ジャーナリスト与謝野晶子
与謝野晶子の言論活動とジャーナリズムへの関わりをたどり、歌人としてだけではない姿を立体的に読み直す評論。
作品情報
晶子の言葉を、詩と思想のあいだから読み直す。
歌人として知られる与謝野晶子の言論活動を掘り起こし、表現者としての広がりを読み解く一冊。
書籍情報
- 出版社
- 短歌研究社
- 発売日
- 2022-09-15
- ページ数
- 332ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 1.8 x 19 x 14 cm
- ISBN-13
- 9784862727206
- ISBN-10
- 4862727204
- 価格
- 2750 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
「最上の職業、それは新聞記者。」──与謝野晶子 時代と社会への鋭利な視線。それは21世紀的なものだった。 「恋愛歌人」というお仕着せを剝がし、 民主主義を希求し続けた姿に迫る本格ノンフィクション! 『みだれ髪』の鮮烈なデビューから120年。 新しい女性の時代を予見し体現した、 与謝野晶子の言論人生を明らかにする。 【目次】 第1章 新聞と晶子/第2章 表現の自由を求めて/第3章 社会事象を追う 第4章 嵐の時代に/第5章 憧れのパリへ/第6章 女性記者へのまなざし 第7章 大正デモクラシーの中で/第8章 労働の本質/第9章 学び続ける人生 第10章 カルピスと百選会/第11章 メディアの世界に生きて
レビュー
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感謝
ありがとうございます。
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晶子がもっと好きになる
「きりぎりす葛の葉つづく草どなり 笛ふく家と琴ひく家と」 「金色のちひさき鳥のかたちして 銀杏ちるなり夕日の岡に」 与謝野晶子の好きな歌は? と訊かれたらこの二首を選びます。 そんなわたしにとって、晶子のジャーナリストとしての側面に光をあてて書かれた本書は、大きな衝撃であり福音でした。 与謝野晶子という女性が、120年前、これほどまでに闘っていたなんて! コピーライターとしても活躍していたなんて! 新聞記者だった歌人松村由利子さんだからこその、きめ細やかな取材、あたたかで同時に鋭いまなざしにも胸が熱くなります。 民主主義がないがしろにされ、危うくきな臭い今の時代、晶子の先鋭性はきっと多くの人をインスパイアし励ますでしょう。 ジャーナリスト与謝野晶子 × ジャーナリスト松村由利子 晶子と由利子、どちらのことも大好きになる一冊です。
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名作です。読み応え充分です。オススメです。
いやー、もう本当に松村由利子さんの力量と熱意にはビックリです。名作です。読み応え充分です。参考文献の数にも仰天。どれだけ時間をかけてまとめられた作品なのかを想像すると貧血になりそうです。(笑) 文学者としての与謝野晶子はよく知られていますが、本書ではジャーナリストや教育者としても立派な足跡を残していることなどが語られます。 ちょっと引用。(P.189-190) 〈私は子供を「物」だとも「道具」だとも思っていない。一個の自存独立する人格者だと思っています。子供は子供自身のものです。平塚さんのように「社会のもの、国家のもの」とは決して考えません。〉(「平塚・山川・山田三女史に答ふ」) これ、1918年に発表された文章です。残念ながら、今でもまだ光を失っていないと思います。 松村さんには本書以前に『与謝野晶子』(平塚らいてう賞)という作品もあリますが、本書の「おわりに」の中では「まだまだ晶子の全体像に迫れていないことを痛感する」と述べられています。確かに与謝野晶子という大きな存在にはまだまだ研究する余地がたくさんあることもわかります。今後に大いに期待します。とりあえず、今回も名作をありがとうございました。お疲れ様でした。松村由利子様。
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与謝野晶子の評論の中ではとても内容が深い
歌人としての晶子しか知らない人は多いと思うけれど、短歌を詠んだ背景、心の内を知るにはとても内容が深い本であった。
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新しい晶子像の発見
著者は元新聞記者で歌人でもある。本書にはジャーナリストとしての視点が存分に発揮されている。これまで歌人与謝野晶子として評論も書いていた、という認識をくつがえされ新しい晶子像を知ることができた。晶子はあの時代にあって数多くの新聞や雑誌に目を通していたというが、新聞記者同様の社会に対する鋭い視線が、その作品にも余すことなく表現されているという。改めて晶子の歌集を読み直したいと思った。
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とにかく秀逸!
与謝野晶子と言えば研究者も多く、ほとんど言い尽くされている感があるが、この一書は晶子のジャーナリズム的な才能に特化して縦横に詳述しており、読後感がきわめて心地よい。資料の渉猟に格段の努力が感じられ、改めてご苦労さまと謝意を表したいと思う。
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新しい晶子像を切り開く好著
この本を手に取ったとき、思わず表紙の与謝野晶子の写真に見入ってしまった。何度か見たことがある晶子の眉を寄せ、首をかしげた少し険しい表情とは全然違うのだ。たくさんのきれいな反物や帯に囲まれている様子は、まるで平安時代の几帳に囲まれたお姫様のよう。きりりとカメラを見る眼差しや首を傾げた様子はいつもと変わらないが、ふっくらした頬は優し気だ。そして足元に目をやると、白足袋の思ったよりしっかりとした足指が見えて、ああ、明治の女だなあと思うのだ。彼女はこの足で、日本全国を回り、パリにも行ったのだった。この写真が写された高島屋の百選会については、はやがて解き明かされるのだが、この少しいつもより幸福そうな晶子の写真を心に留めて読み進めてほしい。 著者がまず描くのは、日本の新聞の発展状況と、女性が新聞を読むことが異様なことと思われた時代に、晶子がいかに新聞に読みふける少女だったかだ。そんな彼女が鉄幹に出会ったのも、新聞紙上に発表された鉄幹の短歌によるものだった。やがて歌人となった晶子は、新聞紙上に短歌を載せるように求められるようになる。 著者はこの後、「灰色の日」という短歌の連作を解き明かし、その時代と政府の姿勢への晶子の怒りを物語っていく。この晶子の中にある現在を見る目の確かさと批判力の鋭さを解き明かしていく過程は、恋愛を情熱的に歌った歌人として見られてきた晶子像をどんどん覆していく……。 この本は、読み進めていくうちにいろいろな意味で晶子について感じていた謎を見事に解いていってくれる。晶子がなぜパリに行ったのか?鉄幹への恋慕だけでは説明がつかない何かがあったのではないか?そしてそこで彼女が得たものとは何だったのだろうか? その答えは、まさしくこの本の主題ともいえるだろう。 さらに、有名な平塚らいてうとの「母性保護論争」で彼女が本当に言いたかったこと何なのか?長い間、らいてうよりの言説ばかりを読まされてきた身にとっては、ここで、はっきりと晶子側に立ったこの論争への筋の通った説明がなされたことは、実に画期的なことだと思えるのだ。著者は、一労働者として自分をとらえ、そしてその労働者が楽しく働き生活できる未来を目指していたという、思いもかけない晶子像を読者に示す。大阪の商家のお嬢様で何不自由なく育った女性、などではない晶子。姉たちのお古ばかり着させられ、地味な身なりを悲しんでいた晶子。兄のように進学させてもらえなかった晶子。実家の店でひたすら働く日々を過ごすしかなかったという、そんな初めて知る晶子の姿に驚く。 著者はさらに彼女の生きた時代を生き生きと描いて見せ、広告というものが成立した時代に、どう晶子がかかわってきたかを見せてくれる。ここでやっと、表紙の写真の晶子が現れる。彼女がつけた流行色の名前にうっとりしながら、晶子とともに百選会を楽しんでほしい。 この本を通して、いかに晶子が独学で自分を作り上げていったか、ジャーナリズムの時代の流れとともに知ることができて、とても楽しく、力づけられた。ところどころ、晶子とともに現代を見やって批判する著者のまなざしも素晴らしい。 新しい与謝野晶子像、幸福そうなほほえみを持つ美しく力強い晶子像への道を切り開くこの素晴らしい書物の扉をぜひ開いてほしいと思うのだ。