菊池寛賞
1回登壇
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第16回(1962年) 受賞
いとう きさく
Ito Kisaku
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 東京美術学校(旧制、現:東京藝術大学) | 美術学部 | 西洋画科 | — | 1920–1923 | 日本 |
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1947 | 文部大臣賞 | — | — | 文部省 | 受賞 |
| 1949 | 毎日演劇賞 | — | — | 毎日新聞社 | 受賞 |
| 1950 | 日本芸術院賞 | — | 舞台装置における業績 | 日本芸術院 | 受賞 |
| 1953 | 毎日映画コンクール 美術賞 | 『雁』、『雨月物語』 | 美術賞 | 毎日映画コンクール(毎日新聞社) | 受賞 |
| 1962 | 菊池寛賞 | — | — | 菊池寛賞選考委員会 | 受賞 |
| 1964 | 毎日文化賞 | — | — | 毎日新聞社 | 受賞 |
溝口健二監督による1953年公開の映画。伊藤熹朔は美術監督として、幽玄かつ時代性のある空間構成を担当した。
豊田四郎監督の1953年作品。伊藤は美術監督として作品世界の視覚設計を担った。
溝口健二監督による1954年の映画。伊藤は美術監督として、物語の歴史的・民話的な雰囲気を反映した重厚なセットを構築した。
ジョン・ヒューストン監督の米日合作(1959)。伊藤は美術顧問として国際的制作に参加し、幕末期の情景作りに助言を与えた。
舞台美術に関する理論的研究書。舞台装置の構成や模型舞台に関する考察をまとめた代表的著作の一つ。
舞台美術と映画美術の双方で重要な足跡を残した先駆者。日本芸術院会員となり、彼の名は伊藤熹朔賞に受け継がれている。戦前から戦後にかけての日本の舞台・映画美術に大きな影響を与えた。