月日の残像
月日の残像 is an award-winning work by 山田太一. The available bibliographic record identifies it as the work associated with this award entry.
Work Information
月日の残像 by 山田太一.
This entry records bibliographic research for 月日の残像 by 山田太一, matched against the award record and library data.
Book Information
- Publisher
- 新潮社
- Published
- 2013-12-20
- Pages
- 261 pages
- Language
- 日本語
- Size
- 13.7 x 2.2 x 19.4 cm
- ISBN-13
- 9784103606086
- ISBN-10
- 4103606088
- Price
- 2503 JPY
- Category
- 本/文学・評論
消えようのない記憶を刻んでいった人々がいよいよ鮮やかに甦る――。疎開先で亡くなった母、早世した四人の兄たち、後妻としてやってきて、三年で去っていった理知的な義母、若き日の松竹撮影所時代の思い出、木下恵介、寺山修司、向田邦子ら忘れえぬ人々。時間の堆積のなかからうかびあがる苦さと甘やかさのないまぜになったさまざまな記憶を練達の文章で描きだす、大人のためのエッセイ集。
Reviews
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謙虚な筆致と人間心理への洞察
昨年(2023)11月に亡くなられた山田太一。「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」「終りに見た街」をリアルタイムで見た世代です。登場人物のセリフが絵空事でなく胸に沁みました。30代に書かれた「街への挨拶」をはじめエッセーも11冊書いています。新鮮な視点に目を開かれること度々でした。 本書は10冊目のエッセーで70代に書かれたものです。深い思慮と穏やかな眼差しを感じます。 テレビドラマを革新した異才ですが、筆致はきわめて謙虚です。「私如きが簡単に噛みくだけないのは当然なのだが」(p23)。「お前如きに、時代がなにを託すのだ、といわれればその通りだが」(p34)。山田太一が「私如き」なら、他の物書きは?と思ってしまいます。 他の方が色々な所を引用していますが、私が最も心に残ったのは次の一節です。 「なんであれ人間の営みは、どうしても『陰の存在』を生むし、必要ともしてしまう。それを当然のこととして生きるのでは満たされず、誰しもが光を浴びずにはいられなくなるような孤独が、今はいうまでもなく日本にも広がっている。」(「影の存在」p127)
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「減退」について、いつか思い返したい
80年代に学生生活を送った私にとって『 ふぞろいの林檎たち 』で同世代の等身大の主人公たちを描いてくれた山田太一氏は、大変恩義を感じるシナリオ・ライターです。氏の『 誰かへの手紙のように 』というエッセイ集を今から11年前に読んで、大変感銘を受けました。昨2013年暮れに出た最新エッセイ集を、今回、久しぶりに手にしてみました。 『誰かへの手紙のように』でも著者は家族の複雑さ、そしてそれゆえの興味深さについて筆を進めていましたが、今回も、肺病でなくなった兄とその恋人のこと、食堂を営んでいた父のこと、若くして亡くなった母の弔いの様子など、著者自身の家族の姿を記した随想には、ひとつひとつ心打たれるところがありました。 さらに興味深いのは大学を卒業して松竹に入社し、助監督として働いていた20代の頃の氏の思い出です。職人肌が多く、厳しい映画の世界で、氏は右も左もわからず、毎日緊張に身がやつれる思いをしながら仕事をしていきます。銀幕上に映る華やかな世界とは縁遠い、土と汗のにおいが強い製作現場での思い出。氏が描く当時の回想は、仕事が満足にできず、日々味わいつづけた苦渋に満ちていて、大シナリオ作家となった今からは想像もできないほど弱々しく気力に乏しいものです。仰ぎ見るかの存在だった氏の印象が、少し身近なものへと変わった気がします。 そして私が最も驚きと敬意を持って読んだのが「減退」と題された随想です。 「減退」という言葉が指すのは性(欲)の減退です。齢(よわい)七十を重ねた著者はかつてのように「反射神経のように性欲で分別するところ」がなくなったと綴ります。 「しかし、私は減退が新鮮だった。別の世界へ足を踏み入れたぞ、という小さな興奮があった。負け惜しみだと笑われそうだし、幾分その通りかもしれないが、減退を意識してそれを受け入れると、肩の荷をおろしたような気持になった」(30頁)。 それは著者自身が卑下して言うように「負け惜しみ」なのか、それとも長い人生を味わった末の美しき諦念、あるいは到達点なのか。 自身の「減退」に最近気づき始めた私は、やがて完全に「その日」が来た時、この随想を思い返しながら著者の胸の内を再び推し測ってみたいと思います。
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きれいな本
迅速でスム-ズな、お取引ありがとうございました。
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甲斐、無し!
・響かないですね。 完全に著者個人の思い、感慨で止まっています。 たとえ部分的にせよ、描かれた事柄が読み手に通じ、共鳴・共感を齎せてこそ、世に出す意義がと思いますが、この本には、それらが全くと云ってよい程に、有りません。 山田太一氏って、そうでしたかね。
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自伝的内容
以前執筆した内容をまとめたもので自伝的内容である、木下恵介監督 に言及したところが印象に残った、ただ引用文が多いのと最近のエッセイ でないため以前読んだエッセイと重複してるのが残念であった。
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ほっとする本
読み進むにつれて、ほっと、する本です。 ああ、こういう感じ方があるのだな、こういう連想があるのだなと、はっと、させられました。 はっと、させられると同時に、ほっとするのです。 ひとつエピソードをあげますと、中学時代の恩師に西田幾多郎の本を読みたいといったら、 哲学はやめろ、小説にしろといわれたというくだりが、特にはっとし、そして、ほっとしました。 難しい学問をかいた書物に疲れて、散歩の途中でみた夕陽こそが人生で大切なもの。 著者は老人であると自認しています。 その通りなのでしょうが、なんと豊かで穏やかで静かな境地なのでしょう。 といえばあまりに陳腐な褒め言葉になりますが、 本棚から同じ著者の「路上のボールペン」を引っ張り出して少しだけ読んでみたら、 やはり年をとるというのは成熟することなのだな。 いいことなんだなと、ほっとした次第です。
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さすがの太一ワールド
山田太一さんのいつもの文章。彼の様々な考えやら、若い頃の体験やらが興味深かった
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繊細な人柄が伝わる
今年亡くなった脚本家山田太一氏のエッセイ集。幼年から老いに至るまでの昔日の思い出が繊細な人柄の伝わる文章で綴られています。 弱さを抱えた人間に対する眼差しが印象的。若くして亡くなった兄の最期を綴った場面には涙が溢れました。助監督時代のエピソードは面白さ満載(特に大阪でチンピラに追いかけられた話)。若き日の抜き書きノートや度々と著述される詩や小説からの引用文など、その豊富な読書量には驚かされました。 著者は心の優しさに満ちつつ、芯に頑固とした強さを持った方だったことを通読して感じました。