日本の文学賞

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都筑 道夫

つづき みちお

Tsuzuki Michio

別名: 松岡 巌 / 小林 菖夫 / 淡路 瑛一 / 柴田 梅玉 / 伊藤 照夫 / 鶴川 匡介 / 淡路 龍太郎 / 松林 桃園
ペンネーム: 松岡 巌本名(出生名), 都筑 道夫代表的な筆名。多くの作品をこの名義で発表, 淡路 瑛一初期に使用した別筆名のひとつ

プロフィール

性別
男性
生誕
1929-07-06 (東京市小石川区関口水道町(現:東京都文京区関口))
死没
2003-11-27 (アメリカ合衆国 ハワイ州 ホノルル) 74歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
東京都文京区(長年) → ハワイ州ホノルル(晩年、家族と)

経歴

職業
小説家, 翻訳家, 雑誌編集者, 評論家・随筆家, 脚本家(映画・テレビ)
活動期間
1947年〜2003年
影響を受けた人物
G. K. チェスタトン, レイモンド・チャンドラー, グレアム・グリーン, 久生十蘭, 岡本綺堂, 大佛次郎, 大坪砂男
影響を与えた人物
深堀 骨, 畠中 恵, 複数のミステリ作家・翻訳者(門弟・教え子)

学歴

早稲田実業学校
期間: 在学〜1945年(中退)
国: 日本
卒業を目前に1945年12月に中退。本人は自らの学歴を「小学校しか出ていない」と述懐したことがある。

受賞歴

日本推理作家協会賞(評論その他の部門)
2001
対象作品: 推理作家の出来るまで
部門: 評論その他
主催: 日本推理作家協会
結果: 受賞
日本ミステリー文学大賞
2002
主催: 日本ミステリー文学大賞実行委員会
結果: 受賞

受賞・候補エディション

作品

代表作

猫の舌に釘をうて

1961年 推理小説(短編・実験的)

記述者が探偵・犯人・被害者を兼ねるなど実験的な手法を用いた短編集。奇抜な設定と論理を重視した作風が特徴。

実験的構成自己と他者の境界論理と謎

紙の罠

1962年 推理小説(ハードボイルド系)

近藤&土方シリーズの一作。後に映画『危いことなら銭になる』の原作となった。

都会の犯罪人間の負の側面社会派の要素
映像化・舞台化
  • [映画] 危いことなら銭になる (1962)

血みどろ砂絵

1969年 時代推理(なめくじ長屋捕物さわぎシリーズ)

なめくじ長屋捕物さわぎシリーズの代表作の一つ。江戸情緒と奇妙な謎が織り交ぜられている。

江戸文化事件の論理性ユーモアと哀感

キリオン・スレイの生活と推理

1972年 シリーズ作品(風変わりな名探偵)

居候のものぐさ詩人「キリオン・スレイ」を主人公にしたシリーズ。軽妙な語り口と奇抜な設定が特徴。

居候生活異文化的視点推理の遊び

全著作

  • 猫の舌に釘をうて(1961)
  • 紙の罠(1962)
  • 血みどろ砂絵(1969)
  • キリオン・スレイの生活と推理(1972)
  • 推理作家の出来るまで(2000)

翻案

  • 危いことなら銭になる(映画、1962)
  • 俺にさわると危ないぜ(映画、1966)
  • 殺人狂時代(映画、1967)
  • 蜃気楼博士(テレビ、1978)
  • なめくじ長屋捕物さわぎ(テレビ、1990)

作家による翻訳

  • はだかの太陽(アイザック・アシモフ原作の邦訳)
  • 銀のたばこケースの謎(児童向け翻訳)

作風・主題

文体
ハードボイルド要素を取り入れたクールな描写ショートショートを多用する簡潔な語り口パロディや実験的構成を取り入れたエンターテインメント志向
頻出モチーフ
都会の夜と犯罪奇抜な名探偵や変わり者の主人公論理的な必然性の提示江戸・時代風景(時代小説)

健康

  • 動脈硬化症(心臓発作)
    晩年(2003年に心臓発作で死去)
    心臓発作により2003年に死去。創作活動は晩年まで継続したが、健康問題が影響した可能性あり。

評価・遺産

都筑道夫は多作かつ多ジャンルにわたる作家・翻訳家・編集者として戦後日本の推理・SF界に大きな影響を与えた。ショートショートの多作や独創的な名探偵群、翻訳・編集を通じた海外ミステリ紹介の功績が評価される。教え子を多く育てたことでも知られる。

関連学会

  • 日本推理作家協会

資料所蔵先

  • 国立国会図書館(関連資料所蔵)
  • 各出版社のアーカイブ(早川書房ほか)

大衆文化への影響

  • 複数作品の映画・テレビ化により大衆にも知られる存在となった
  • ショートショートや個性的な探偵像は後続作家に影響を与えた

引用

  • 軽くても、うまい小説が書きたかった。
    出典: 『推理作家の出来るまで』ほか随筆 (2000年)

豆知識

  • 多数の別名義を使い分けて執筆した(例:淡路瑛一、松林桃園など)。
  • ショートショートを多数執筆し、500編を超えるとの指摘がある。
  • 晩年に妻を亡くし、長女が住むホノルルへ移住した。
  • 編集者・翻訳者としても戦後の海外ミステリ紹介に貢献した。