日本の文学賞

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藤本義一

ふじもと ぎいち

Fujimoto Giichi

別名: 藤本よしかず / 藤本よしかす

プロフィール

性別
男性
生誕
1933-01-26 (大阪府泉北郡浜寺町(現:堺市西区))
死没
2012-10-30 (兵庫県西宮市) 79歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
枚方市(結婚後居住) → 堺市西区(出生地周辺/幼少期) → 西宮市(晩年)

経歴

職業
小説家, 放送作家, 司会者
活動期間
1957年〜2012年
所属
日本放送作家協会(関西支部長), 心斎橋大学(創立者・総長)
所属団体
日本放送作家協会, 社会福祉法人 のぞみ会(創立に関わる)
影響を受けた人物
川島雄三, 井伏鱒二, 井原西鶴
影響を与えた人物
岡村隆史, 松居一代(弟子的交流・支援を受けた), 多くの関西若手芸人・作家
ノミネート
第61回直木三十五賞候補(『ちりめんじゃこ』), 第62回直木三十五賞候補(『マンハッタン・ブルース』), 第65回直木三十五賞候補(『生きいそぎの記』)

学歴

大阪府立大学
経済学部
学位: Bachelor of Economics
期間: 1951-1958
卒業年: 1958
国: 日本
立命館大学
法学部
期間: 在籍(中退、年月不詳)
国: 日本
中退

受賞歴

直木三十五賞
1974
対象作品: 鬼の詩
主催: 直木三十五賞選考委員会
結果: 受賞
芸術祭 文部大臣賞(戯曲部門)
1957
対象作品: つばくろの歌
部門: 戯曲
主催: 文化庁 芸術祭選考委員会
結果: 受賞
文芸賞(戯曲部門 佳作)
1963
対象作品: 日時計の歌
部門: 戯曲(佳作)
主催: 文芸賞選考委員会
結果: 佳作一席

受賞・候補エディション

直木三十五賞 1回登壇
  1. 受賞作: 鬼の詩

    『鬼の詩』は、藤本義一による小説。題材を絞り込んだ表現と、人物や土地、時代の手触りを読者に残す構成が1974年の受賞作として評価された。

    鬼の詩は、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。

    歴史と人物人間心理物語性

作品

代表作

鬼の詩

1974年 小説

上方落語家の半生を描いた長編小説。大阪の芸能文化や人間模様を背景に、笑いと悲哀を織り交ぜて展開する。

上方落語芸能界人間模様
映像化・舞台化
  • [映画] 鬼の詩 / 村野鐵太郎 (1975)

残酷な童話

1968年 小説

長編第1作とされる作品。社会の暗部や人間の本性を描く問題作。

社会批評人間心理

蛍の宿:わが織田作

1986年 ノンフィクション/伝記風長編

織田作之助を題材にした長編シリーズの一部。大阪出身の作家をめぐる回想と研究を兼ねる作品。

作家論大阪文学回想
映像化・舞台化
  • [テレビドラマ] 蛍の宿 (1988)

全著作

  • 鬼の詩
  • 残酷な童話
  • ちりめんじゃこ
  • 生きいそぎの記
  • 蛍の宿:わが織田作
  • やさぐれ青春記
  • 雨月物語(現代語訳)
  • お嬢さん、上手な恋をしませんか
  • 生きいそぎの記
  • 淀川ブルース

翻案

  • 鬼の詩(1975年 映画)
  • 蛍の宿(1988年 テレビドラマ)
  • 多くの脚本作品が映像化(駅前シリーズ等)

作家による翻訳

  • 雨月物語(現代語訳)

作風・主題

文体
上方的(関西)な語り口ユーモアと辛辣な社会批評を織り交ぜた文体会話主体で軽妙なテンポ
頻出モチーフ
上方落語・芸人の半生大阪・下町の風景商人文化と人情エッセイ的回想

健康

  • 中皮腫
    2011-2012
    2011年に診断され余命宣告を受け、治療と入退院を経て2012年に死去。執筆・活動に制約が生じた。
  • 誤嚥性肺炎/肺炎
    2012
    2012年に肺炎を併発し栄養摂取が困難となり体力が急速に衰えた要因の一つ。
  • 脳梗塞(軽度)
    2012
    夏頃に脳梗塞を患い一時的に入院したが軽症で退院。その後再入院する経緯があった。

評価・遺産

藤本義一は放送作家・小説家・司会者として関西の文化・芸能界に大きな影響を与えた。直木賞受賞をはじめとする文学的評価、長年のテレビ司会や若手育成活動、震災復興支援など社会的活動も評価される。

関連学会

  • 日本放送作家協会

資料所蔵先

  • 藤本義一アーカイブ

大衆文化への影響

  • テレビ番組『11PM』での長年の司会という顔が広く知られる
  • 上方文化や芸人を題材にした作品群が映画・テレビで取り上げられた

引用

  • 事実を言って何が悪い!
    出典: テレビ『11PM』での発言(広瀬隆出演時のやり取り) (1988年)
  • 僕の師匠は川島雄三
    出典: インタビュー/著作中の発言 (2001年)

豆知識

  • 司馬遼太郎からの愛称は「ギッちゃん」。
  • 出生届により本名の読みが異なる(よしかず/よしかす)という逸話がある。
  • 『11PM』では開始から終了までの25年間、制作回のうちほとんどを担当した(休んだのは3回のみ)。
  • 阪神・淡路大震災の被災遺児支援として『浜風の家』建設を呼びかけ、社会福祉活動に尽力した。
  • 若手漫才師の育成や審査員活動を通じて多くの芸人を輩出した。