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身もこがれつつ-小倉山の百人一首 (中公文庫 す 32-1)

中山義秀文学賞

身もこがれつつ-小倉山の百人一首 (中公文庫 す 32-1)

周防柳

藤原定家と百人一首をめぐる恋と政治の謎を描く歴史小説。

歴史小説和歌百人一首

作品情報

百人一首の背後に、定家の選択の理由が浮かび上がる。

中公文庫刊「身もこがれつつ 小倉山の百人一首」として確認した。周防柳の受賞作。

書籍情報

出版社
中央公論新社
発売日
2024-05-22
ページ数
480ページ
言語
日本語
サイズ
2 x 10.5 x 15.1 cm
ISBN-13
9784122075191
ISBN-10
412207519X
価格
1100 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品

中山義秀文学賞受賞&「オール讀物」誌「時代小説、これが2021年の収穫だ!」 ――傑作和歌ミステリー、待望の文庫化 鎌倉初期の天才歌人・藤原定家の恋と「百人一首」の謎に迫る =====平安時代の最高権力者・藤原道長に連なる藤原北家ながら傍流の御子左家は、歌壇ではそれなりの実力を発揮しているものの、公家の出世レースではパッとしない家柄。 当家の次男に生まれた藤原定家は、病由来の難聴を克服し、侍従時代の同僚で親友の藤原家隆らとともに「新古今和歌集」の選者を務めるなど、歌壇でめきめきと頭角を現す。 鎌倉幕府に押され気味の朝廷の権威回復を狙う後鳥羽院は、そんな定家に、三代将軍・源実朝に京への憧れを植え付けるため「敷島の道(和歌)」を指南せよと命ずる。後鳥羽の野心は肥大し、ついには倒幕の兵を挙げんとするが……。 知らぬ人のいない「小倉百人一首」には、なぜあの100首が選ばれたのか? 同じく藤原定家選の「百人秀歌」より1首少なく3首だけ異なる理由とは? ――「承久の乱」前後の史実をきらびやかに描きながら、その謎を解き明かす。 【目次】 一の章 還御の噂 二の章 いとしの友よ 三の章 菊花の王 四の章 はかなき鎌倉将軍 五の章 勅勘と大乱 六の章 嵯峨山荘の障子和歌 附 記 解 説 大矢博子

周防柳 一九六四年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。二〇一三年『八月の青い蝶』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同書は一五年の広島本大賞「小説部門」大賞に選ばれた。一七年刊行の『蘇我の娘の古事記』は、同年上半期の「本の雑誌」エンターテインメントベスト10第一位。二二年、本作にて第二八回中山義秀文学賞を受賞。他の著書に『逢坂の六人』『虹』『余命二億円』『高天原』『とまり木』『うきよの恋花』『小説で読みとく古代史』がある。

レビュー

  • 新古今の世界、堪能

    新古今の時代の本歌取り、ちょっとした和歌のテクニックくらいにしか思っていなかったが、京都政権の文化面に止まらない矜持を表現するものでもあったのだと知った。 男どうしの恋愛の縺れなどもあり、ドキドキのエンタメでもある。

  • 最高によいBL

    「鎌倉殿の13人」後半?に大きく関わる京都の人間関係。 すごくいいBLです!お願い読んで。

  • 生き生きとした人物像

    古の歌人が生き生きと描かれており、紙面から立ち上がり詠い始めるかのようだ。小倉百人一首が身近なものであるが故に、定家の人生の苦悶の先に選ばれた百首であることを知り、和歌の解釈の幅が広がる。 ボーイズラブの要素は文化として受容できるかで評価が分かれるところであろう。

  • 古典BL

    ベテランの作家だからか、歴史小説の技術は高いし、和歌についても相当勉強したんだろう。しかしBLを女性作家が書くというのは、やはり世間で言う「腐女子」趣味が匂ってしまうー男性同性愛を女性作家が書くべきではないのではないか。しかも最後になって、定家にも後鳥羽院にもさほど感情移入できていない。あとちょっと長い。

  • 秋津洲千年の和歌の話に、体育会系の私も心惹かれた。

    この本は、百人一首の選者である、藤原定家のことを書いたものである。百人一首といえば、高校一年生の冬休みに、百首全部を覚えてくるという宿題があり呻吟したことを思い出す。しかし、妻となった女性と出会ったことから百人一首に興味を抱き、和歌の深さや言葉使いの巧みさに惹かれた。 そういう生地もあってか、この本を大変おもしろく読んだ。百人一首の歌のみならず、定家自身や紀貫之、西行、源実朝などの知った歌が話の中に出てくると、ああ、ここでこう使うのか、と物語の中への適切な挿入に読んでいて気分が良かった。特に、「駒とめて袖うちはらうかげもなし 佐野のわたりの雪の夕暮れ」、とか、「見渡せば花も紅葉もなかりける 浦の苫屋の秋の夕暮れ」、などが出てくる場面は、定家の面目躍如たる内心がうまく描かれていた。また、後鳥羽院とその子の順徳院がこの話の枢要な位置を占めていることに、先ごろ読んだ「世阿弥最後の花」(藤沢周)の中に御両院が描かれていただけに、その立ち位置や情景がよく理解できた(佐渡に流された世阿弥は、それ以前に佐渡に配流されて亡くなった、順徳院の霊を能で慰めるのだった)。 定家の父、俊成は、定家に「古歌に学べ」と教える。連綿と続く本邦歌道一千年の流れの末にいま自分らは存在する。そうした伝承をなんら踏まえずに新奇な思いつきのみで詠い散らすなぞは、田舎侍のやることだ、と定家を戒めるのだった。即ち、これを本歌取りというのだそうだが、基本に学べとは、数学で言えば公理公式を暗記せよ、英語を習うのであれば、会話の一定の形を覚えよ、ということにもつながるのだろう。更に作者は、京都人の誇りとして、摂関の九条道家にこう言わせている、「武者の世になったればこそ、文化の優位は京にあらねばならぬ。そして、京の誇りの最たるものの一つが和歌である。この先も歌道の枢要は揺らぐことはない。」これは京都朝廷が鎌倉幕府に圧迫されつつあるときに、九条道家が定家に説いた言葉である。 作者は、日本の文化を支えてきたのは和歌だ、ということを上の二つで述べている。この本の主題でもあろう。何代にも渡って勅撰和歌集が編纂されていたことなどはその証である。ろくに和歌の勉強したことがない体育会系の私だが、この物語を大いに楽しみ、自分の中に日本の伝統を愛でる心があるということを気づかせてくれた。 話は最後まで興味深い。この本の帯の書かれている「藤原定家は、百人一首になぜあの歌を選んだのか?は、最後まで読んで自分で納得されると良い。

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