ムッソリーニを逮捕せよ
『ムッソリーニを逮捕せよ』は木村裕主によるノンフィクション・評論系の作品。人物、社会、歴史、文化を題材に、対象を具体的な叙述でたどる。
作品情報
『ムッソリーニを逮捕せよ』は、木村裕主の表現を講談社ノンフィクション賞の文脈で読むための重要な対象である。
『ムッソリーニを逮捕せよ』は木村裕主によるノンフィクション・評論系の作品。人物、社会、歴史、文化を題材に、対象を具体的な叙述でたどる。
書籍情報
- 出版社
- 新潮社
- 発売日
- 1989-11-01
- ページ数
- 289ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784103749011
- ISBN-10
- 4103749016
- 価格
- 145 JPY
- カテゴリ
- 本/ノンフィクション/思想・社会/戦争/その他
第12回(1990年) 講談社ノンフィクション賞受賞
レビュー
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国家が降伏するということは容易なことではない
第二次世界大戦におけるイタリアの降伏については、ムッソリーニが失脚してバドリオ政権が降伏したことくらいしか知らなかったが、実際には1943年9月8日の休戦に向けて多くのドラマがあったことを本書で知った。 休戦交渉に臨むジュゼッペ・カステッラーノ准将の苦闘、面子を保とうとするイタリア政府と無条件降伏を求める英米連合軍、意思疎通の齟齬からイタリア政府が連合軍のトレント上陸と休戦発表を当日になって知るといったグダグダな展開、とスリリングで面白い。 あとトレント上陸と同時に連合軍空挺部隊がローマに降下する作戦(Operation Giant II)が実行寸前までいっていたことは知らなかった。 おすすめ。
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ムッソリーニを逮捕しろ
この本は井上章一氏の本の中で知りました。第二次世界大戦で、イタリアが早く連合国に降参したことは知っていましたが、ローマが空爆された直後、一人の軍参謀が緻密な計画のもと、ムッソリーニを逮捕し、枢軸国ドイツの支配する中で、連合国に降伏した物語は知りませんでした。当時小生17歳の学徒でしたが、19歳で徴兵され、死ぬ、と暗い未来を見ており、イタリアが手を上げたことにさして関心がありませんでしたが、この著書によって、多くのことを知りました。古い歴史を守る、という考えに、焦土となってもあくまで抗戦する日本、敗戦と同時に手の平を返す日本人の脆弱さに、情けなく思ったことは今も強く残っています。
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イタリアの戦争ではなく、ムッソリーニの戦争
参謀本部とは、戦争の終わらせ方も考える組織である。 首相、ローマ守備隊、国王が保身のために虚偽の申し入れをした結果、イタリアの内戦が起きた。不都合な事実が明らかにされたのは戦後30年以上経ってから。 戦争中に、同盟国と戦う算段をしていた点、降伏という文言を使うのではなく、休戦にこだわって交渉した点、戦後に連合国の一員として振る舞おうとした点が、国民性なのだと感じた。 パルチザンとゲリラ、テロの違い。共産党が戦後の主導権を握るために、内戦を誘発して少年兵を自爆させていたこと。そしてそれを英雄譚として顕彰している事実。 善悪では語れないはずなのに、現状、自爆テロと名付けて報道されている不条理。
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秀逸な一冊
第二次世界大戦前中後の日本、ドイツ、ソ連、アメリカの歴史については和書・洋書を含めて色々な書物を読んできたが、枢軸国の一つであったイタリアに関しての当時の歴史には彼らが手のひら返しで連合国側についた裏切り者という思いが強かったため今まで全く興味がなかった、というよりは軽蔑の対象としていたため意図的に事実関係を把握することを避けていた。しかし、少しでも深くあの戦争の持つ意味を理解して行く上では必要不可欠な要素であることは間違いなく先日思い切って本書を手にとってみた。すると自分が今までかってに想像していたのとは全く異なる現実がそこにあり、ページを読み進めて行くごとにその流れにのめり込んで行くような思いであった。著者が文庫本へのあとがきで引用したカステッラーノ将軍の「参謀本部というものは、戦争遂行だけを考えるところではない。戦争をしなくてもすむ条件を作ること、停戦の時期を考えることも同程度に重要である」との言葉を読んだ時に感じたのは、確かに戦前・戦中の日本にもそう考えていた人たちはいたのだが、肝心の参謀本部にはそういった人材が欠けていたと言わざるを得ないということ。ドイツにおいても国軍自体はマトモな考えを持っていてヒトラーの主導した戦争には否定的だったが、日本の軍部同様勝利のみに突っ走って行ったナチスが国そのものを破滅に導いて行った。そういった意味においてはローマ帝国時代からの長い歴史の中、必ずしも栄光ばかりではなく他民族や外部の王朝による支配という屈辱的な経験も多くしてきたイタリア人たちがその中で教訓として得て来た生存するためのたくましさや狡猾さが見事に活かされたのがこの休戦劇に現れているというのが率直な感想である。この本は多くの資料や関係者への取材をもとに書かれた非常に貴重な一冊であり、著者自体が日本で戦争を経験し 、また、戦後間もなくローマで留学生として生活していたことや新聞社の特派員として勤務していたこと、その後も数多くのイタリア訪問やイタリアでの勤務経験もあることでイタリア人そのものを深く理解していることから一層その中身を濃いものにしている。次は同著者による「ムッソリーニの処刑」を読む予定なので楽しみである。 * 著者が新聞記者独特の非常に細かい調査・観察をしていること、イタリア語が堪能であるため通訳なしでの取材をしていること、また非常に多くの原文(イタリア語)の資料に自ら直接目を通していること、こういった要素は大変重要である。
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G
GOOD !
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著者が30年間、執念で追い詰めた、息詰まるドキュメント
納得するまで徹底的に事実を追い詰める。それを新聞記者のサガと、著者は言っている。物事には必ず裏がある。その裏のまた裏まで、疑問の余地を残さないまで追い詰めてようやく納得する。そんな事実の(裏付け資料の)積み重ねで練り上げられたドキュメントだ。それがまるで小説を読むかのような、息もつかせぬ迫力で語られる。登場人物のその場の息遣いまで聴こえてくるような臨場感がある。 ドキュメントは1942年4月から翌年9月までの18か月間、イタリアがムッソリ-二の解任から無条件降伏するまでの、連合国とイタリア、ドイツの間で秘かに繰り広げられた歴史の舞台裏が明らかにされる。主人公はイタリア参謀本部の若き准将ジュセッペ・カステッラ-ノ、暗黙の裡に彼に指示を与え、休戦への流れを模索する参謀総長のヴィットリオ・アンブロ-ジョと外務大臣ガレアッツォ・チア-ノ伯、宮内大臣ピエトロ・アックアロ-ネの4人。イタリア・ファシストとドイツ・ゲシュタポの厳しい監視の目を意識して彼らは秘かに事を運ぶ。4人が一堂に会して契りを結ぶようなことはしない。情報のやり取りも、指示も、文書で証拠を残すようなことはしていない。すべて阿吽の呼吸、暗黙の了解で進む。4人の目指すところが互いの信頼感でかろうじて繋がっている。ジュセッペはついに、単身、連合軍総司令官アイクとの会見にまでたどり着く。 「こんなバカな戦争は早く止めなければならない」 「戦争を始めたこと自体がバカげている」 日本でも同じことを考えた政治家や軍人は居た。でもそれは決して行動には移されず、最後は「一億火の玉」そして「一億総懺悔」で終わった。日本の<馴れあい社会>に対して、イタリアの<個人の意思がぶつかり合う社会>。読み進むにつれてその違いが鮮明になる。内戦状態になって1945年4月に終戦を迎えるイタリアは、ジュセッペ・カステッラ-ノが意図した結果ではなかったが、こんな人間が実在できるイタリア社会の凄さを、この書で改めて思い知らされた。
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勝ち馬に乗るのは難しい
結局、ムッソリーニはヒトラーに奪還され傀儡政権ができる その結果、内戦が勃発するに至るわけである 侵入してきたドイツ軍にすぐにあぼんされるのは目に見えており 連合国側にさっさと上陸して欲しいと訴えるのだが・・・・・ そうそう、この一連の流れの中でローマは無防備宣言をしたが 連合国側には軽やかにスルーされて爆撃食らってますな それが無防備宣言クオリティーw まあ実質三つ巴(連合国・イタリア・ドイツ)と化してしまった内戦を見ていると 負け馬と心中するより勝ち馬に乗るほうがよっぽど大変ということで とりあえずスピルバーグあたりに持ち込んだら映画化決定鴨
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特になし
ネットで知り、ナチスとファシズムとは別物という概念をここでみてみたいと購入。若干古本臭あり。