菊池寛賞
1回登壇
-
第4回(1942年) 受賞
はせがわ しぐれ
Hasegawa Shigure
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 秋山源泉小学校(寺子屋式代用小学校) | — | — | — | 5歳から12歳ごろ | 日本 |
| 築地の女子語学校(現:雙葉学園初等科) | — | — | — | 初等科在学(期間不明) | 日本 |
| 竹柏園(佐佐木信綱の教室) | — | — | — | 17歳頃(肋膜炎療養後に通学) | 日本 |
読売新聞の懸賞に入選した1幕の戯曲。坪内逍遙に認められ、その後逍遙に師事するきっかけとなった。
日本海事協会の脚本募集に当選した史劇。題を『花王丸』と改め歌舞伎座で上演され、注目を集めた。
舞踏劇として発表された作品。後年も何度も上演されている代表的な戯曲の一つ。
幼少期からの日本橋界隈や家族、職場の人々を丹念に描いた回想録。1929〜1932年に連載され、1935年に単行本化された。
日本・近代の女性たちを題材にした美人伝集。新聞・雑誌で好評を博した。
投稿作でデビュー作とされる短編。『女学世界』誌の特賞に選ばれた。
雑誌『女人藝術』の創刊・編集や女性作家の発掘を通じて、近代日本における女性文壇の形成と女性の地位向上に大きく貢献した。戯曲・小説・随筆を通じて大衆文学にも影響を与え、多くの女性作家に影響を残した。
美人伝の時雨か、時雨の美人伝か。
女に学問は不要という母に隠れて本を読み…