日本の文学賞

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アウレリャーノがやってくる

新潮新人賞

アウレリャーノがやってくる

高橋文樹

岩手から上京した美貌の青年・天地遍人は、路上で詩を書く仕事を始め、文芸同人誌「破滅派」に加わる。個性の強い仲間たちとの活動にのめり込む一方、代表の恋人・深川潮への思いと、逼迫していく同人誌の運営が遍人を揺さぶる。

文芸同人誌創作上京友情と恋愛若者の成長

作品情報

実在するオンライン文芸誌を舞台に、創作への熱狂と人間関係のもつれを描く成長小説。

2007年に第39回新潮新人賞を受賞した同名小説を表題作とする作品集。受賞後長く単行本化されなかった作品が、著者のデビュー20周年を機に刊行された。実在のオンライン文芸誌「破滅派」を題材に、創作集団に集う若者たちの熱気、親密さ、危うさを描く。

書籍情報

出版社
破滅派
発売日
2021-12-13
ページ数
301ページ
言語
日本語
サイズ
13.6 x 2 x 19.5 cm
ISBN-13
9784905197027
ISBN-10
4905197023
価格
1980 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

【アウレリャーノがやってくる】 岩手出身の天地遍人(アマチアマネヒト)はうっとりするほどの美少年。彼は高校卒業と同時に姉を頼って上京し、路上で詩を書く代理詩人を始める。その活動の中でやがて破滅派という文芸同人誌団体と出会い、そこに加入する。リーダー紙上大兄皇子ほか風変わりな同人たちにあてられ、文芸活動に没頭する遍人。やがて、遍人は皇子の恋人である深川潮に惹かれるようになるが、同時に破滅派の経営は逼迫し、破滅のときが近づいていた……。 実在するオンライン文芸誌「破滅派」を題材にした、エキセントリック・ビルドゥングス・ロマン。新潮新人賞を受賞しながら長らく単行本になっていなかった作品がついに発刊! ともあれ、「遅れてやってきた島田雅彦」といった観もある作者が、この受賞作を超えて本格的な作家へと成長することを期待するばかりである。 ――浅田彰(新潮新人賞選評より) もしかすると高橋さんは、私などが考えるよりももっともっとスケールの大きな小説へ向かって、歩き出そうとしているのかもしれない。 ――小川洋子(新潮新人賞選評より) 阿部和重(初期)と森見登美彦のセンスを足したみたいな感じで、今後も注目。「遅れてきた島田雅彦」とは僕には全然思えませんが。 ――佐々木敦(STUDIO VOICE 2007/12より) 高橋の小説は〔略〕人を食った個所のほうぼうで、書き手の人柄(ゴースト)が顔を出す。カラオケならぬブログ以後の世界で、これだけナイーブな素直さが明るくとどまっていられるのは、一つの力と言ってよい。 ――加藤典洋(2007/10/25朝日新聞朝刊) 【フェイタル・コネクション】 北千住の古いマンションで友人と暮らすタカハシは、ある日東京のドヤ街である山谷で山谷感人(かんと)を名乗る自称作家と出会い、ルームシェアの一員として受け入れる。同居人や恋人を巻き込んだガッチャガチャの人間関係を繰り広げつつ、感人とのあいだに芽生える友情と呼ぶのかなんなのかわからない感情。小説をなかなか書こうとしないアルコール依存症の感人はついに血を吐き始め……。 著者と友人「山谷感人」の実話をもとにしたBOTS(Based On a True Story)小説。 【彼自身による高橋文樹】 本来は山谷感人によって書かれるはずだった解説はついに書かれることがなかった。振り込んだギャラの五万円を惜しむ暇もなく、仕方なしに自分で書いた入魂のDIY解説。おそらく日本文学史上初の、「モデル小説のモデルになった人による誓約書」が掲載された解説である。 これは泣くだろ!すごい人生だった。高橋文樹さんはこの解説を…

1979年千葉県千葉市生まれ。1998年、千葉県立千葉高校を卒業し、東京大学文科III類に入学。私淑する大江健三郎のあとを追い、仏文科へ進学。 2001年、『途中下車』で大学在学中に幻冬舎NET学生文学賞大賞を受賞しデビュー。その後、次作に恵まれず、2007年オンライン文芸誌「破滅派」を立ち上げ、また、同年「アウレリャーノがやってくる」で新潮新人賞を受賞。 2010年、株式会社破滅派を設立。オープンソースソフトウェアWordPressをベースにしたウェブ制作を行いながら、電子書籍の発刊やイベント開催、ISBNなしの書籍販売などを手がける。 2016年にはゲンロン主催大森望SF創作講座に参加し、ゲンロンSF新人賞飛浩隆賞を受賞。ワールドコンへの参加、SF同人誌『Sci-Fire』の創設、千葉市SF作家の会 Dead Channel JPの設立など、精力的に活動を続ける。 2021年、破滅派から初のISBN付き書籍を発行。

レビュー

  • 人間を彫刻して浮かび上がらせる名作

    本屋で山積みになってるベストセラー小説とこの本を比べたら、まあまずこっちのほうが文章がうまい。もうむやみやたらうまいと言える。人間の心理と行動からくっきりと存在を浮かび上がらせる。そして描かれる世界のむちゃくちゃさときたらスキャンダラス。 タフで、何でもできて、歯に衣着せず批判すべき相手を批判する。でもダメダメな他人に頼られると面倒見ちゃう。作者は本当にそういう人なんだろうな。 読者に求められて活躍する未来が来ることを願います。

  • 破滅派に関わるすべてへの愛の物語

    最近来ている同人「破滅派」の現実と虚構が入り混じる作品。 解説の「彼自身による高橋文樹」を読んだ後に再読すると、若き同人へ指導し、出版に孤軍奮闘する紙上大兄皇子の姿に、自分の作品のために出版社を作った筆者が重なりました。 2つの作品のラスト、私は自分の言葉で詩を書かないアマネヒトも、第二部を書けない山谷感人も、今ではガンガン書いてる世界を勝手に想像しましたがどうでしょう。

  • 読んだ私の頭が破滅しそうな小説

    短篇集『アウレリャーノがやってくる』(高橋文樹著、破滅派)に収められている『アウレリャーノがやってくる』は、何とも風変わりな小説です。 他人の気持ちを詩で表現して報酬を得る代理詩人のアマネヒト、19歳は、オンラインで文学作品を発表しているIT出版社「破滅派」の一員となります。メンバーは紙上大兄皇子、ほろほろ落花生、貯畜、山谷感人、エマニュエル・イタ子、サクオ・アングロ、太郎次郎ゴロー、潮と変わり者揃いです。 「読書というのは、他人の思考の上で踊るというだけのことなのに、自分がなにかを創造した気になってしまう。アマネヒトもまた、その悪癖を身につけていた」。 「アマネヒトの考えだと、詩は心を癒すものであってはならなかった。そんなものは、精神安定剤の代用品でしかない。でも、アマネヒトがあのくだらない路上詩人たちの美点として唯一認めたのは、自らの傷ついた心を言い表す術さえ知らない人たちの代わりに言葉を与えた、という点だった」。 「『詩ていうのはよ、人の心切り裂くもんじゃなぎゃわがねと思うのさ。ぽよよんとしたほんわかな言葉っこ並べて、はい、よくがんばったな、辛がっだべ、いいんだよ、君はそのまんまでいんだっちゃ・・・なんて、全部くっだらねぇわげよ。んだべ? 甘ったるいお菓子みたいなのは犬の糞と同じなわげ。詩はビターチョコなわげよ』」。 「『詩人はなるものではない。生まれるものなのだよ』」。 「瑣細なことで愛する人とすれ違ったりするかもしれない。それを避けるための呪文はただ一つ。想像力だよ」。 「もともと『破滅派』は真っ当な人生を諦めた人間たちの方舟――再生の場――として出発した。そのコンセプトに共鳴して集うのは、当然、ダメ人間である」。 「皇子はキーボードを叩き続けた。カタカタと破滅を奏でるその音に怯え、アマネヒトは逃げ出した、そして見た。床の上ではバニーガールの格好をした潮さんが、虚ろな眼で地面を眺めながら、親指をしっかりと咥え込んでいるのを。豊満な身体の女が赤ん坊に戻ると、反って汚く見えた」。 「アマネヒトはどうしたか。彼は書いた。何を? 詩ではなく、履歴書を」。 「石川啄木は朝日新聞に校正係として入社し、給料を前借りして逃げた。中原中也は読売新聞を受験して落ちている。就職の失敗は詩人として不可欠なのかもしれない。いや、就職してそつなくやれる人間はきっと詩など書かないだろう」。 「それからしばらくアマネヒトが行方知れずになったのを出奔と名づけるのならば、そうだろう、結局、彼は逃げたのだ」。 「『おまえはさ、なんだかすべてを白黒つけたがるな。潮もそうだ。でもな、物事はグラデーションで進んで行くんだよ、どうしようもなく』」。 「『なんでもできる悪魔より、なにもできない天使の方が愛されるってことを、悪魔が知らないと思ったか?』」。 「そして、代理詩人は代理詩人ではなくなった。アマネヒトは書き始めた。何を? 彼の詩を」。 うーん、読んだ私の頭が破滅しそうな作品だと言っておきましょう。

  • 「彼自身による高橋文樹」から読みました。

    「彼自身による高橋文樹」から読みました。今回の彼が言いたい事(多動的な出版のインセンティブ)は、おそらくここに書かれています。 直木賞作家の父を出自に抱える筆者の私小説。なにしろ名前が「文樹」ですからね。うまれながら筋金入りのサラブレッドであります(藪睨み)。 因みに、お父上の高橋義夫さんは私立市川高から早稲田大学文学部仏文学科へ進学。 高橋文樹さんご本人は県立船橋高から東京大学の文学部仏文学科に進学し、在学中に期待の新人として商業デビュー(幻冬舎)を果たしています。その後は機会に恵まれず、鳴かず飛ばずで数年が経った頃(不死鳥の如く)、有意に新潮新人賞を獲得して不作為の面々を狼狽させています。 閑話休題 幻冬舎の不作為についてはよくわかりません。才知あふれた筆者の輝きと振る舞いが、あるいはステークホルダーの劣情を刺激したかもしれませんがね。しかし(本人は字義通りそのまま言わないかもしれませんが)新潮に関しては「逆差別」のそしりは否めませんな。 我が国の文学は(外国の事はまったく知りませんが)昭和の頃までは正しく知の牙城だったと思われます。それなりの高見として世間の傍らに君臨していました。けれども、それがいまや特権意識だけが残留思念としてへばりつき、下手な承認欲求が渦巻く怨嗟の世界と化してやいませんか(とでも言いたくなる訳です。言わずにはいられません私)。 筆者は自身の不遇を演繹的に書いてみせた本書の出版をもってして、そんな”古いしきたりの世界”すなわち文学界の垣内自治に別れを告げたい気分でしょう。思い切って崖から飛び降りて羽ばたきました。彼自身の文学は諦めていません。ながら帰巣本能も失われていない。 文学を諦めない。されど”諦めなければ諦めないほど報われない”というジレンマが垣間見え(まず生業を考えなくてはならない訳でして)、逆差別は辛いです。それは往々にして悪魔の証明と化し、多くの場合、自分自身では決して解決不可能とさえ思われる自虐の歩みを強いられますから。 そんな訳で、破滅派の今後の飛躍、自由の翼にぜひ期待したい。 最後に、私小説の訴訟リスクについても興味深いですね。本書の中で紹介されている「筆者が参考にした」という書籍を読んでみたいと思います。確かに、売れれば売れるほどリスクは高まりますからね。そんな心配(杞憂?)に事欠かない健気な筆者のメンタルは打たれ強いと思います。草々

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