日本の文学賞

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斎藤茂吉:あかあかと一本の道とほりたり (ミネルヴァ日本評伝選)

齋藤茂吉短歌文学賞

斎藤茂吉:あかあかと一本の道とほりたり (ミネルヴァ日本評伝選)

品田悦一

斎藤茂吉の短歌と生涯を、近代における万葉調や国民歌人像の形成と絡めて読み直す評伝。茂吉を伝統の継承者としてだけでなく、時代が作り出した言葉の担い手として捉える。

斎藤茂吉短歌評伝近代文学

作品情報

一本道の歌の奥に、近代が作った声のかたちを探る。

精神科医であり歌人であった斎藤茂吉を、歌壇史や戦前戦後の社会的役割まで含めて描く。『赤光』の歌境、万葉調の変質、国民歌人としての配役を問い直す、厚みのある文学的評伝。

レビュー要約

  • 新聞書評で複数回取り上げられ、茂吉像を近代文学史の中で捉え直す問題意識が注目された。歌人の生涯を情緒だけに寄せず、言葉と時代の関係から読む点が評価されている。

書籍情報

出版社
ミネルヴァ書房
発売日
2010-06-10
ページ数
372ページ
言語
日本語
サイズ
14 x 2.5 x 19.5 cm
ISBN-13
9784623057825
ISBN-10
4623057828
価格
3300 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/詩歌/詩集/近代詩

大いなる「国民歌人」の、大いなる虚像と実像。 万葉の伝統的な調べに近代の感覚を盛ったと評される茂吉。だが、その「伝統」が近代の産物だとすれば、彼はいったい何をしてのけたことになるのか――『万葉集の発明』の著者が満を持して世に問う問題作。 【目次】 序章棺を蓋いし時 第一章ことばのありか――歌と出会うまで 1青年期までの略歴 2東北訛りに苦しむ 3少年茂吉の言語形成 4特異な言語感覚の基底 第二章迷妄と異能――左千夫に入門したころ 1『竹の里歌』との出会い 2子規の国詩創出構想と万葉尊重 3遺弟たちの迷走 4左千夫に入門する 5入門後の低迷 こぼればなし1空想と写生 こぼればなし2鰻好きにもほどがある 第三章にんげんの世に戦きにけり――『赤光』の歌境と『万葉集』 1異化の歌集『赤光』 2赤茄子の歌と剃刀研人の歌 3言語感覚と生命感覚 4根源的感覚を呼び覚ましたもの 5万葉調をめぐる動揺 こぼればなし3私が召し上がる 断章声調とは何か 第四章ことばのゆくえ――大正期における万葉調の変質 1万葉渇仰とアララギ躍進 2『あらたま』後期における不振の兆候 3ことばを洗ったこと 4国語観の伝統主義化 5滞欧三年間の空白 こぼればなし4歌人番付 第五章配役と熱演――国民歌人の昭和戦前期 1アララギ領袖として 2傍観と多産 3空前の万葉ブームの渦中で 4稀代の奇書『柿本人麿』 5もう一人の人麿 こぼればなし5破門した弟子におねだり こぼればなし6とんだご挨拶 第六章こころの貧困――国民歌人の戦中と戦後 1戦時下の歌壇と万葉称揚 2『万葉秀歌』は文学的良心の所産か 3戦争詠の量産を促したもの 4かけがえのない日本文化 5敗戦を越えて こぼればなし7作詞は苦手 こぼればなし8虫の好く男 終章配役の転倒 主要参考文献 あとがき 斎藤茂吉略年譜 茂吉歌集の制作と刊行 人名索引

《著者紹介》*本情報は刊行時のものです 品田悦一(しなだ・よしかず) 1959年 群馬県生まれ。 1988年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得修了。 聖心女子大学文学部教授を経て、 現在 東京大学教授(大学院総合文化研究科)。

レビュー

  • 斎藤茂吉に正面からぶつかり読み解いた傑作

    本書は斎藤茂吉の一生を辿り、その歌を読み解いて、茂吉の歌人としての姿を分析したものだが、傑作だと感じた。 著者は万葉の研究者であるため、語法や言語学的な観点あるいは茂吉の万葉集との関わり(思ったより遅く、決して想像するほど深いものではない)の分析などで斬新かつ正確なところを見せるが、一方で茂吉の歌を歌心を持ってきびきびと評価し、また極めてカラフルな表現で茂吉を語る。 例をあげれば、赤光に関してこう総括する。 “赤光”とは生きてこの世にあることを大いなる奇跡と観じた男が、まのあたりに生起するあらゆる事象に目を見張り、戦き、万物の生滅を時々刻々に愛惜しつづけた心の軌跡なのだと思う。そこには自明なことがらは何一つない。ことばを覚えはじめた幼児にとってそうであるように、世界は真新しく、謎に満ちている。****茂吉の特異な言語感覚が、この根源的な生命感覚と共振するとき、「不可思議な奇異な感覚」で読者の魂を揺さぶる歌々が生まれる。**** 個人的には従来茂吉に関しては若干の歌と北杜夫の四部作を通したイメージしか持ち合わせていなかったが、本書を通してその実像にぐっと近づけた気がする。 本書の入る“ミネルヴァ日本評伝選”の“刊行のことば”には“(評伝選は)正確な史実に基づいて書かれるのはいうまでもないが、単に経歴の羅列にとどまらず、歴史を動かしてきたすぐれた個性をいきいきとよみがえらせたいと考える。そのためには、対象とした人物とじっくりと対話し、ときにはきびしく対決していくことも必要になるだろう。”とあるが、本書はまさにこれをやってのけている。

  • 茂吉という「怪奇な天地」

    近年はさすがに斎藤茂吉を「国民歌人」と評することはなくなったが、彼の作品の特質についての「万葉調に現代の息吹きを与えた」(『読売新聞』昭28・2・27朝刊「編集手帳」)、「万葉ぶりのしらべに近代的感覚を盛つて幾多清新の和歌を発表」(同年3月2日茂吉葬儀の際の日本芸術院長弔辞)といった評言は、生前同様いまでも判で捺したように流通している。このような茂吉の声望は、駄作をも含む膨大な詠作自体からではなく、作品に先行する評判によって成り立っているのだし、我々もそれを無反省に受け容れているのだ。歌人の多くは茂吉を「万葉調」の歌人の代表と見なして疑うことがない。 しかしながら茂吉本人の言によると、少なくとも芸術院賞を受賞した大著『柿本人麿』を著すまでは、彼は万葉歌について雑誌から意見を求められた場合でも、「気が引けてものが云へなかつた」(同著「自序」)。「そして同人のうちでは島木赤彦、土屋文明の二君が銘々独特の意力を以て万葉研究に進んだので、私はただ友のしてくれた為事にすがつて辛うじて万葉に親しむに過ぎなかつた」(同)というのである。茂吉が『柿本人麿』を完成させたのは昭和10年12月のことだから、彼の生涯でもずいぶん遅くになってからのことと言うほかない。 では、彼の作品はどうだろうか。品田の著作によれば、彼の作品の本質もまた〈万葉調〉にあるのではない。本書の白眉とすべきところは、かの有名な作品、 赤茄子の腐れてゐたるところより幾程(いくほど)もなき歩みなりけり めん鶏(どり)ら砂浴び居(ゐ)たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり(以上二首『赤光』) などを表現分析する手際の鮮やかさにある。 これらの作には、「幾程」という平安末期初出の語・「赤茄子」や「剃刀研人」といった造語・「ゐたる」「居たれ」といった擬似的に古典語をディフォルメした用語・現代語「ひつそりと」など、「ことばの歴史上、いまだかつて一続きの文を構成したことのない複数の語詞が…(中略)…ぶつかり合い、互いの含蓄が齟齬をきたして、不協和音を奏でている」(110頁)と品田は指摘する。そしてそのようにして構成された不協和音によって、「一見なんの変哲もない日常瑣末の経験が、こうして、同時にきわめて異常な出来事として読者に突きつけられる。…(中略)…それはまさしく「一種怪奇な天地」である。」(同)と読み取ってゆくのである。『赤光』から『あらたま』前期の時代の茂吉の作品の特質は、こうした「異化(非日常化)」とでも呼び得る手法〔ロシアフォルマリズムの提唱する文芸手法〕に存在するのだという。 茂吉にとっての「万葉調」はこのような手法の一部でしかなかった。だが、大正末から昭和戦前にかけて『万葉集』を「国民歌集」に押し上げたブームのなかで、アララギの領袖たる彼は国民歌人の役を「全力で演じ」始め、ついに最晩年には「万葉調の国民歌人」という役柄のほうが茂吉を演ずるに至る(314頁)。茂吉は「万葉集に祟られた」(183頁)のだとするこの斬新な視点に立って、品田は一般的には円熟味を増したとされる『あらたま』後期の作についても、「純化された万葉調は歌風を安定させた反面、異化の効果を喪失し、歌があまりに淡泊で「生(いき)のあらはれ」どころでなくなってしまった」(174頁)との見解を示す。後の長崎から滞欧時代にかけての長い不振を念頭に置くと、その兆候を『あらたま』後期の歌風の変化に読み取ろうとする見立てには非常に説得力がある。 茂吉を〈万葉調の歌人〉として読むことが、歌壇においてすでに制度化し、有効性を失っていることを本書は鋭く抉り出した。茂吉は我々にとっていまだに「一種怪奇な天地」である。その読みの制度が硬直化しつつあることは、大いに反省すべき材料だろう。本書が歌壇におけるその再評価の契機となることを期待したい。

  • 斎藤茂吉というテキスト解読の書

    私は本書を、斎藤茂吉の「歌業において万葉のことばや歌調が果たした役割を問い直すこと」(八頁)を軸に、《斎藤茂吉というテキスト》を解読した論著と受け取りました。茂吉の歌作に関わる資質のベースにあるものは何か、その資質の開花と表現の実態はどのようであったか、そして、歌作の本格化と平行しての『万葉集』への公的なコミットメント(研究・評釈・評論等の執筆)の背景に何がありどのような内実を持っていたのか、などが本書の主要な論点です。なかでも、個人的に「断章 声調とは何か」と「第三章 にんげんの世に戦きにけり――『赤光』の歌境と『万葉集』」をとくに興味深く読みました。 「断章」の「声調とはことばの異物感を際だたせる手法の一つである」(一四八頁)とは、茂吉自身が明言しえなかった「声調」というコンセプトの正体をみごとに言い当てた言だと思います。万葉語を用いて詠歌することに茂吉が執心したのも、そうした「声調」論を下敷きにしてのことだったと考えるとよく理解できますし、茂吉が「声調」というキーワードで掴まえようとしたそのことを、〈能記〉と〈所記〉という概念を用いて説明し直すという解の導き方も明快です。 そして茂吉の第一歌集『赤光』をめぐる「第三章」では、「茂吉が創作を通して相手取っていたのは、〈世界があること〉と〈自分がいること〉とが同時にひらけてくるような次元なのだった」(一一九頁)と、茂吉の創作の根っこがズバリと述べられています。歌をとおして異物としてのことばにじかに触れようとする志向と、生滅流転して止まないこの世界を自分が感覚していることの神秘を蝕知しようとする感性とが反応し合って結晶したのが、「異化」の書『赤光』である、とでも言えるでしょうか。ことばで世界の「裂け目」をつくりだすという試みを、多様な典拠をもつ語詞を大胆に組み合わせるやり方で実践した作品、そんなふうに『赤光』という無二の和歌集の独自性をとらえなおすことができるようです。 歌をとおして異物としてのことばにじかに触れようとする志向と、この世界を自分が感覚していることそれ自体に対する鋭敏な感性をあわせもった歌人と言えば、私は『万葉集』の柿本人麻呂を思い浮かべます。ことばの異物感にじかに触れ、「声調」に対する感覚を研ぎ澄ませながら生の戦きを歌にする試みに最初に挑んだ偉大なる先人、それが茂吉にとっての人麻呂であったのではないでしょうか。茂吉は人麻呂の感性に深い部分で共鳴するものを感じていて(あるいは無意識のうちに)、そのことが、ほかでもなく人麻呂研究に取り組む原動力として働いたのではないかと本書を読んで思いました。

  • 評伝を超えた評伝!

    すぐれた茂吉短歌論でもある評伝。斎藤茂吉といえば、精神科医にして大正・昭和を代表する歌人で、その歌風は、万葉の伝統的な調べに近代の感覚を盛ったと評される。が、そうなのか? ――『万葉集』は「国民の歌集」という考え方が明治の国民国家形成期の近代の産物だという品田氏は、なぜ彼が「民族詩人」と評されるに至ったか、茂吉の歌の真実はどこにあるのかを、資料を博捜し追究する。茂吉の人生の歩みと『万葉集』と時代との関係、言葉を「異物」ととらえる言語感覚の形成と作歌との関係を、時に茂吉に親しみを込め、時に茂吉にも読者にも挑発的に、しかしあくまでもわかりやすく丁寧に語ってゆく。 生命や存在の根源的な不可解さをうたう茂吉の短歌を愛する人、作歌をする人にはもちろん、茂吉の生きた時代の文壇の様相を知るにもおすすめの一冊だと思う。折々はさまれる「こぼればなし」も相当おもしろく、特に鰻の話は必読。

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