作品情報
甥の失踪を追うビルとリディアが、フットボールの町に埋もれた過去の罪へ踏み込む。
リディア・チン&ビル・スミス・シリーズの第八作。十一月の深夜、警察署で甥ゲイリーと再会したビルは、すぐに姿を消した彼を追ってワレンズタウンへ向かう。表面上は高校フットボールに沸く町で、若者の死と過去の犯罪が重なり、探偵たちは閉じた町の記憶に切り込んでいく。
レビュー要約
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中心に置かれた事件の強さと、古典的な因果の構図を現代の町に移し替える手際が高く評価されている。犯罪の謎だけでなく、共同体の価値観が事件を覆い隠す構造が読みどころになっている。
書籍情報
- 出版社
- 東京創元社
- 発売日
- 2008-06-23
- ページ数
- 590ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 14.9 x 10.5 x 2.2 cm
- ISBN-13
- 9784488153090
- ISBN-10
- 4488153097
- 価格
- 1540 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/英米文学
11月の深夜、警察署へ呼び出された私立探偵ビル・スミスは、甥のゲイリーと思わぬ再会を果たす。なぜニューヨークへ来たのか話さぬまま、再び姿を消した甥を探すため、甥一家が住む町ワレンズタウンを訪れたビルと相棒のリディアは、アメリカン・フットボールの盛んな町が抱える歪みと醜聞に、否応なく直面するのだった。私立探偵小説シリーズ第8弾、MWA最優秀長編賞受賞作。解説=山崎まどか
レビュー
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完成度の高い私立探偵小説
MWA最優秀長編賞を受賞している傑作探偵小説です。主人公のビルは足で稼ぐタイプのオーソドックスなスタイルの私立探偵で、真相を究明するための武器はいわゆる聞き込みです。銃を持って乗り込むようなシーンはほとんどありません。 今作では事件自体が失踪した甥を捜すという地味なものです。にもかかわらず最初から最後まで緊張感や興味、興奮が途切れること無く続きます。地味で単純な筈の甥の失踪から事件はどんどん広がりを見せ、ビルの捜査は徐々に事件の裏に潜むゆがんだ高校と町の姿をあぶりだしていきます。 フットボールチームがらみの事件が頻発する米国においてこのテーマを選択したのが、まず見事。そして主人公のビルと対等な立場で捜査を手伝う相棒リディアとの関係がまた素晴らしい。ビルが怒りにかられコーヒーカップを持つ手に力が入った時、割っちゃうとお代わりがもらえないわよ、とリディアがいさめるシーンがあるがリディアの言葉には文字通りの意味と、怒りにまかせて関係を壊してしまったらもう家族と会えなくなるわよという二つの意味があります。こういう深い表現が随所にあり、それがいちいち心を揺さぶります。 ビルと家族の関係というのもこの作品の大きなテーマですが、ビルの内面を掘り下げるために意味無く放り込んだのではなく、事件と密接な関係があり、真相を究明し解決するための重要なカギになっています。そして事件が結末を迎えたあと「また会いにきてくれる?」と聞く甥に対してのビルの答えにうなずくとともに、そんな答えを返せるまともな大人が少ないことにため息が出てしまいました。結末はほろ苦いけど、リアルで希望が感じられる完璧な終わり方だと思います。
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タイトルが示す内容
本シリーズのファンなので、評価は高め、ということで。どんどん人が殺されたり、背筋も凍るような恐怖が主人公を追い詰めたり、謎が謎を呼んだり、銃弾が飛び交いパンチが炸裂し……というような活劇を求める方にはそもそもこのシリーズは物足りないと思いますが、本作も例外ではありません。 タイトルが示す通り、ストーリーは重苦しく、起こる出来事や結末はやりきれなく、理不尽で不条理です。まさに、人生のように。 珍しく、自らの過去に否応なく立ち返らざるを得ないビルは熱くなります。怒り、暴力への誘惑に囚われます。自らの無力さに苛まれます。それでも、光はないわけではない。それもまた、人生。 ビル目線の回なので、リディアがふだんよりもさらにかっこよく、凛々しく、賢く、その分やや都合よく(?)描かれているのが少し不満と言えば不満ですが、まあそれは贅沢な不満と言うべきでしょう。 ローザンは本作でアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞を受賞したそうですが、シリーズ8作目にしてこの力の入り方は凄いと思います。
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ひさびさに、読み応えのあるミステリでした
ビル・スミスと、リディア・チンのコンビが活躍する探偵もののシリーズ最新作。 このシリーズは、白人の生粋のアメリカ人で大男でタフガイだけれどピアノが趣味である意味非常に繊細なスミスと、中国系の移民の娘で曲がったことが大嫌いで自分の職業に対する家族や親戚たちの無理解に悩みつつも自立しているリディアという対照的な二人が織りなすミステリで、すごく好きなシリーズです。二人はお互いに認め合って、ひかれ合っているものの、できている訳ではなく、人種の壁や価値観の違いに葛藤しつつ、それでもどちらもがお互いに愛情を感じつつも仕事上のパートナーとして組んでいてと、そのあたりの微妙な距離感が読んでいて味があります。また、構成上もそれが生きていて、実は一巻ごとに事件は変わるのは当然、リディアの視点からの事件、スミスの視点からの事件と、主人公も語り口も一巻ごとに交互に切り替わります。これはなかなか他に類を見ないパターンです。 そういう訳で、作品ごと主人公が交替するこのシリーズですが、今回の主役はビル。彼の事件となります。しかも、今回の事件は、今まで謎とされていて語られなかったビルの過去が語られる事件となっています。 事件の幕開けは、真夜中にビルが電話で起こされるところから始まります。ニューヨーク市警に窃盗の容疑で逮捕されている少年が自分を呼んでいると知らされたビルは、その少年が、自分の甥のゲイリーであると聞いて驚きます。何故なら、彼は妹夫婦とまったく縁が切れていて、というよりはむしろ妹のヘレンと、主人のスコットから嫌われ、まったく住んでいるところも知らなかったからです。しかし、実際に確認に出向いてみれば、確かに自分の甥のゲイリーでした。 何のために家出して、何のためにニューヨークに出てきたのかを頑として語らないゲイリー。しかも、翌朝にはゲイリーは窓ガラスを破ってビルの家からも逃げ出してしまいます。ビルはやむなく妹のヘレンの所在を調べ上げ連絡を取り、ゲイリーを探すために彼女らの住む町に行きます。 そこは、フットボールの都のような地方の小さな街で、一見なんの問題もない街に見えましたが、実は異常な事件が静かに進行しており、ゲイリーはその中で「なにかをなすべきことをしようとしていた」ようです。ビルは、ヘレンやスコットに罵られ疎まれながらも、ゲイリーが自分を頼ったという一事で捜査を開始。ついには死体まで発見してしまいます。そして、じょじょにこの地方の街の異常さを知ることになり、そこにスコットまでもが絡んでいたことを知るのですが、、、 正直、作品としては傑作だといっていいと思うんですが、日本だとまずあり得ない状況だけに、肌で感じる恐怖というのがたぶん本場のアメリカの人と比べるとかなり感じ方が違っているんだろうと思います。今までいろいろな海外作品で、アメリカではアメフト部員はもう街や学校の憧れの的で英雄でたいていのことは何をしても許されて、まわりの女子もほとんどはそういう男たちの取り巻きになるのがステイタスみたいな描写が出てきました。でも、今ひとつピンとこないながらもだいたいのイメージはもっていましたが、実際問題この作品が成立してしまうということはそれはかなり日本人が思うよりも強固で実際にすごいものがあるのでしょうね。とちょっと脇道で変な感想を持ったりもする作品でした。 ミステリというよりは、ハードボイルドながら青春や友情ものの要素があって、強いてたとえればちょっと強引ですがスペンサーシリーズの「初秋」のような作品かと思います。つまりは評価高めということです。
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MWA賞受賞もなるほどと頷ける力作
中国系のアメリカ人女性リディア・チンとアイルランド系の中年男性ビル・スミス。このふたりの私立探偵が、主にニューヨークを舞台に、交互に主役をつとめるシリーズの8作目の長編である。 今回の‘わたし’は、ビル・スミスである。 11月の深夜、警察署へ呼び出された‘わたし’は、甥のゲイリーと思わぬ再会を果たす。いったんは自宅へ連れ帰ったが、再び逃げだしたゲイリーを捜すため、彼ら一家が住む町を‘わたし’は相棒のリディアとともに訪れる。そこはニューヨークのマンハッタンから見るとハドソン川をはさんで対岸にあるニュージャージー州の高級住宅街、ワレンズタウンというところで、アメリカン・フットボールの盛んな町だった。 ‘わたし’たちはそこで、ある女子学生の変死事件に出くわし、23年前に起こった婦女暴行事件と併せて、フットボールが何をおいても優先されるという、町が抱えるゆがみと醜聞に、否応なく直面し、巻き込まれてゆくのだった。また、事件にかかわりながら、‘わたし’も自分自身の家族との過去を振り返り、立ち向かい、深く考えざるを得なくなる。私立探偵小説というと、ある意味派手なハードボイルドを連想しがちだが、本書はあくまでも深い悲しみを感じさせる静かなムードがいつまでも印象に残る大作である。 本書は、アメリカにおけるミステリーの最高峰、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞の’03年度ベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)を受賞しているが、明らかに’99年に起きたコロンバイン高校の学生による銃乱射殺害事件に触発されて書かれたに違いない。S・J・ローザンは本書において、さらにその事件の真の意味と問題点を発展させ、小説化したのではないだろうか。そしてMWA賞受賞もなるほどと頷ける力作に仕上げたのだ。作品の舞台である小さな町ワレンズタウンは、まさに悩める現代アメリカの縮図なのである。
関連する文学賞
- マカヴィティ賞 第17回(2003年) ・受賞