類の中間くらい? ◆便意という他者 身体に救われる むすんでひらいてつながって 衰えに向けて。 注 文献 あとがき。
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カウンセラーさんにお勧めできる1冊です。
『発達障害当事者研究』(医学書院)の理解を進めようと手にした本ですが... うーん、この本も重厚。『臨床心理学第17巻第1号』(金剛出版)の巻頭対談で村瀬さんと 対談している脳性まひの熊谷さんご自身の当事者研究の本です。 『発達障害当事者研究』の綾屋さんと同様に障害を抱えながら、同情や憐れみを一切寄せ つけないのは、「当事者研究」という冷静なアプローチの「形」にあるのではなく、「人間 は自分のことを、主観と客観を交えて、ここまで観察できるのか」という事実に圧倒される からではないかと思います。まさに圧倒されながら、たくさんのことに気づかされました。 熊谷さんがリハビリで体験してきた「ほどきつつ拾い合う関係」「まなざし/まなざされる 関係」「加害/被害関係」を並べながら、...<<ほどきつつ拾い合う関係>>をこう教えてくれま す。 トレイナーの「腕を引っ張る」という動きと、私の「腕が伸びる」という動きはセットに なっている。ここで、「腕を引っ張る」が能動的運動で、「腕が伸びる」というのは能動的 な運動によって引き起こされた受動的運動のように思われがちである。...トレイナーは、私 の腕の伸びぐあいや筋肉の張りを感受しながら、「腕を引っ張る」力の強さを調節している のであって、そういう意味では、私の「腕が伸びる」が能動的で、トレイナーの「腕を引っ 張る」が受動的ともみなしうるのだ。 「ほどきつつ拾い合う関係」と「まなざし/まなざされる関係」のちがいは、このように示 されます。 <<ほどきつつ拾い合う関係>>のほどけは、ほどけたあとに支えてくれる他者への信頼の なかで身をゆだねるように起こるのに対して、<<まなざし/まなざされる関係>>のほどけは、 他者からの命令に自ら「主体的に」従おうとして、一人で自壊するように起こる。 ご自身の中で起こっている感覚、外で起こっていることとそれが起こす感覚を緻密に記し ながら、脳-身体-環境の相互作用で自己組織的に立ち上がる結合関係=「協応構造」につなげ てくれます。ここは、熊谷さんのひとり暮らし体験や研修医経験からこのように語られます。 「私の体から繰り出される運動が意味のあるものになるためには、その運動を拾って応答 してくれるモノや人との身体外協応構造が必要不可欠だ」ということを強く示唆している。 ...ひとり暮らしによって私が体験したのは、ぽんと放り出された世界の中で私が周囲と交渉 し、オリジナルな運動規範を立ち上げていく過程だったとも言えるだろう。 ここまでくると、 -手が届けば近くなる-、 -「敗北の官能」が私の運動を立ち上げる- にあるこの記述が腹に落ちます。 おそらく世界にある対象物への<近い-遠い>という距離感は、「対象との協応構造にあいた 隙間」によって大きく影響を受けているように思う。 こうした張りつめた状況に風穴を開けるのは、大枠の目標すらもいったん脇に置いて、互 いに交わり合い、互いの身体を知り合おうとするある種の官能的な動因だと思われる。目標に こだわる<<まなざし/まなざされる関係>>よりも。目標を達成できずに敗北したとしても互い に交わることにある種の悦びを感じて身体が開かれていく<<ほどきつつ拾い合う関係>>を優先 するような心性こそが、互いの身体イメージを取り込むことを可能にし、そこに協応構造を] 生み落とす。 読みとおしてみると、カウンセリングの現場で起こっていることをそのまま表現してもらっ たような感じです。さっき書き終えたばかりのカルテを思い出しながら、そう思います。 カウンセラーさんにお勧めできる1冊(『発達障害当事者研究』と合せると2冊)です。
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目からウロコ
施術する側の一方通行的な接し方では意味がないことが良くわかりました。
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別の視点からみる体験
なんでもそうですが、当事者以外にはわからないことって多いものです。 この本は、体の自由が効かない、という状態を、 外からではなく、内側から見せてくれる貴重な本でした。 これまで外側からしか想像できなかったことが、 内側からの想像をすることで、なにか追体験できました。 体が動かない子たちが集まる合宿のエピソードなど、印象的でした。 寝たきりの子たちが並んでいる部屋のなかにも、 観察があり、思考がある。 そんな当たり前のことが、柔らかい言葉で綴られていて、 こちらの脳内温度もあがる気がしました。
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ついていけない
せんだって障害者施設で大きな事件があり、この本が賞を取っていることを知って、読みたいと思いました。ところどころに、意表をつく表現があって、興味深く読み始めたんですが、「あなたを道連れに」と作者が期待しているようには、作者の感情や経験を追体験することはできませんでした。 たとえば、トイレによじ登ろうと格闘するところなど、格闘して破れて寝転がって終わってしまうのでは、読者として歯がゆいばかりです。その後、どうなったかが修羅場で、クライマックスで、おそらく作者が書きたくないところなのだろうと察します。文学であれば、おそらくそこから始まるのだと思います。 脳性まひの日本の作家では箙田鶴子(えびら たづこ)の「神への告発」を読んだことがあるのですが、文学として言えば、(読後感の良し悪しは別として)、こちらのほうが迫力があり、普遍性が感じられ、先を読みたい気持ちになりました。ここには強烈な人間がいて、生死を賭した独自の世界が、読者にもわかる形で示されています。文学に取り組み、世間に対峙する作者の覚悟が感じられるのです。 本書には「シリーズケアをひらく」という副題があるので、文学というより文学的表現を使ったセミドキュメンタリか、論文未満のエッセイというところではないでしょうか。
関連する文学賞
- 新潮ドキュメント賞 第9回(2010年) ・受賞